雪の野辺の小鳥
〈氷雪の樹海〉にて、シーク視点。
命の重みを少しだけ知る話。
ふと思いついて、ふわっと書いたので、ふわっとな感じでお願いします。
〈氷雪の樹海〉。
籠の材料を探すため、シークは一人、森を歩いていた。
氷と雪に閉ざされた場所かと思いきや、意外にも植物が多い。どれもが白い色をしており、この森特有のものだとうかがえた。
「お、この蔦、いいな」
手頃な蔦をナイフで切り取り、束にして肩に担いだ時、ふと視界に茶色い玉が見えた。
それは手の平に乗るくらいの小鳥のなきがらだった。薄汚れて転がっている。
(これじゃ肉はないな。羽毛をとるにも小さすぎる)
自然に還すべきものだと判断した時、白い狐が飛び出してきて、小鳥をくわえて立ち去った。
小鳥が死ねば、別の生き物がそれを食う。
命は巡り、回っている――……。
「ういっす、戻りまし……た?」
〈氷雪の樹海〉に住まうモンスターのボス、リーリレーネの寝床に戻ったシークは、氷で出来た家の戸板を外して、中に入った。
中央の炉にいるだろう師匠グレイにあいさつしたが、そこにいたのは人間の子どもだった。修太だ。
「……お帰り」
毛皮のコートにくるまっているのに、ぶるぶる震えて火に当たっているので、シークは眉を跳ね上げた。
「あんだあ? この程度で寒いのか」
「お前らと一緒にすんな」
即座に憎まれ口が返ってきたので、余裕はあるのだろう。
「師匠とトリトラは?」
「二人とも出かけてるよ。俺は火の番」
「ふーん、師匠は狩りだとして……あいつはクソにでも行ってんの……ぐはっ」
後ろから蹴られて、炉に突っ込みそうになったが、ぎりぎりで踏みとどまる。こんな真似をするのはトリトラしかいない。
「おいっ、危ねえだろ!」
「君が失礼なことを言うからだろ。油断も隙もならない」
「それはお前のほうだっつーの! 死ぬわ!」
シークの抗議もさらりと無視して、トリトラは脇に抱えていた薪を炉に放り込んでいく。
「今日は特に冷えるね。僕らでも寒いんだから、シューターにはひどいんだろうなあ。そんなに震えてかわいそうに。お酒、飲む?」
修太は無言で首を横に振り、やかんを手に立ち上がる。
「トリトラが戻ってきたし、ちょっと雪を集めてくるよ。動けば少しは温かくなるだろ」
「無理しないでテントにいたらどうだい」
「テントにいても寒い」
修太はそのまま家を出て行った。コウもついていく。すぐに外から、雪乙女の甲高い声が聞こえてきた。あの雪のモンスターは修太を見つけると、すぐにハイテンションで絡みに行くので、修太は迷惑そうに受け答えしている。
シークはちらりと室内に置かれたテントを見た。
気温調節の魔法陣のお陰で、中にいればかなり温かい素晴らしい道具だが、それでも寒いとは人間というのはやわなものだ。毛布と毛皮の敷物、防寒用のマントがあれば、シークには火がなくても充分に耐えられる寒さだ。
「おいおい、お前がかわいそう発言とか。そんなの本当に分かるのか?」
「正直なところは分からないけど、想像はできるよ。よく道端で、人間の親子がこんな会話してるじゃない?」
自分の席に座って、トリトラは炉の焚火を世話する。少しだけ火が大きくなった。
「僕らにはよく分からないことも多いけど、彼が弱っているのを見ると、なんだか首の後ろがちりちりするよ。嫌な感じ」
「ふーん?」
よく分からん。
首を傾げ、シークは自分のエリアに蔦を置く。さっそく籠を編むことにした。
そんなシークに、トリトラは呆れの目を向ける。
「他人事扱いしてるけど、君、イェリのおじさんとこの女の子と結婚するつもりなんだろ? シューターが傍にいるうちに、人間のことについて学んだらどうだい」
「えっ」
「なんで驚くのさ。言っておくけど、人間は女性のほうが弱いんだからね。ある程度、気遣わないと、傍にいるのに死ぬかもよ?」
想像してみた。
なんだか喉のあたりがぐぐっと重い感じになり、シークは顔をしかめる。
「嫌だ」
「それならどうすべきか、馬鹿なりに考えてみたら?」
「お前は一言多いっ」
シークはいっと歯を見せて威嚇してから、言われた通りに考えてみる。立ち上がってバスタードソードを手に取った。
「うっし、防寒着を作ればいいんだなっ。ちょっくら行ってくる!」
