風邪っぴき二人 おまけ
・コウ視点
修太が鬱陶しがっていたので、ケイを部屋の外へ追い払った後、コウは修太のベッドのすぐ傍に寝そべった。
このベッドの足のすぐ側が、修太が寝ている時のコウの定位置だった。
(親分、大丈夫かなあ)
気になって、ちらりと頭を上げ、また前足の上に戻す。
薄い掛け布に包まり、丸まって寝ている修太の静かな寝息だけが聞こえてくる。
引いたカーテンが風で揺れ、コウは耳をピクッと揺らした。
(風が気持ち良いけど、親分には暑いのかな。それとも寒いのかな)
また気になって、僅かに首をもたげ、すぐに姿勢を戻す。
(人間って強い奴は強いけど、弱い奴はほんと弱いからなあ。カゼがどういうのかわかんないけど、苦しそうだしなあ)
そわそわしてきたコウは、ベッドの足元を意味もなくぐるぐると回った。
「うーん」
修太が小さくうめいたので、コウはピタッと動きを止める。起こしたのかと緊張し、灰色の毛がぶわりと逆立った。
が、また静かな寝息が聞こえてきたので、ほっと力を抜く。逆立った毛も緩やかに元に戻った。
(大丈夫かな)
そろりとベッドに前足を乗せ、修太の様子を見てみたが、掛け布にくるまっているので顔は見えなかった。
また静かに床に下りる。
(大丈夫じゃなさそうだったら、ケイを呼びにいかないとな)
ベッドの傍に寝そべり、コウはふんふんと鼻を鳴らす。
そこで、問題点に気付いた。
(うわあ、ケイの馬鹿ーっ。おいらだけじゃ扉を開けられねえよーっ)
ドアノブを回すなんて高等技術は出来ない。掴むという動作が苦手なのだ。
「開ける」ではなく「壊す」なら簡単だが。
どうしようどうしよう。コウはおろおろとその場を回り始めたが、すぐに元の位置に戻った。
(吠えれば気付くよな。もしもの時は遠吠えしよう)
モンスターであるコウが人の多い所で遠吠えをすると、人に飼われている動物が怯えてしまうのだが、親分の方が大事だから、その時はそうしようと考え、コウはぺたっと床に顎を乗せた。
湿気た生ぬるい空気の室内は静かで、主人の寝息につられるように、コウも眠りへ誘われていった。
・こっそり話す人達
修太が風邪で寝込んで二日目。
薬がよく効いているのか、こんこんと静かに眠っている修太の傍には、ときどきピアスが付いていた。
洗面器の水がぬるくなってきたので、階下に行き、井戸で新しい水を汲んでから戻ると、部屋に人が増えていた。
眠る修太の顔の前で手をひらひらと振っている漆黒の影が死神のように見え、ピアスはびくりと足を止めた。
「グレイ……? 何してるの……?」
恐る恐る問うと、グレイはちらりと振り返って慎重に言った。
「誤解だ。別に首を絞めようとしてたわけじゃない」
「ええと」
ちょっぴり、本当に少しだけ、もしかして息の根を止めるつもりなんじゃないかと考えてしまっただけに、ピアスは反論しきれなかった。下手に何か言うと墓穴を掘りそうだったので、再度同じ問いを投げる。
「じゃあ、ええと、何してたの?」
「息をしているかどうか確認していた」
「……あなたがそれを言うと、洒落に聞こえないわ」
何故だろう。医師に臨終を告げられたような気分になる。
ピアスは苦笑を浮かべる。
どうやら先程の動作で確認したらしいグレイは、足音を立てずに修太の傍を離れると、窓の方に行った。窓枠に腰掛け、紙煙草の箱とジッポライターを懐から出しながら、かすれ気味の小さい声で弁解する。
「レステファルテで寝込んでいた時もそうだったが……。この子ども、やけに静かに寝るのでな。目を離した隙に死んでいるような気がして心臓に悪い」
「まあ、確かにシューター君、静かに寝るわよねえ。寝返りをあんまり打たないから、あたしもときどき不安になって様子見しちゃうのよね」
ピアスは洗面器をテーブルに乗せると、布を浸して絞り、修太の方に行って、額に乗せた。やはり修太は身じろぎ一つしないで寝ている。そんな修太を心配してか、ベッドの足元の床に座ったコウが、じっとピアスを見上げてきた。
「大丈夫よ、コウ。こんなにぐっすり眠ってるんだもの、すぐに良くなるわ」
「ウォフッ」
コウも小さく吠えた。
ピアスはその場にしゃがんでコウの頭を撫でてやってから、顔だけを窓の方に向けた。
実の所、ピアスはこの感情が欠けたような黒狼族の男に畏怖のようなものを抱いている。だから、二人でいるこの状況が怖いので、コウの傍にいる方が安心だった。共に旅をし始めて、その辺の者より余程出来た人格者だと理解したが、彼の身に纏う殺伐とした空気が、それ以上近付くなとピアスの本能に告げてくる。漆黒の服といい、死を連想させやすいからかもしれない。
「ねえ、シューター君が具合悪くてこんな風に寝てる時、グレイ、ときどき様子見してるわよね? やっぱりそういう理由なの?」
「……ああ」
グレイは僅かに考えるそぶりをし、説明を付け足す。
「俺達は、お前達人間程、睡眠を必要としないからな。こんな風に寝る者は、同胞の場合、死ぬ間際の病人か、死人くらいだろう」
「え? 昼寝ってしないの?」
「小さい子どもはする」
グレイはそう答えてから、目をすがめた。
「だが、俺達はサーシャではないからな」
「サーシャを引き合いに出すと、誰でもそう言うわよ。サーシャは寝すぎよね」
今日は散歩に出かけていていないが、サーシャリオンは暇があればだらだらしている。ベッドにうつぶせになって至福だとばかりに眠っているのを見ると、本当に神竜なのかと疑ってしまう。
「まあ、確認するのは良いんだけどね、グレイ」
「……何だ」
「寝起きにグレイが立っていたら、きっとシューター君、ものすごく驚くと思うの。だから、気を付けた方が良いわよ?」
「一つ断っておくが、お前達を害すつもりはない」
「分かってるわ。でも気を付けて」
しっかりと念を押すピアスをグレイは一瞥し、小さく頷いた。
どこか不可解そうに自身の頬を撫でている辺り、自分が死神と勘違いされやすい外見だと気付いていないようだ。
(私だったら泣いちゃうと思うわ)
グレイは朝が早いので、大部屋に泊まった時にもそういうことは一度も無かったが、想像するだけでゾッとする。
ピアスは苦笑を浮かべ、修太に視線を戻すのだった。
……end.
リク下さった方のコメントで、この辺が見たかったというものを読んで、面白そうだったので書いてみたものです。