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断片の使徒 extra  作者: 草野 瀬津璃
web拍手掲載済ss
16/35

ブレンドティーを作る話



 ビルクモーレに滞在中のとある日。部屋の中には、香ばしいにおいが立ち込めていた。

 テーブルの上には、茶葉やハーブ、豆類の入った瓶が並べられ、皿が幾つか置かれていた。皿の傍には、茶葉などの名前と配合比が書かれたメモがある。

「うーん、これだと苦いな……」

 修太は茶を飲み、首を傾げ、リストにバツ印をつけ、隣に苦いとメモをした。ポットの中身をゴミ箱とバケツに分けて捨てると、次の皿を手に取る。茶葉をポットに入れ、お湯を注いで再び飲む。

「こっちだと甘味が強すぎるなあ」

 ああでもないこうでもないとぶつぶつ呟きながら、次々に茶を試飲していく。

 難しい顔をしていると、足元に伏せていたコウの両耳がぴょんと立った。コウは立ち上がり、扉に向けて吠える。

「オンッ」

「ん? 誰か帰って来たのか?」

「ワフッ」

 その通りだというように、声を上げるコウ。

 すると、階段を上ってくる足音は聞こえなかったが、扉をノックする音がして、すぐに開いた。グレイだった。

 相変わらずの気配の無さである。コウが教えてくれなかったら、いつものようにビビっていただろう。

「おかえり、グレイ」

「……いったいどうした」

 グレイは眉を寄せてテーブルの上を見た後、部屋を見回す。

「すごいにおいだ」

 鼻が利くグレイには、お茶の香ばしいにおいは不快のようである。すぐに窓の方へ歩いて行き、半分しか開いていない窓を全開にした。

 修太は質問に答える。

「ブレンドティーを作ってるんだ」

「ブレンドティー?」

「茶葉やハーブを自分好みにブレンドするんだよ。適当に材料を揃えて、下でおかみさんに頼んで、ちゃんとフライパンで煎ってきたんだぜ。あとは俺の口に合う味を探すだけ!」

 修太は意気揚々と答える。

 これが結構難しい。

 グレイは少し考えた後、分かりやすい例えを口にする。

「家によって茶の味が違うが、そのことを言ってるのか?」

 グレイの問いに、修太は大きく頷く。

「それだよ、それ」

「ここには茶だけでなく、豆や穀物もあるようだが」

「うん、俺の故郷には豆茶とかもあったから、適当に混ぜてるんだ。面白いぞ」

 そう返しながら、修太は次の配合を試す。

「そういうのは薬師の領分だ。教わってきた方が早いんじゃないか?」

 グレイは右手に持った紙袋を修太に押し付けながらそう言って、窓辺に腰掛けた。煙草に火を点けて、外に向けて煙を吐く。

「効能によってハーブを使い分けたりするんだろ? 本でも読んだけど、それはまた別に試すよ。俺は飲みやすい味を探してるだけだから、自分で飲み比べないとどうしようもない」

 修太は答えつつ、グレイから受け取った紙袋を開ける。なんだろうかと思えば、ハーブ焼きの焼き鳥串が三本入っている。

「お、ありがとう! そういえばそろそろおやつの時間だな。助かるよ」

 お茶の飲みすぎでそれ程腹は空いていないが、焼き鳥を見たら、現金なことに空腹を覚えた。

「そこで売ってたからついでにな。今日はずっと引きこもっていたんだろ?」

「ああ、これを試し始めたら面白くてさ」

 修太はいったん焼き鳥串を横に置くと、次のお茶を淹れた。新しいにおいが部屋に立ち込める。

 早速飲もうとカップに注いだところで、横合いから伸びてきた手にカップごと取り上げられた。

「え?」

 驚いてカップの行方を見ると、ものすごく呆れた目をしたグレイが、左手でポットの蓋を開けて中を覗き、「やっぱり」と呟いた。

「お前、馬鹿じゃないのか。ヤーガの実を入れただろ」

「ヤーガ……というと、この瓶かな。あれ? でも俺、市場でちゃんと食べられる実をって言ってから買ったんだけどな。もしかして毒草か?」

 深紅色をした、ビーズくらいの小さな実が入った瓶を取り上げ、修太は首をひねる。グレイは溜息混じりに返す。

「ある意味では毒だな。一粒でも噛むとかなり辛い実だ。そのまま使うなんて真似してみと、舌が痺れてしばらく使い物にならなくなるぞ。こいつは細かくすりつぶして、ほんの少量を使うんだ」