「え? あ、ちょっと、それならとっくに師匠が……」
後ろでトリトラが何か言っていたが、思い立ったが吉日なシークは、ろくに聞かずに森に出かけた。
土地勘のない場所で、大きな獲物を得るのは結構難しい。
今日のところは、うさぎ一匹でも上等だ。
やれやれと思いながら帰ってみると、修太がさっきは無かった白い熊の毛皮をかぶって、コウを抱えた格好で、ぬくぬくしていた。
「……あ?」
「遅かったね、シーク。師匠が熊を狩ってきたから、今日は熊鍋にしよう」
トリトラがうれしそうに鍋をかき混ぜている。
「お前も狩りに出てたのか? すぐにさばいて、雪乙女かドラゴンに氷漬けにしてもらえ。毛皮を洗った後、すぐに魔法で乾かしてくれるぞ。奴ら、便利だな」
モンスター達を便利呼ばわりして、グレイは武器の手入れをしている。
「え? 師匠もっすか!?」
「トリトラから聞かなかったのか?」
「ちょっとにらまないでよ、言う前に出て行ったのはそっちだからね?」
トリトラはすぐに言い返した。
シークは白い髪をがしがしと掻き回す。人の話を聞かないのは悪い癖だと分かっているが、またやってしまった。
「そんなに残念そうにしないで、それで襟巻でも作ってあげなよ」
「ん? もしかしてそれ、俺にくれるのか?」
トリトラの言葉に、修太はパッとこちらを見た。黒い目が期待に輝いている。
「それだけあってまだ寒いのかよ?」
シークの問いに、修太は頷く。
「今日は底から冷えるんだよ。昨日までの温度だったら耐えられるんだけどな」
「まじ? そこまで違うのか。人間ってのは生きづらそうだな」
「お前らが強すぎるだけだから」
すぐに言い返されたが、シークはなんだかショックで首を横に振りながら家の外に出る。だいたいシークよりも三倍から五倍の装備がいるらしい。
うさぎをさばいて、毛皮を湯の出る泉で綺麗に洗い、竜に頼んで水気を飛ばしてもらう。
戻ってきて、はたと気付いた。
「師匠は気付いてたってことっすか!? っていうか、よく熊を見つけましたね。この間といい」
「俺は昔から、獲物のひきがいいからな。運が良かっただけだ。――それから気付くってのはなんだ。お前の話はいきなり飛ぶから分からねえ」
グレイが迷惑そうに眉をひそめて言うので、シークは修太を指差す。
「こいつに防寒着が必要ってことですよ」
「朝から寒いと自己申告してるんだから、当たり前だ。こいつが弱音を吐く時は相当深刻だから、解決策を考えるのは自然だと思うが」
「かっこいいっす、師匠ーっ!」
「……意味が分からん」
グレイは馬鹿を見る目でシークを一瞥し、武器の手入れに戻った。
シークにはなんとも思わないことでも、グレイは気付けるらしい。
トリトラは呆れている。
「いや、むしろ君がちょっと鈍感なだけだよね。目の前で見てて、何も思わないって……。まあ、シューターに興味がないなら、同族ならそんなもんか」
トリトラの指摘通り、アリテのことだったらもう少し気付ける自信がある。
「ふーん、これくらい必要なものなんだな。覚えておく」
じろじろと修太の様子を観察してみて、シークは何故だかひやりとした。
今は顔色が良いが、出かける前に会った時は、そういえば顔が青ざめていたし、唇も紫色だった。
ふいに森で見た、小鳥のなきがらを思い出す。
「なんだよ、幽霊でも見たような顔して」
修太がうろんげに、疑問の目を向ける。シークは頬をかいた。
「いや……一瞬なんだなと思っただけだ」
「何が?」
「なんでもねえよ」
不思議そうにしたが、追及はやめたらしい。修太は鍋のほうに目を向けた。
「熊鍋って美味い?」
「肉が新鮮だから最高だよ」
「やった」
トリトラとのやりとりを聞きながら、シークは毛皮を置いて、また外に出た。
黒狼族と人間とでは全く違うとは知ってはいたが、こんなに差があるのだなと、レステファルテの方角を見やる。
例えば今日みたいなことがたった半日あっただけでも、人間なら弱って死んでしまうのだろう。
つい先ほどまで、シークにとって、命が巡り、回っていくのは当然で、死を見ても何も感じなかった。
だが、今は。
(なんだか喉がざわざわする。――嫌な感じだ)
雪の野辺に横たわる小鳥の沈黙が、目に焼き付いていた。
……おわり