風邪っぴき二人
web拍手に置いてた短編です。
風邪を引いて啓介と修太が互いを看病するうちに、意外な一面を知るというリクにお応えしたものです。
「シュウ、なんだか元気無いな。また調子悪いのか?」
朝食の席で、啓介が心配そうにそう訊いてきた。
「よく分かるな、ケイ殿。こいつは大抵黙っているから、私にはどこで判断しているのか分からぬが。お前、具合が悪いのか?」
フランジェスカはじっと修太を見たが、違いが分からなくて首を振った。そして、率直に問うてくる。
「ああ、なんか、いつもより頭がボーッとするし、体がだるい。魔法を使った覚えはないんだけどな」
修太はそう答えると、もそもそと食事を再開する。いつもならぺろりとたいらげる一人前分が、まだ半分にも到達していないことにフランジェスカはそこで初めて気付いた。
「ねえ、シューター君。それって、もしかして風邪じゃないの?」
「え?」
「……?」
啓介は驚いた様子でピアスをすぐに見たが、修太はゆっくりとピアスに視線を向けた。修太の動きも普段より緩慢だ。
「何でそこで驚くのよ」
二人の反応に、ピアスは怪訝な顔をする。
「風邪? いつぶりだろうな。魔力欠乏症で寝込む前は、えーと……」
「小学生の時が最後じゃないか、シュウ。五年生の頃にインフルエンザにかかったじゃん。調子悪いの我慢して学校に来た生徒が実はインフルで、大量に感染者が出たの覚えてねえ? あの時、俺もダウンしたんだよなあ」
「ああ、あれか。確かにそうだな。えーと、てぇことは、五年ぶりか? こんなだったっけ、風邪って」
滅多と風邪を引かない方だったので、修太はいまいち自信がない。
「でもほら、顔、赤い気がするぞ」
テーブルの対岸からフードを覗き込むようにして啓介が言うのに、修太はやはり眉を寄せる。
「この国は暑いから、それでじゃねえの?」
「いいから、ちょっと熱測るぞ。って、うわ! あつ!」
問答無用で修太の額に手を当てた啓介は、思わず手を外し、席を立った。
「お前、何で寝てないの? 休めよ、調子悪いんなら!」
「うるせえぞ、啓介。熱ごときで騒ぐなよ」
調子が悪い本人である修太は面倒くさそうに言い、ゆっくりと食事を噛んで飲み込む。そんな修太に、フランジェスカはさばさばとした態度で言い付ける。
「食べようとしているだけまだマシだろう。シューター、お前、それを食べ終わったら休めよ」
「……分かってるよ」
少しだけ鬱陶しそうにしながらも頷く修太。
「後でお医者さんの所に行かなきゃね。グレイ、手伝ってね。シューター君だからいいでしょ?」
その横では、ピアスが後ろの席を振り返り、手助けを交渉している。グレイはちらりとピアスを見て、短く問う。
「何を手伝うんだ?」
「背負って運んでくれればいいの。私達だと、絶対、みっともないとか言って抵抗するもの。グレイの大人の貫録でびしっとよろしく」
「……分かった」
大人の貫録という部分に引っかかったのか、どこか訝しげながら、グレイは首肯する。
(それ、大人の貫録じゃなくて、無表情の脅しって言わないか?)
