『体育祭』
私、体育祭って大きらい
走らなくちゃいけないし
それに疲れるし
転んだりしたら、クラスの人に迷惑かけるし
体育祭って、本当にいやな事ばっかり
……でも、一番いやなのは
あなたの前で情けない姿しか見せられない
私自身なんだよね
◇
「ああ〜。憂うつだなぁ…」
真夏の雲一つない晴天。私の通う高校の地方では、本日晴天100%。
セミがやかましく鳴いている中、私達生徒は学校の校庭に集まっていた。
何をしているのかと言うと……。
「体育祭なんて無ければいいのに…」
用意された席に座っている私――浅野恵子。
この暑い日差しの下で、これから何時間もここに座っていることを思うと、本当にイヤになる。
私は、はぁ〜と大きなため息をついた。
「どーしたんだよ、ため息なんかついちゃって?」
突然声をかけてきたその人は、私の頭を掴んでもみくちゃにした。
そんな事をする人はこの学校……いや、この世にたった一人しかいない。
「何すんのよ、明?」
私の頭を掴んだ人――進藤明。
小学一年生の時からの顔見知りで、ずっと一緒のクラスである。
腐れ縁というのか何と言うのか。しかも更に言うなら、コイツは私の意中の人なのだ。
「今日は年に一度の体育祭。しかも最高の運動日和だ。それだっていうのに、落ち込んだ顔をしたヤツを見つけたもんでね」
私は頭に乗っている明の手を払い落とし、プイとそっぽを向いた。
「なんだよ、何か気に入らないことでもあるのか?」
「うるさい! アンタ、私が運動嫌いってこと知ってるでしょ!? そんな私が体育祭の日に浮かれた顔なんかしてるわけが無いじゃない!」
そう。
私は運動が嫌い……というか、苦手なのだ。
走りは遅いし、球技なんてやらせたら球を顔で受けちゃうような運動おんち。
勉強は出来るほうだけど、運動がここまで出来ない人も中々いないだろう。
「そんな事で怒るなって。良いじゃん、運動出来ようが出来まいが楽しめばさ」
「運動が得意なアンタには分からないのよ。運動おんちのコンプレックスなんか」
私の言うとおり、明は運動が得意。
それ関係のことをやらせたら、なんでも上位に食い込むほどだ。
前なんか、所属している陸上部で短距離高校新記録をたたき出してた。
本当に『運動のエリート』って感じ。
「そんなもんかねぇ。……あ、そうだ。俺さ、借り物競走に出場するんだよ」
「ふぅ〜ん。それで?」
「なるべく前の方にいろよな。俺の晴れ姿を目に焼け付けとけよ」
余計なお世話だ、と私が言うと、明は笑いながらどこかへ行ってしまった。
明は体育祭の実行委員だから、色々とやることも多いのだろう。
ちなみに、私が出場するのはクラス対抗100mリレー。
クラスの足を引っ張るのは目に見えているよ。走りたくないなぁ…。
そんなこんなで体育祭のメニューはどんどん消化されていく。
私が出場するリレーも終わり、あとは観戦しているだけ。
リレー結果は予想通りで…。
私はトップでバトンを貰い、私が走る100mであっさりビリへ。
あまりにあっさり抜かれたから、弁解する気にもなれなかった。
ただ一言、ゴメンとだけは皆に言っておいた。
そして、明の出場する借り物競走が近づいてきた。
「おい、恵子」
明の声。
見なくても分かるのは、付き合いの長さからだろう。
それに好きな人の声を間違えるようでは、好きとは言えないだろうし…。
「何よ?」
「次、俺が出る借り物競争だから、ちゃんと観てろよな」
私は、本日二度目の大きなため息をついた。
言われなくても観るよ。だって、好きな人が走るんだから。
そう心の中で言っても、明に届くわけは無いんだけど。というか、言葉にしちゃったら恥ずかしさのあまりに死ねる気がする。
「分かってるよ。アンタもこんな所にいないで、走る準備でもしときなさいよ」
「よし、絶対だからな!」
元気な声で去っていく明。
その背中を見送っていると、なんだか自然と笑みがこぼれる。
好きな人の背中を見ると、とても得をした気分になるのは、私だけだろうか。
『これより、借り物競争を行います。出場者は指定の召集場所に集まってください』
アナウンスが入り、いよいよ始まる。
少しだけ心臓が高鳴っているのは、気のせいだろうか。
なんで私が緊張するんだろう。そんな事を考えても心臓の高鳴りは止まらない。
『ヨーイ……………ドン!!』
ピストルの大きな破裂音が響いて、一斉に選手達が走り始めた。
そして、そこから一人だけ飛びぬける人物。明だ。
まぁ、高校の記録を塗り替えるくらいだからね。これくらいでなきゃ。
周りの人たちを置き去りにして、明は一番に借り物が書いてある紙の場所まで着く。
そしてそこから一枚の紙を手に取った。それを開いている…。
「あれ、どうしたんだろう…。明……固まってる」
傍目から観ても、明の様子がおかしい。
完全に我を忘れたかのように固まってしまっている。
目を大きく見開き、少しばかり震えていた。
「……何が書いてあるんだろう?」
少し……いや、かなり気になる。
あとで教えて欲しいものだ。
すると、明は突然顔を上げて、声をあげた。
しかも―――。
「恵子っ!!」
私の名前を、だ。
「借り物はお前だ! 俺んとこに来い!」
え? え? え?
ご指名? なになに?
……私がぁ?
そんな訳の分からない思考が頭を巡り、気がついたときには明が目の前にいた。
「ほら、行くぞ、借り物!」
借り物って、私はモノ扱いですか?
グイッと引っ張られて、レースに参加する私。
なんだか人の注目を集めているようで、恥ずかしいような心地良いような。
そしてあっさりとゴール。後ろを見てみると、いまだに借り物を探している人がほとんどだ。
「よっしゃ! 一位だ!!」
嬉しがっている明。
そんな明を横目に私は気になっていることを聞いてみた。
「ねぇ、借り物ってなんだったの?」
私がそう聞いた瞬間、明の表情が固まった。
そして見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「う、うるせぇー。どうでもいいだろ、んなこと」
「どうでもよくないでしょ。私もレースに参加したんだから、知る権利があるわよ」
チッと軽く舌打ちをして、明は紙をくしゃくしゃにして、遠くに投げてしまった。
私が静止しようとしても運動おんちな私には、俊敏なその行動を止める事が出来るはずもない。
「あっ!! ヒキョー者!!」
「うっせぇ!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ私達。それもまた注目の的になってしまった。
恥ずかしいなぁ…。
結局、その紙の内容は私には分からない。
本当にしてやられたって感じで、気分が悪い。
この恨みはらさで置くべきか…?
そして体育祭も終わった。
片付けの時間にとある生徒がくしゃくしゃになった紙を拾い上げる。
そして興味ありげにその紙を開くと―――。
『あなたの好きな人』
そう書かれていたという。