お酒を楽しむ人々
ミストレイン王国に入る直前のこと。
エルフ達の住む国に入ったら、しばらくゆっくり出来ないかもしれないからと、すっかり夜が更けた時間帯、トリトラとシークは宿の一階にある酒場に繰り出した。
自治都市リストークは、水底森林地帯という変わった森が傍にあるせいか、見たことのない果物や野菜が市場で並んでいる。
この酒場で売られている果実酒もまた、セーセレティー精霊国ではお目に掛かれない品揃えだ。
「トリトラ、この果実酒、美味いな」
「そうだね。でももう少し強いといいんだけど」
テーブルの上に酒瓶を何本も並べて、二人は酒を飲み比べて楽しんでいた。
果実の名前を聞いてもピンとこないので、テキトーに何本か置いていってもらったのだ。
「やあ、トリトラ、シーク。私達も混ぜてくれないか」
そこへ、フランジェスカとサーシャリオンが連れだってやって来た。トリトラ達は四人掛けのテーブルを使っていたので、空いている席を快く譲る。
「もちろんだよ。珍しいね、女騎士さんがこの時間にここに来るなんて」
「本当だな。ダークエルフの旦那――いや、今は金髪の旦那か。そっちはもっと珍しい。とっくに寝てる時間だろ?」
トリトラとシークが口々に返すと、席に座ってからフランジェスカが言う。
「ミストレイン入りが明日だろう? これから何日滞在になるか分からないし、あちらの酒が美味いのかも分からない。今のうちに楽しんでおこうと思ってな」
「我は単に腹が空いただけだ」
金髪の貴公子の姿をとっているサーシャリオンは、くんっとにおいをかいだ。青い瓶を指差す。
「フランジェスカ、我はこの酒が良い。甘い香りがする」
「分かった。おい、注文いいか?」
フランジェスカは給仕を呼びつけて、壁にかかっているメニュー表を眺めて、適当に酒とつまみを頼んだ。
「水底イチゴの果実酒? ああ、これか」
フランジェスカの頼んだ酒はテーブルにもあった。トリトラは赤い瓶を取り上げた。
「甘酸っぱくておいしかったよ。水底イチゴっていうから、たぶん水底森林地帯で採れるイチゴかな?」
「そうか、美味いなら良かった。あの森は植生が変わっているから、面白い見た目をしていそうだよな」
フランジェスカはそう返してから、テーブルの上の酒瓶を呆れた目で見やる。
「お前達、一晩でこんなに飲むのか?」
「いや、飲まない分は保存袋に入れて持っていくんだよ」
「そうそう、酒は必須だよな」
トリトラとシークはしたり顔で頷きあった。
「それより良いのか? あんた、いつも護衛護衛うるさいのに」
シークは黒い瓶の酒をグラスに注ぎながら、フランジェスカに問う。
「ああ、ケイ殿とピアス殿には鍵をかけておくように言ってある。クソガキはもう寝てたから大丈夫だろ」
「シューター、ちょっと体調悪そうだったもんね。彼と一緒に行動するようになって、人間の体調の良し悪しが分かるようになってきたよ」
「ああ、自己申告されないと分からねえもんなあ、こっちは。なんか今日は暗い気分の日なんだなって思うだけだったし」
トリトラとシークの言葉に、サーシャリオンが笑いを零す。
「ははは、そうか、気分だと思うのか。愉快だなあ、そなたら。お、来た来た」
給仕が酒とつまみを置いていったので、サーシャリオンは嬉しそうにバターの載った芋にかぶりついた。ナイフとフォークを使った優雅な食べ方だが、どんどん消えていく。フランジェスカは最後の一個を、さっとフォークで刺して取り上げた。
「サーシャ、夕食をあれだけ食べておいて、まだそんなに食べるのか?」
「ああ、おやつが果物だと、すぐに腹が減るのだ。うん、美味い」
他の皿をサーシャリオンが物欲しげに見るので、フランジェスカは諦めて、給仕を呼んで追加注文する。
「あ、皆、夜食を食べてるの? いいなあ。お兄さん、ポポ茶とレシーカも追加ね」
「畏まりました」
ピアスはにこにこと微笑んで、セーセレティーの郷土料理レシーカも頼むと、空いている椅子を運んできて、フランジェスカの隣に腰掛けた。
皆の意外そうな視線に、ピアスは苦笑する。
「本当は明日に備えて寝ようと思ったんだけど、ドキドキしすぎて眠れなくって」
「君も飲めばいいのに。女騎士さんの飲んでるの、おいしいよ」
トリトラが酒をすすめると、ピアスは首を横に振る。
「私は遠慮するわ。初めて飲んだ時に二日酔いでひどい目を見てから、飲まないって決めたの。お茶の方が好き」
「へえ、変わってんなあ。こっちの方が絶対に美味いのに」
「ねー」
肩をすくめるシークに、トリトラも同意する。シークはサーシャリオンに質問をぶつける。
「旦那は酒はどうなんだ?」
「飲めるぞ、味は美味いと思うが、特に酔わぬなあ。どれが美味いかなら、我には毒素が一番美味い。モンスターの生命の糧であるからな」
サーシャリオンの珍妙な回答に、四人は顔を見合わせる。