修太は内心でひっそりと呟いたが、もちろんグレイが怖いのでそんなことは口にしなかった。
その後、しっかりと大人の貫録という名の無表情の脅しに負けた修太は、グレイに背負われて薬師の店に行った。修太は歩けるつもりだったが、思ったよりふらついて、長距離は厳しかった。まさか目に見えていて避けようと考えているテーブルに突っ込んでぶつかるとは思いもしない。その光景を見て、確かに普段より調子が悪いのだと思ったのだろう、グレイはピアスに言われるまま、修太を背負って運んでくれた。
そうして薬を貰うと、修太は宿の部屋で本格的に寝込んだ。
そんな修太を、啓介が看病している。
啓介は元々気遣いするタイプの人間なので、修太が魔力欠乏症の関係で調子が悪そうな時も、不足が無いか様子見に来るので助かる。他にはピアスが小まめに顔を出す。フランジェスカはときどきだ。修太が寝入ってなかなか起きない時は、グレイも様子見に来ることがあるとピアスがこっそり教えてくれたが、そちらは今のところ見たことはない。寝ている時なので当然だ。コウはというと、修太が寝ている時はほとんどの時間、ベッドの傍に寝そべっている。
調子を崩した日の正午を過ぎた頃、修太は、ベッド脇に椅子を置いて看病する位置についた啓介がいい加減鬱陶しくなって声をかけた。
「なあ、一人で勝手に休んでるから、お前、どっか出かけてこいよ。風邪うつるぞ。それにそんなに傍にいられると眠れねえ」
「シュウってはっきり言ってくれるから、俺は助かるけどさ。そういう言い方って、ありがた迷惑って言われてるみたいで、普通の奴はへこむぞ?」
啓介がしょげた顔で返すのに、修太は溜息混じりに言う。
「あのな、調子悪い時に気を遣うのって疲れるんだよ。それぐらい分かれって。気持ちは嬉しいんだけどな」
こういう時、人恋しくなる人間もいれば、一人になりたがる人間もいる。修太は後者だ。風邪ということで、他のベッドとの間に仕切りを置いてもらっているから、気分的には楽だが、本当は掛け布の中に潜り込んで一人空間を享受したかったりする。
「いつもより具合悪そうだから、気になるんだよ」
「ただの風邪だろ。心配しすぎだ」
「だってシュウ、こっちで初めての風邪だろ? 地球にはない菌があるかもしれないじゃないか。ここの人達って丈夫な人が多いから、ここの人には大丈夫でも、俺達には危険かもしれないし……」
「考えすぎだ、馬鹿。んなこと気にしてたら、何も出来なくなるだろうが。まあ、レステファルテは衛生環境最悪だったから危ないかもしれねえけど、セーセレティーは綺麗だからまだ平気だろ。もういいから、とっとと行けって」
最終的に会話自体が面倒になった修太は、椅子に座る啓介の膝辺りを、布団から出した足でげしっと蹴った。
「うわ、もう。行くから、蹴るなよな……」
たまらず立ち上がった啓介が修太を見ると、修太はすでに布団にくるまって、こちらに背中を向けていた。
全く、と肩を落とす啓介。更にそこへ追撃があった。啓介の膝裏をコウがぐいぐいと頭で押し、出口に向かわせようとしてきたのだ。想定していなかった啓介は、危うく膝ガックンされそうになってよろめいた。
「わわ、コウまで……。お前、ほんとシュウに忠実だなあ」
「ワフッ」
そうだと言いたいのか、小さく吠えるコウ。
啓介は頭で押されるまま出口に向かう。
「何か必要そうだったら、呼びに来いよ、コウ。俺、下の食堂にいるから」
「ウォンッ」
「あんな風に言われるなんて、意外だったよ。俺、そんなにしつこかった?」
親友のにべもない態度に落ち込んだ啓介は、ピアスと茶菓子を食べながら話していた。
「はっきり言ってくれるだけ良い方よ。いきなり切れられるよりマシでしょ? 怒られてもこっちは善意なんだから訳分かんないもの。ケイの場合はしつこくないけど、寝起きに軽く様子見くらいで良いんじゃない? シューター君、ちっちゃい子どもじゃないんだし」
ピアスは赤い木の実のパイを一口頬張る。
「寝込んでる時に気遣いが疲れるのって分かるわぁ。お見舞いって、あんまり頻繁に行くと相手の負担になるのよね。気を遣って出来るだけ元気を装ったりしてさ。弱ってる姿を他人に見せたくない人もいるし、人それぞれよ。それにね、ケイ。シューター君、普段から一人で何でもしようとするでしょ? 他人に手を借りると、それが申し訳ない気分になって疲れるんじゃないかしら」
「はあ、なるほど。すごいなあ、ピアス。よく気付くね」
「ただの推測よ。本人がどう思ってるかは分からないけどね? ふふふ、デザート代くらいにはなった?」
