*聖母と鬼神
「紹介がまだだったな。俺はカシアス」
「カシアス……カシアス・アーロンか」
ぴくりと反応し、その存在感を際立たせる。
「!」
表情が見えないレオンにも、彼の怒りが見て取れた。
「ほ、俺を知っているとみえる」
「誰……?」
「殺しを専門とする傭兵だ」
「え!?」
青年の問いかけに応えたベリルの瞳がさらに厳しくなる。
「随分と殺し回っているようだな」
「何を怒ってるんだ? やってることはお前と同じだ」
「同じにしてもらっては少々困るのだがね」
静かだが、その声にえもいわれぬ怒りが感じられてレオンは息を呑んだ。
「いくら死なないと言っても、動きを止めることは出来るよなぁ」
男は懐からナイフを取り出した。
「ソファの後ろへ」
「わかった」
起伏無い物言いに従い、青年はソファの背に身を隠す。それを尻目に確認し、ジーンズの裾からナイフを取り出した。
「……ベリル」
さっき撃たれたばかりなのに……青年はそっとのぞき込み、彼の背中に苦い表情を浮かべる。
カシアスという男も、それを見越して闘いを挑んでいるに違いない。いくら強いと言ってもベリルは回復したばかりだ、しかも体格差からいってカシアスが有利なのは明らかだろう。
しばらく見合っていたが、先にカシアスが素早く近づくとナイフを走らせた。
「!?」
しかし、目の前にいたはずのベリルの姿が無い──男はすかさず視線を下に向ける。そこには、エメラルドの双眸が無表情に自分を見上げていた。
「っ!?」
冷たい宝石に息を呑む。
「貴様の動きは読みやすい」
カシアスはベリルの怒りを読み取れなかった。感情を表さない瞳の奥にある、その激しい怒りを──
「がっ!? あ……」
飛び退こうとしたカシアスの胸にナイフが深々と突き刺さる。
「貴様には、泣き叫ぶ子どもの声が聞こえないのか」
力なく寄りかかる男に、ささやくように発した。
「ぐっ、う……殺しに違いなど、あるものか」
重く床に倒れ込んだカシアスを見つめて眉をひそめる。
「殺しに違いは無い。だが、命には違いがある」
目を細め、噛みしめるようにつぶやいた。
「ベリル……」
目を伏せている彼にゆっくり近づく。彼は無表情に死体を見つめているが、心の中で泣いている……レオンはそう感じた。
「命の……違い」
「本来ならばあってはならない」
だが、この男を生かしておく価値などあるだろうか。金のために罪もない人々を殺めていくこの男の命は、そんな人々と同じだといえるだろうか。
「もしも命も同じように回っているのだとするならば、この男の命は別の誰かに受け継がれる」
そう思いたい。
「!」
突然、後ろから優しく抱きしめられた。
「泣かないで、今は俺が支えるから」
「……」
伝わる温もりは性別など関係もなく、彼は静かに青年の腕に手を添えた。
『殺めなければならない命がある』
それに憂いて目を伏せる。
いつか、私を必要としない時代が来るのだろうか……それは願い、それは祈りだ。