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断片の使徒 extra  作者: 草野 瀬津璃
ふわっと思いついたSS
19/35

雪の野辺の小鳥

 〈氷雪の樹海〉にて、シーク視点。

 命の重みを少しだけ知る話。

 ふと思いついて、ふわっと書いたので、ふわっとな感じでお願いします。

 


 〈氷雪の樹海〉。

 (かご)の材料を探すため、シークは一人、森を歩いていた。

 氷と雪に閉ざされた場所かと思いきや、意外にも植物が多い。どれもが白い色をしており、この森特有のものだとうかがえた。

「お、この(つた)、いいな」

 手頃な蔦をナイフで切り取り、束にして肩に担いだ時、ふと視界に茶色い玉が見えた。

 それは手の平に乗るくらいの小鳥のなきがらだった。薄汚れて転がっている。

(これじゃ肉はないな。羽毛をとるにも小さすぎる)

 自然に還すべきものだと判断した時、白い狐が飛び出してきて、小鳥をくわえて立ち去った。

 小鳥が死ねば、別の生き物がそれを食う。

 命は巡り、回っている――……。



「ういっす、戻りまし……た?」

 〈氷雪の樹海〉に住まうモンスターのボス、リーリレーネの寝床に戻ったシークは、氷で出来た家の戸板を外して、中に入った。

 中央の炉にいるだろう師匠グレイにあいさつしたが、そこにいたのは人間の子どもだった。修太だ。

「……お帰り」

 毛皮のコートにくるまっているのに、ぶるぶる震えて火に当たっているので、シークは眉を跳ね上げた。

「あんだあ? この程度で寒いのか」

「お前らと一緒にすんな」

 即座に憎まれ口が返ってきたので、余裕はあるのだろう。

「師匠とトリトラは?」

「二人とも出かけてるよ。俺は火の番」

「ふーん、師匠は狩りだとして……あいつはクソにでも行ってんの……ぐはっ」

 後ろから蹴られて、炉に突っ込みそうになったが、ぎりぎりで踏みとどまる。こんな真似をするのはトリトラしかいない。

「おいっ、危ねえだろ!」

「君が失礼なことを言うからだろ。油断も隙もならない」

「それはお前のほうだっつーの! 死ぬわ!」

 シークの抗議もさらりと無視して、トリトラは脇に抱えていた薪を炉に放り込んでいく。

「今日は特に冷えるね。僕らでも寒いんだから、シューターにはひどいんだろうなあ。そんなに震えてかわいそうに。お酒、飲む?」

 修太は無言で首を横に振り、やかんを手に立ち上がる。

「トリトラが戻ってきたし、ちょっと雪を集めてくるよ。動けば少しは温かくなるだろ」

「無理しないでテントにいたらどうだい」

「テントにいても寒い」

 修太はそのまま家を出て行った。コウもついていく。すぐに外から、雪乙女の甲高い声が聞こえてきた。あの雪のモンスターは修太を見つけると、すぐにハイテンションで絡みに行くので、修太は迷惑そうに受け答えしている。

 シークはちらりと室内に置かれたテントを見た。

 気温調節の魔法陣のお陰で、中にいればかなり温かい素晴らしい道具だが、それでも寒いとは人間というのはやわなものだ。毛布と毛皮の敷物、防寒用のマントがあれば、シークには火がなくても充分に耐えられる寒さだ。

