コウの視点シリーズ 夜編「綺麗な月夜に酒盛りを」
よう、こんばんはだな。
見てみろよ、今日は良い夜だな。月が綺麗だ。
……ん? それは告白かって? 何の話か、おいらにはわかんねえよ。
ふあー。この国は暑いけど、夜は涼しいから気持ち良いぜ。窓から風が吹き込んでくる。蚊とか羽虫も入ってくるから、虫除けの香を焚いてるんだけど、それがくさいのがちょっと嫌なくらい。
あ、でも今はもっと好きじゃない香りがしてるんだ。
おいらは親分の座る椅子の横にいるんだけど、テーブルの上じゃ酒盛りしてるからさ。酒のにおいが微妙だぜ。
今日は親分、一人で留守番の日でさ、部屋に黒狼族の兄ちゃん達が遊びに来てるんだ。
騒がしいったらないね。
なんでだろうなあ、おいらには不思議なんだけどさ。親分、奴らの訪問を迷惑そうにするくせに、おいらがうなると止めるんだもんなあ。
もうそろそろ親分が寝る時間なんだけどな。
「わふっ」
「どうしたよ、コウ」
おいらが吠えると、親分は怪訝そうにこっちを見下ろした。そんな親分は果実水の入ったグラスを持ってる。親分が酒を飲んでるところって、そういやおいら、見た事ないな。
「君もお酒が欲しいの? あはは、駄目駄目!」
「犬っころになんざやれるか、もったいねえ」
トリトラとシークが口々に言いながら、機嫌良く乾杯する。
なんでこの二人、こんなに楽しそうなんだろう。酒ってのはそんなにすごいんだろうか。おいらはにおいから好きじゃないけど。
「コウ、酒なんか飲みたいのか?」
「オンッ」
親分の問いに、違うと答えたんだけど、親分は勘違いして首を振った。
「駄目だ、身体に悪いからな」
「まあ動物には与えるもんじゃないよね。そういや君も飲まないよね? 飲むかい?」
「何で普通にすすめてくるんだ、トリトラ。俺は未成年だから飲まない」
親分が呆れて返すと、トリトラやシークは面白がった。
「未成年だから飲まない? 君の故郷の決まりかな。へえ、レステファルテじゃ子どもの頃から飲んでたけどね」
「セーセレティーでもそうだろ? この国は水が豊富だけど、それでも綺麗な水は貴重だ」
「そうだね、川の水よりは、スコールで降った雨水をためて飲んだ方が綺麗だ」
おいらにはよく分からないなあ。
雨水や井戸水の方がおいしいってのは分かるけど。でも一番は、草の葉にたまる朝露だ。甘くて美味いんだ。
「何で水が貴重だと酒を飲むんだ?」
親分が不思議そうに訊いた。
トリトラが驚いたような声を上げる。
「え、君、賢いのに知らないのかい。理由は簡単だよ、腐りにくいから保存がきくんだ。だから場所によっちゃあ、果実酒より果実ジュースの方が贅沢品だね。旬の時期だけ味わえる贅沢ってことで」
「そうなのか」
面白いなあという声音で、親分が頷いた。興味を示したのが分かりやすい。
すると興が乗ったのか、トリトラが酒を注いで親分の前に置いた。
「これ、そんなに度数高くないし、試しに飲んでみなよ。場所によっちゃ酒の方が出てくるし」
「え、いや、でも」
「今のうちから慣れておけよ、チビスケ~」
「うーん……」
シークが促すと、親分は迷うように酒を見つめた。興味はあるらしい。
「別にいいじゃん、君の故郷じゃないんだし」
「そうそう。たまには規則違反した方が楽しいぜ」
ああ、駄目だこの二人。完全に悪友ってやつだ。
親分は迷ったようだが、興味に負けたらしい。グラスを手に取った。
「じゃあ、一口だけ飲んでみる」
そう言って、恐る恐る飲んだ親分は、うえっと吐きそうな声を出した。
「なんだこれ、にがっ。お前らこんなのが美味いのか?」
するとトリトラやシークは笑い出した。
「子どもだなあ。そっか、これが苦いのかー」
「ガキだねえ」
こいつら、お前らで飲ませておいて。
ぶち切れたおいらが二人に吠えると、二人は謝ってきた。
「ごめんごめん、ちょっと吠えないでよ、君。隣近所に迷惑だろ」
「宿を追い出されるだろうが。悪かったって」
まったくしようが無いな。追い出されると困るのは親分だ。
おいらは渋々吠えるのをやめた。
親分は大丈夫だろうかと見上げると、親分はけだるそうにテーブルに手をついていた。
「なんかめちゃくちゃねみぃ……」
そう呟くなり、テーブルにばたっと突っ伏した。
ぎょっとのけぞるシーク。
「おわっ、え、なんだ?」
「寝てるよ! えええ、下戸ってやつ?」
「まさかトリトラ! お前、酒に何か混ぜたんじゃないだろうな」
「いやいや、混ぜるわけないでしょ。僕は普通の果実酒をあげただけ……」
そう言いながら瓶を持ち上げたトリトラの動きが止まる。
「あ、やばっ。度数の低い酒のつもりが、蛇酒飲ませちゃった」
「はああああ!? 飲ませちゃったって、おまっ、酒飲みでも潰れる酒を、なに初心者に飲ませてんの! アルコール中毒で死んだらどうすんだよっ」
バタバタし始めた二人をよそに、親分は静かに眠っている。
大丈夫なのかな。おいらも慌てて「クンクン」と高い声で鳴きながら、親分の周りをうろうろ歩き回る。
すると、そこで鍵の開く音がして、扉が開いた。
今日は遅く戻ってきたグレイが立っていた。そちらを向いて、ぴたっと動きを止める黒狼の兄ちゃん達。グレイは怪訝そうに問う。
「なんだ、騒がしい。外まで聞こえていた」
「あああお帰りなさい、師匠! ごめんなさい申し訳ありません!」
「すんませんっしたあ!」
二人は即座に頭を下げた。
この後、親分は寝てるだけで特に問題なかったけど、二人はグレイに説教されてた。
親分、酒には弱いみたいだけど、翌日に持ち越さないタイプみたいで朝に起きたらけろっとしてた。
本気でかっちょいいぜ、親分。おいら、どこまでもついていくよ!
……end.
※月が綺麗ですね ……夏目漱石の本に出てくる有名な告白の言葉のこと。
コウの視点シリーズ終わりです。
初心者の方はお酒に気を付けてください。
急性アルコール中毒になると死ぬこともありますので……。一気飲み、駄目、絶対。
では。