ブレンドティーを作る話
ビルクモーレに滞在中のとある日。部屋の中には、香ばしいにおいが立ち込めていた。
テーブルの上には、茶葉やハーブ、豆類の入った瓶が並べられ、皿が幾つか置かれていた。皿の傍には、茶葉などの名前と配合比が書かれたメモがある。
「うーん、これだと苦いな……」
修太は茶を飲み、首を傾げ、リストにバツ印をつけ、隣に苦いとメモをした。ポットの中身をゴミ箱とバケツに分けて捨てると、次の皿を手に取る。茶葉をポットに入れ、お湯を注いで再び飲む。
「こっちだと甘味が強すぎるなあ」
ああでもないこうでもないとぶつぶつ呟きながら、次々に茶を試飲していく。
難しい顔をしていると、足元に伏せていたコウの両耳がぴょんと立った。コウは立ち上がり、扉に向けて吠える。
「オンッ」
「ん? 誰か帰って来たのか?」
「ワフッ」
その通りだというように、声を上げるコウ。
すると、階段を上ってくる足音は聞こえなかったが、扉をノックする音がして、すぐに開いた。グレイだった。
相変わらずの気配の無さである。コウが教えてくれなかったら、いつものようにビビっていただろう。
「おかえり、グレイ」
「……いったいどうした」
グレイは眉を寄せてテーブルの上を見た後、部屋を見回す。
「すごいにおいだ」
鼻が利くグレイには、お茶の香ばしいにおいは不快のようである。すぐに窓の方へ歩いて行き、半分しか開いていない窓を全開にした。
修太は質問に答える。
「ブレンドティーを作ってるんだ」
「ブレンドティー?」
「茶葉やハーブを自分好みにブレンドするんだよ。適当に材料を揃えて、下でおかみさんに頼んで、ちゃんとフライパンで煎ってきたんだぜ。あとは俺の口に合う味を探すだけ!」
修太は意気揚々と答える。
これが結構難しい。
グレイは少し考えた後、分かりやすい例えを口にする。
「家によって茶の味が違うが、そのことを言ってるのか?」
グレイの問いに、修太は大きく頷く。
「それだよ、それ」
「ここには茶だけでなく、豆や穀物もあるようだが」
「うん、俺の故郷には豆茶とかもあったから、適当に混ぜてるんだ。面白いぞ」
そう返しながら、修太は次の配合を試す。
「そういうのは薬師の領分だ。教わってきた方が早いんじゃないか?」
グレイは右手に持った紙袋を修太に押し付けながらそう言って、窓辺に腰掛けた。煙草に火を点けて、外に向けて煙を吐く。
「効能によってハーブを使い分けたりするんだろ? 本でも読んだけど、それはまた別に試すよ。俺は飲みやすい味を探してるだけだから、自分で飲み比べないとどうしようもない」
修太は答えつつ、グレイから受け取った紙袋を開ける。なんだろうかと思えば、ハーブ焼きの焼き鳥串が三本入っている。
「お、ありがとう! そういえばそろそろおやつの時間だな。助かるよ」
お茶の飲みすぎでそれ程腹は空いていないが、焼き鳥を見たら、現金なことに空腹を覚えた。
「そこで売ってたからついでにな。今日はずっと引きこもっていたんだろ?」
「ああ、これを試し始めたら面白くてさ」
修太はいったん焼き鳥串を横に置くと、次のお茶を淹れた。新しいにおいが部屋に立ち込める。
早速飲もうとカップに注いだところで、横合いから伸びてきた手にカップごと取り上げられた。
「え?」
驚いてカップの行方を見ると、ものすごく呆れた目をしたグレイが、左手でポットの蓋を開けて中を覗き、「やっぱり」と呟いた。
「お前、馬鹿じゃないのか。ヤーガの実を入れただろ」
「ヤーガ……というと、この瓶かな。あれ? でも俺、市場でちゃんと食べられる実をって言ってから買ったんだけどな。もしかして毒草か?」
深紅色をした、ビーズくらいの小さな実が入った瓶を取り上げ、修太は首をひねる。グレイは溜息混じりに返す。
「ある意味では毒だな。一粒でも噛むとかなり辛い実だ。そのまま使うなんて真似してみと、舌が痺れてしばらく使い物にならなくなるぞ。こいつは細かくすりつぶして、ほんの少量を使うんだ」
「えっ、そうなの!? 危ねえ! でも、何でそんなこと知ってるんだ?」
修太はすぐにヤーガの実を混ぜていた皿の中身を、すぐにゴミ箱に捨てた。ヤーガの実が入った瓶も端に寄せる。
「レステファルテでよく出回ってるんだ。香辛料で使うより、目潰し用に持ってる奴が多いな。モンスターにもよく効く」
「目潰しだって!? まじで危ねええ!」
修太は冷や汗をかいた。
(ちょっと、おっさん! 一言くらい注意しろよ!)
市場で売っていた男に向け、修太は心の中で叫んでみたものの、すでに過ぎたことだ。
そこへ、啓介達が戻ってきた。
「ただいまー! あれ、すごいにおいだな。何してんの?」
修太がテーブルの上に茶を広げているのを見て、啓介は好奇心いっぱいに近寄ってきた。
「ブレンドティーを作ってるところだよ」
「へえ、細かいことをしてるんだな。ほんと、シュウは食べ物のことになるとこだわるよな。でも、何で片付け始めたんだ? もう出来たのか?」
修太がテーブルの上を片付け始めたのを見て、啓介は不思議そうにする。ピアスが啓介の横から顔を出して言う。
「別に良いのよ、私達のことは気にしなくて。もう少し続けたら?」
「いや、とんでもないダークマターを作りそうになってたから、今日はやめる。それで本を探して安全策を練る」
「だ、だあくまた? なに?」
修太の返事に、ピアスは目を瞬く。
「いや、こっちの話……」
そう返して右手を振っていると、グレイが喉の奥で笑いながら、啓介にカップを差し出した。
「まあ、それが良いだろうな。くくっ、ケイ、これを飲んでみるか?」
「え、お茶? ありがとう」
「だーっ、駄目だ! それは絶対に飲んだら駄目なやつだから!」
素直に礼を言う啓介から、修太は必死にカップを取り返す。そして被害者が出ないうちにと、足元に置いていたバケツに中身を捨てた。
「ええっ?」
驚いている啓介を無視して、修太はキッとグレイを振り返る。
「グレイ!」
当のグレイは珍しく低い声で笑いながら、窓辺に座り直した。そして我関せずとばかりに二本目の煙草に火を点ける。
(悪い大人がここにいる……!)
衝撃を受けて固まる修太に、グレイは尚もクツクツと笑いながら言う。
「シューター、それをシークにやってみろ。面白いことになるぞ」
「だからやらないってば。……あんたなあ、仮にもかわいい弟子だろ!」
「かわいくはない」
そこだけはきっぱりと返し、グレイは再び忍び笑いを零す。
死神のような男が笑うのを聞いて、啓介達は複雑そうに顔を見合わせる。
「あの男が面白いと言うとなると、とりあえず笑えん事態になりそうだな」
フランジェスカがぼそりと呟き、啓介とピアスは苦笑いを浮かべる。
「ああ、フランジェスカの言う通りだ。この茶からは嫌な刺激臭がするしな」
ポットに鼻を近付けたサーシャリオンは、さっと顔をしかめた。
「だからこれは失敗作だって」
修太は表情を引きつらせつつ、冷や汗を袖で拭う。
そして、もう少し勉強してからブレンドティーを作ろうと、心に固く誓うのだった。
……終わり。
リクいただいた内容だったと思います、たぶん。