「おいおい、お前がかわいそう発言とか。そんなの本当に分かるのか?」

「正直なところは分からないけど、想像はできるよ。よく道端で、人間の親子がこんな会話してるじゃない?」

 自分の席に座って、トリトラは炉の焚火を世話する。少しだけ火が大きくなった。

「僕らにはよく分からないことも多いけど、彼が弱っているのを見ると、なんだか首の後ろがちりちりするよ。嫌な感じ」

「ふーん?」

 よく分からん。

 首を傾げ、シークは自分のエリアに蔦を置く。さっそく籠を編むことにした。

 そんなシークに、トリトラは呆れの目を向ける。

「他人事扱いしてるけど、君、イェリのおじさんとこの女の子と結婚するつもりなんだろ? シューターが傍にいるうちに、人間のことについて学んだらどうだい」

「えっ」

「なんで驚くのさ。言っておくけど、人間は女性のほうが弱いんだからね。ある程度、気遣わないと、傍にいるのに死ぬかもよ?」

 想像してみた。

 なんだか喉のあたりがぐぐっと重い感じになり、シークは顔をしかめる。

「嫌だ」

「それならどうすべきか、馬鹿なりに考えてみたら?」

「お前は一言多いっ」

 シークはいっと歯を見せて威嚇してから、言われた通りに考えてみる。立ち上がってバスタードソードを手に取った。

「うっし、防寒着を作ればいいんだなっ。ちょっくら行ってくる!」

「え? あ、ちょっと、それならとっくに師匠が……」

 後ろでトリトラが何か言っていたが、思い立ったが吉日なシークは、ろくに聞かずに森に出かけた。



 土地勘のない場所で、大きな獲物を得るのは結構難しい。

 今日のところは、うさぎ一匹でも上等だ。

 やれやれと思いながら帰ってみると、修太がさっきは無かった白い熊の毛皮をかぶって、コウを抱えた格好で、ぬくぬくしていた。

「……あ?」

「遅かったね、シーク。師匠が熊を狩ってきたから、今日は熊鍋にしよう」

 トリトラがうれしそうに鍋をかき混ぜている。

「お前も狩りに出てたのか? すぐにさばいて、雪乙女かドラゴンに氷漬けにしてもらえ。毛皮を洗った後、すぐに魔法で乾かしてくれるぞ。奴ら、便利だな」

 モンスター達を便利呼ばわりして、グレイは武器の手入れをしている。

「え? 師匠もっすか!?」

「トリトラから聞かなかったのか?」

「ちょっとにらまないでよ、言う前に出て行ったのはそっちだからね?」

 トリトラはすぐに言い返した。

 シークは白い髪をがしがしと掻き回す。人の話を聞かないのは悪い癖だと分かっているが、またやってしまった。

「そんなに残念そうにしないで、それで襟巻でも作ってあげなよ」

「ん? もしかしてそれ、俺にくれるのか?」

 トリトラの言葉に、修太はパッとこちらを見た。黒い目が期待に輝いている。

「それだけあってまだ寒いのかよ?」

 シークの問いに、修太は頷く。

「今日は底から冷えるんだよ。昨日までの温度だったら耐えられるんだけどな」

「まじ? そこまで違うのか。人間ってのは生きづらそうだな」

「お前らが強すぎるだけだから」

 すぐに言い返されたが、シークはなんだかショックで首を横に振りながら家の外に出る。だいたいシークよりも三倍から五倍の装備がいるらしい。

 うさぎをさばいて、毛皮を湯の出る泉で綺麗に洗い、竜に頼んで水気を飛ばしてもらう。

 戻ってきて、はたと気付いた。

「師匠は気付いてたってことっすか!? っていうか、よく熊を見つけましたね。この間といい」

「俺は昔から、獲物のひきがいいからな。運が良かっただけだ。――それから気付くってのはなんだ。お前の話はいきなり飛ぶから分からねえ」

 グレイが迷惑そうに眉をひそめて言うので、シークは修太を指差す。

「こいつに防寒着が必要ってことですよ」

「朝から寒いと自己申告してるんだから、当たり前だ。こいつが弱音を吐く時は相当深刻だから、解決策を考えるのは自然だと思うが」

「かっこいいっす、師匠ーっ!」

「……意味が分からん」

 グレイは馬鹿を見る目でシークを一瞥し、武器の手入れに戻った。

 シークにはなんとも思わないことでも、グレイは気付けるらしい。

 トリトラは呆れている。

「いや、むしろ君がちょっと鈍感なだけだよね。目の前で見てて、何も思わないって……。まあ、シューターに興味がないなら、同族ならそんなもんか」

 トリトラの指摘通り、アリテのことだったらもう少し気付ける自信がある。

「ふーん、これくらい必要なものなんだな。覚えておく」

 じろじろと修太の様子を観察してみて、シークは何故だかひやりとした。

 今は顔色が良いが、出かける前に会った時は、そういえば顔が青ざめていたし、唇も紫色だった。

 ふいに森で見た、小鳥のなきがらを思い出す。

「なんだよ、幽霊でも見たような顔して」

 修太がうろんげに、疑問の目を向ける。シークは頬をかいた。

「いや……一瞬なんだなと思っただけだ」

「何が?」

「なんでもねえよ」

 不思議そうにしたが、追及はやめたらしい。修太は鍋のほうに目を向けた。

「熊鍋って美味い?」

「肉が新鮮だから最高だよ」

「やった」

 トリトラとのやりとりを聞きながら、シークは毛皮を置いて、また外に出た。

 黒狼族と人間とでは全く違うとは知ってはいたが、こんなに差があるのだなと、レステファルテの方角を見やる。

 例えば今日みたいなことがたった半日あっただけでも、人間なら弱って死んでしまうのだろう。

 つい先ほどまで、シークにとって、命が巡り、回っていくのは当然で、死を見ても何も感じなかった。

 だが、今は。

(なんだか喉がざわざわする。――嫌な感じだ)

 雪の野辺(のべ)に横たわる小鳥の沈黙が、目に焼き付いていた。



  ……おわり



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