「えっ、そうなの!? 危ねえ! でも、何でそんなこと知ってるんだ?」

 修太はすぐにヤーガの実を混ぜていた皿の中身を、すぐにゴミ箱に捨てた。ヤーガの実が入った瓶も端に寄せる。

「レステファルテでよく出回ってるんだ。香辛料で使うより、目潰し用に持ってる奴が多いな。モンスターにもよく効く」

「目潰しだって!? まじで危ねええ!」

 修太は冷や汗をかいた。

(ちょっと、おっさん! 一言くらい注意しろよ!)

 市場で売っていた男に向け、修太は心の中で叫んでみたものの、すでに過ぎたことだ。

 そこへ、啓介達が戻ってきた。

「ただいまー! あれ、すごいにおいだな。何してんの?」

 修太がテーブルの上に茶を広げているのを見て、啓介は好奇心いっぱいに近寄ってきた。

「ブレンドティーを作ってるところだよ」

「へえ、細かいことをしてるんだな。ほんと、シュウは食べ物のことになるとこだわるよな。でも、何で片付け始めたんだ? もう出来たのか?」

 修太がテーブルの上を片付け始めたのを見て、啓介は不思議そうにする。ピアスが啓介の横から顔を出して言う。

「別に良いのよ、私達のことは気にしなくて。もう少し続けたら?」

「いや、とんでもないダークマターを作りそうになってたから、今日はやめる。それで本を探して安全策を練る」

「だ、だあくまた? なに?」

 修太の返事に、ピアスは目を瞬く。

「いや、こっちの話……」

 そう返して右手を振っていると、グレイが喉の奥で笑いながら、啓介にカップを差し出した。

「まあ、それが良いだろうな。くくっ、ケイ、これを飲んでみるか?」

「え、お茶? ありがとう」

「だーっ、駄目だ! それは絶対に飲んだら駄目なやつだから!」

 素直に礼を言う啓介から、修太は必死にカップを取り返す。そして被害者が出ないうちにと、足元に置いていたバケツに中身を捨てた。

「ええっ?」

 驚いている啓介を無視して、修太はキッとグレイを振り返る。

「グレイ!」

 当のグレイは珍しく低い声で笑いながら、窓辺に座り直した。そして我関せずとばかりに二本目の煙草に火を点ける。

(悪い大人がここにいる……!)

 衝撃を受けて固まる修太に、グレイは尚もクツクツと笑いながら言う。

「シューター、それをシークにやってみろ。面白いことになるぞ」

「だからやらないってば。……あんたなあ、仮にもかわいい弟子だろ!」

「かわいくはない」

 そこだけはきっぱりと返し、グレイは再び忍び笑いを零す。

 死神のような男が笑うのを聞いて、啓介達は複雑そうに顔を見合わせる。

「あの男が面白いと言うとなると、とりあえず笑えん事態になりそうだな」

 フランジェスカがぼそりと呟き、啓介とピアスは苦笑いを浮かべる。

「ああ、フランジェスカの言う通りだ。この茶からは嫌な刺激臭がするしな」

 ポットに鼻を近付けたサーシャリオンは、さっと顔をしかめた。

「だからこれは失敗作だって」

 修太は表情を引きつらせつつ、冷や汗を袖で拭う。

 そして、もう少し勉強してからブレンドティーを作ろうと、心に固く誓うのだった。



 ……終わり。



 リクいただいた内容だったと思います、たぶん。

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