コウの視点シリーズ 朝編「コウの決意」
よう、よく来たな、お前ら。
おいらは鋼。
鉄狼っていうモンスターで、本当はでかくて強い狼の姿なんだけど、親分がそれじゃついて来るのが無理っていうから、体を縮めて犬っころサイズでもっぱら行動中だ。
おいらの一日は、親分が起きて始まるんだぜ。
親分、基本的においらのこと放置だから、起床してすぐに顔を洗いに部屋を出て行く時も、おいらを平気で置いてくんだ。おいら、親分のボディーガードなのに!
だから急いで起きるんだけど、ときどき扉の間に頭が挟まって、痛い思いをするんだ。
ほら、今みたいに。
「キャウンッ、クゥゥーン」
いてえよう。首にガツッときた。うーん、動けん。親分、助けてー!
「何やってんだよ、コウ」
もがいていると、親分が戻ってきて扉を開けてくれた。
「ワンワン、ウォフッ」
ありがとう、親分! 朝から格好良いぜ!
「他の客に迷惑だから静かにしろ」
ごめんなさい。黙ります。
怒られたことにしょげつつ、おいらは親分の後を追う。
おいらの親分はシューターっていう、人間の子どもだ。〈黒〉のカラーズで、自然と放出してる魔力にはモンスターを鎮める作用があるから、傍にいると居心地が良い。親分は力が強いカラーズだから特に。
強い力を持つモンスターの傍は頼りになる感じだけど、〈黒〉は落ち着くという感じだ。おいらの故郷は鉄の森なのに、この魔力を浴びていると、なんだか帰ってきたなっていう気がするんだ。
親分について、井戸のある裏庭に出る。この時間帯は涼しくて気持ち良い。
「おはよう」
「……ああ」
親分が声をかけたのは、グレイっていうおっかない黒狼族の男だ。
親分は朝が早い方だけど、この人より先に起きるってことは滅多と無い。グレイは今日も夜明け前から稽古をしていたようで、手にしていたハルバートを下ろし、構えを解いた。
その斧の刃が朝日を受けてギラリと光り、おいらはおっかない気分になる。おいらは親分のボディーガードだけど、この男には勝てそうに思えない。
でも、親分が危ない時は守るけどな!
よしよし、今日も大丈夫そうだな。親分に酷いことしないように、おいらが見張るんだ。
親分が必死に井戸の底の桶を引っ張り上げている間、おいらは、親分が井戸に落ちないか様子見してるグレイをじっと見つめる。
視線が気になったのか、琥珀色の目がちらりとこっちを見た。
――駄目だ、やっぱ怖いっす親分!
おいらは即座に伏せの姿勢をとった。
「……なに落ち込んでんの、お前」
顔を洗い終えた親分は、視線に負けたおいらを不思議そうに見た。そしてグレイに視線を移したが、その時にはグレイはハルバートを手にして、井戸から距離を取るように離れている。そして、ハルバートを構えて型稽古を始めた。
「クゥーン、ウォンウォフッ」
おいら、頑張るから、見捨てないで下さい、親分ーっ!
「ああもう、意味分かんねえ。なんなんだ、いきなり。もしかして水浴びしたいのか?」
「ワフッ」
あ、それは嬉しいっす。
水浴び、水浴びっ。
パタパタと尻尾を振ると、親分は桶に残っていた水をおいらにかけてくれた。
ひゃっほー、気持ち良い。最高っ。
テンションが上がったおいらは、だーっと裏庭を駆けて、まただーっと戻ってきた。そして水を跳ね飛ばし、ぐるんぐるんと井戸の周りを駆け回る。
「おはよう。なんだ、コウはやけに元気が良いな」
「おはよう、フラン。なんか知らねえけど、水浴びしたかったらしい。水かけてやったらこの調子だ」
「水浴びが好きな犬とは珍しいもんだ。いや、モンスターだったか……」
おいらが三番目に苦手な女剣士のフランジェスカが、足音静かにやって来て、呆れ顔をした。
普通、犬は水を急にかけられるのが嫌いだ。
だけど、おいらは水浴びが大好きだから、かけられたら喜ぶぞ。鉄の森では、よく仲間達と川を駆け回っていた。それで、川に棲んでたでかい蛇を追いかけ回してたんだ。
ちなみに、おいらの苦手の一番はクロイツェフ様だ。尊敬してて大好きだけど、傍に行くと毛が逆立つから苦手なんだ。おいら達みたいなモンスターや動物っていうのは、強い相手っていうのが感覚で分かる。危険から逃げる為だから、皆、本能的に分かるんだ。
クロイツェフ様はつかみどころの無い方だけど、モンスターには優しいから、心配いらない。でも、おいらは人間とかはあんまり好きじゃない。鉄の森で人間に捕まって、その後、ずっと狭苦しい檻に入れられたからだ。
人間とかで強い奴っていうのは、気配を薄くしたり、足音を消すのが上手だ。体重の移動や重心の調整を自分で出来るってことだから、訓練しなきゃ出来ないってのは、おいらでも分かる。
毎日傍で見てて気付いたんだ。
特にそういうのが上手い二人は、稽古に余念がないからだ。
親分なんて、足音もすれば気配もあるぞ。
って、ああ! 親分、おいらを置いてかないでくれよ! また悪い奴に目ぇつけられたらどうするんだよーっ!
親分がおいらを放置して歩き出したので、おいらは慌てて駆けていく。
親分は〈黒〉だから狙われやすいって、周りの人間達は思ってるみたいだけど、おいらは違うと思うんだ。親分が狙われやすいのは、子どもで弱いからだ。だって、周りにこんな強い奴ばっかだったら、弱いのを狙うに決まってる。
おいらだって、小鳥と親鳥だったら小鳥を狙って食べるぞ。
親分が狙われやすくないくらいでっかくなるまで、おいら、頑張ってボディーガードするんだ。いや、でかくなってもするけどな!
でも、一番の目標は、親分がおいらを置いていかないくらい、頼りにしてくれるようになることだぞ。
今日も一の子分として頑張るぞ。おう!
……end.
コウの視点での一日だったはずが、朝だけで終わったので、朝編としてシリーズ化することにしました(笑
コウの一人称が「おいら」なのが意外性があったみたいです。私の中ではずっと
「おいら」でしたけども。
書いていて癒されました。