*争奪戦
「……」
こいつ、無視する気か……満面の笑みを浮かべて手を握り続けるレオン皇子に、眉間のしわを深く刻んだ。
「大体、同性を正室だか側室だかに加えた皇族など今までいるのか」
「いるよ」
しれっと応えられ、言葉が出ない。
「同性愛が認められているのは皇族だけなんだ。むしろ折角なんだからって同性を側室に入れる者もいたと聞いた」
それにベリルは頭を抱えた。
19歳のレオンは第一皇子で、現在の皇帝はムカネル皇帝50歳。皇族が支配する独裁国家だ。
その時──コココ! ガチャ!
「レオン、正室候補って誰?」
ノックが無意味なんではと思われる速度で扉が開き、赤いドレスに身を包んだ女性が入ってきた。
「姉上……」
「! 男じゃない」
レオンが手を握りしめている人物を凝視する。
赤いドレスに見事なウェーブのかかった栗毛を背中まで流し、ブラウンの瞳は艶を帯びている。
この国では男子がいた場合、基本的に第一子の男子、つまり長男が第一皇位継承者となる。
「ふ~ん」
長女であるレオナ皇女は、ベリルの顔をじっと見つめた。
「あなた、名前は?」
「ベリルだ。もういいだろう」
レオンが代わりに応えるが、どうやら彼は姉が苦手のようだ。弟の声などスルーして、彼女はベリルを見定めるようにまだ眺めている。
金髪のショートヘアにエメラルドの瞳。そして、その整った顔立ちにフッ……と笑みを浮かべたレオナに、レオンはギクリとした。
「決めた! あなた、私の部屋に来なさい」
「は……?」
「!? だめですっ」
青年はガバッと立ち上がり、彼女の行動を遮った。
「いいじゃない。気に入っちゃったんだもん。あんたには勿体ないわ」
「だめです! ベリルは俺が見つけてきたんだ。絶対に渡しません。姉上はそうやって、いつも俺のお気に入りを奪っていく!」
「……」
ベリルは2人のやりとりを呆然と見上げていた。
「ほらっ見なさい」
「うっ……?」
レオナはベリルの腕をグイと引っ張り、立ち上がらせる。
「私に似合うでしょ」
人をアクセサリーのように言い放つ。
「! あら、あなた。レオンより低いのね」
ベリルを見上げてつぶやいた。彼は174cmでレオンは178cmに、レオナは157cmだ。
「あなた、年齢はおいくつ?」
「……25だ」
「姉上! 彼の手を離してください」
「私は24歳だから丁度良いわね」
レオナは無視して続けた。
何が丁度良いのか解らないが、とりあえず掴まれている腕を離して欲しいとベリルは思っていた。
「さ、行きましょ」
「だっ、だめです!」
ベリルの腕を引っ張って部屋から出ようとするのを止めようと、反対側のベリルの腕を掴む。
「レオン! 姉の言うことがきけないの!」
「これだけは嫌です!」
2人はベリルを引っ張り合った。
「……」
段々と腹が立ってきた。
「いい加減にせんか!」
勢いよく2人の手を引きはがし、交互に睨み付けた。
「私はお前たちのオモチャではない」
「当り前だ。俺の正室になるんだから」
「あなたは私の側にいればいいのよ」
ベリルはギロリとレオンを睨むと、ビシッ! と指を差した。
「私がいつ、それを認めた。勝手に決めてもらっては困る」
そして次にレオナに指を差す。
「私はお前のアクセサリーではない。似合うとはなんだ」
「……」
怒鳴られて2人は沈黙した。それにベリルは大きく溜息を吐き出す。
「あなたの声、いい声ね」
「何……?」
彼女は見上げて嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりあなたには勿体ないわ。私に譲りなさい」
「姉上は横暴だ!」
「……」
こいつら何を聞いてたのだ。
「いい加減にしてくれ」
ベリルは右手で顔を覆い、深い溜息を吐き出した。