「毒素ってあの、黒いやつだろ。浄化の魔法とかいうのを使った時に、光の玉が濁ってるとこ」
斜め上を見て思い出す仕草をしながらシークが言うと、フランジェスカがしかめ面で続ける。
「精霊の疲労や、暗い感情がもとだったよな。胸焼けしそうだ」
「毒でもあるが仕方ない。あれを喰わねば生きられぬからな」
自分は魔法で自身を浄化できるから、大して気に留めずに食べられるけれどとサーシャリオンは言う。
「お前ら、いったいなんの話をしてるんだ?」
ひっそりと現われたグレイに、ピアスがびくりと肩を揺らした。
「びっくりした! グレイ、戻ってきたのね」
昼間にちょっと出かけると言ってそれっきりだったグレイの登場に、ピアスはほっと胸を撫で下ろす。
「ちょうど良かった、明日、ミストレイン入りだから呼ばなきゃって思っていたの」
「そうか、分かった。……俺は部屋にいる」
ちらとテーブルの面々を一瞥したグレイは、カウンターで酒を一本買ってから、二階に上がっていった。
トリトラがひそひそとささやく。
「僕らがここに集まってるから、護りが薄いって気をきかせてくれたみたいだね」
「さあ、分からんぞ。単に人数が多いのが嫌だった可能性もある」
「それも言えてるわね」
フランジェスカがにやりと返し、ピアスは小さく噴き出した。
そこに、給仕がポポ茶や追加のつまみ、レシーカを運んできた。トウモロコシを潰したものに具を入れて半分に折り、葉で包んで蒸し焼きにした料理だ。三つ積まれた皿から、サーシャリオンがすかさず一つをかすめ取った。
「ねえねえ、グレイは酔っぱらったりするの?」
純粋な好奇心でピアスが問う。シークとトリトラは首を横に振った。
「俺はトリトラがダウンしたとこは見たことあるけど、師匠は一度もねえな。蛇酒も普通に飲んでる」
「酒飲み潰しの高級品ね。……あれ、おいしいの?」
シークに、ピアスが恐る恐る問いかける。トリトラは頷く。
「僕はおいしいけど……」
「けど?」
「喉が焼ける感じがするから、女性にはオススメしないかな」
「こいつ、この顔で、蛇酒をパカパカあけるからな。女みてえな顔なのに。イデッ」
トリトラを親指で示し、シークが余計なことを言い、トリトラにテーブルの下で足を蹴られた。
シークはトリトラをにらんだが、トリトラは涼しい顔で無視する。
「フランジェスカさんはお酒は好きだけど、二日酔いになりやすいわよね」
「まあな。だから今日は控えめにしておく」
苦い顔で頷いて、フランジェスカは赤色の酒が入ったグラスを揺らしてみせた。
「シークは? 酔わないのか?」
サーシャリオンの問いに、トリトラが頷いた。
「そうだね。シークが酔いつぶれたところも見たことないなあ」
「俺はお袋に似て、酒に強いんだよ。まっ、俺らの一族はだいたい酒に強いけどな」
「いやあ、シークが酒に強くて良かったよ。こいつが酔いつぶれたら最悪じゃないかな。余計馬鹿になって騙されそう。それで翌朝には財布がすっからかんとかね」
トリトラが推測して身震いすると、全員が頷いた。
「「「「確かに」」」」」
「オイコラ! ふざけんな!」
シークの抗議の声は、あっさりと聞き流された。
「それを考えると、グレイ殿がつぶれたら悲惨だな……」
フランジェスカが呟くと、テーブルの面々は顔を見合わせた。
「確かに、血の雨が降りそうだの」
「ええ。加減しないで喧嘩しそう……」
「それで、朝になると覚えてないとか? こわっ」
「ヤバすぎる」
サーシャリオンがどこか面白そうにしているのを除けば、皆、青ざめた顔をしている。
「シューターみたいに、飲んだら速攻寝ちゃうんなら良いけどね」
トリトラがぽつりと零すと、ピアスがまなじりを吊り上げた。
「嘘でしょ、あなた達。子どもにお酒を飲ませたの!?」
「ああ、間違えて蛇酒をな」
「蛇酒ぅ~~? あんな度数の高いお酒飲ませて、アルコール中毒で死んだらどうするのよ!」
シークの返事に、ピアスはカンカンに怒り出した。
そして、楽しく酒を飲む席が、ピアスの説教独壇場になった。トリトラとシークは普段は穏やかなピアスの剣幕に圧され、神妙に話を聞いている。
叱っているピアスの横で、サーシャリオンはフランジェスカにこっそりと問う。
「のう、シューターは十七だろう。ちと過剰反応すぎやせぬか?」
「見た目は子どもだろ。それを除いても、ピアス殿の怒りはもっともだ。酒初心者に蛇酒なんぞ飲ませるのは馬鹿だ」
「馬鹿か、それなら仕方ないな」
二人のやりとりに、トリトラとシークは反論したげにちらりと見たが、ピアスがバンバンとテーブルの盤面を叩いて注意を促したので、仕方なく彼女と向き直る。
とんだ酒席になった夜であった。
……end.
※この人達は異世界人なので大丈夫ですが……。
皆さんはお酒は二十歳になってからですよ。