お菓子代は啓介のおごりだ。ピアスは気持ち良くおごられる為に相談に乗ってくれたらしい。
別に相談がなくても、たまにおごるくらいいいのに。
こうして一緒にテーブルを囲めるだけで、啓介は満足なのだ。お代なんか気にしない。
「ああ、ありがとう。そのアドバイス通りにしてみる」
啓介はそう笑顔で返す。
(うーん、看病される側の気持ちかあ。考えたことなかったな)
とても勉強になった。
そして、そういう所に気付いたことがない自分に驚いて、もっと気遣いの出来る人間になりたいなあと心の中で呟いた。
後日。
修太の風邪が治ったと思ったら、今度は啓介が寝込んだ。
「お前なあ……。だから、うつるっつったろ?」
入れ替わりで修太が啓介の看病をすることになったので、修太は呆れたっぷりに言った。
「ううー、しんどいよー。ぐるぐるするー。死ぬー」
「そんなんで死ぬか。三日も寝てれば治るから安心しろ」
修太は短く返し、水で濡らしたタオルを絞り、啓介の額に乗せてやる。
「後でサーシャに氷を作ってもらうか」
「そうして、是非」
修太よりは頑丈な体をしているくせに、何故だか一年に一度は風邪を引いて寝込む啓介だ。風邪には慣れているはずなのに、いかにしんどいかを訴えてくる。
修太は膝の上で頬杖をついて、しげしげと幼馴染を眺める。
「お前さあ、毎度思うんだけど、何で寝込むと口数増えるんだ? うるせーんだけど」
「寝込んでるの俺なんだから、いいじゃん、別に。なあ、何か話そうぜ」
「だから寝ろよ、静かに」
真っ赤な顔をしてうめいている癖に、修太が見舞いに顔を出すと、これ幸いとお喋りになる啓介が修太は不思議だ。普通は迷惑そうにするんじゃないだろうか。喋るのはきついはずだ。
「シューター君の時と反対じゃないの、これ。ほんと、正反対よね、あなた達って」
氷を砕いて混ぜ込んだ果物と野菜混ぜジュースを運んできたピアスは、呆れ顔で言った。
「はい、ケイ。飲める? お昼、あまり入らなかったみたいだから、ジュースにしたの。頑張って飲んでね」
「飲むー……」
「何でお前、俺相手だと無駄に駄々こねて飲まない癖に、ピアスだと飲むわけ? まじ腹立つわー」
昼食の時に押し問答をしまくった修太はうんざりと言う。本当は分かっている。ピアスだから言う事を聞くのだと。
普段は、オカルトのこと以外ではほとんど我が儘を言わない啓介だが、寝込むとちょっとばかり我が儘になる。それは可愛いレベルなので問題ないのだが、啓介の妹の雪奈はそんな兄にべったりで、ここぞとばかりに啓介を甘やかしたりしていて、修太は見舞いに来てその光景を目の当たりにし、雪奈の不気味さに恐れおののくのが毎度だった。薄気味悪いんだから仕方ないだろう。
「ふふふ、人徳の差かしら」
「うんうん、ピアスは良い人だよ」
「まあそれは認めるが」
「ちょっと真面目に褒めないでよ。冗談だったのに」
ピアスは照れてバツの悪い顔をした。
「ピアス、少し代わって。こいつ、寝込むと人恋しくなるタイプだから面倒くさいけど、出来れば愛想尽かさないでやってくれると嬉しい」
「病人相手にそんな理不尽なこと思わないわよ」
ピアスが快く選手交代してくれたので、修太は心置きなくその場を離れた。その背に、啓介が恨めし気な声をかけてくる。
「裏切り者ー」
「何がだ。もう、黙って寝てろよ。本気でめんどくせえ」
絡んでくるのが鬱陶しい。
部屋を出ると、一息つこうと裏庭に出る。ついてきたコウが隣に座るのを見て、修太は切実に言った。
「あいつ、寝込むと面倒だな。俺は恵子おばさんはすごいと感動した」
「……ワフッ」
「よく考えたら、見舞い程度でも面倒くさかったんだから、看病してたらもっと面倒だよな……」
「クゥーン……」
「うんうん。あいつの風邪薬に睡眠薬を混ぜてもらうべきだと気付いた。名案だろ?」
「ギャウン」
流石にそれはやめた方がいいよと言いたかったのか、コウはしかめ面のように顔を歪めた。
そんな風に修太がコウ相手に話していると、井戸の水を使いに来たらしいフランジェスカに怪訝な顔をされた。
「お前、何を犬相手に喋っているのだ? 友達がいないなんて可哀想な奴だ」
「うっせー」
その友達が面倒くせえんだよ。
風邪を引いて、幼馴染の意外な一面をそれぞれ知ることになった二人だが、それが良いことだったのか悪いことだったのかは、それぞれ違っていたのだった。
……end.
風邪を引いている時の態度ですら、二人は真逆です。楽しかったです。リクありがとうございました。