『失ってから気付くこと』
失うことで
気づく事
そんなこと
たくさんあるんだと思う。
彼を失って
気づいた事
それは
彼が
大切な存在だと
気が付いたこと
◇
彼と出会ったのは、星が綺麗に輝く冬空の下。
中学三年生だったわたしは、塾の帰り道。そこで彼と出会ったの。
「春日部さん!」
暗い夜道。
突然後ろから声をかけられたら、驚くのは当然で。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは同じクラスの彼だった。
「……あなたは…」
「進藤です。同じクラスの進藤 歩。知ってますか?」
「あら、進藤くん。あなた、わたしと同じ塾だったの?」
彼は少し照れるようにして、そうですと言った。
ずいぶん他人行儀な態度だ、と思う。同年代の同じクラスなのに。
まぁ、それはわたしも同じだけど。
「僕も今日気付いたんです。ビックリだな、春日部さんと同じ塾だったなんて」
春日部詩織。
それがわたしの名前。
自分で言うのもなんだけど、結構気に入ってる名前なの。
「お互いに勉強に集中してたから、気付かなかったのね」
クスリと小さな笑みを浮かべて言う。
彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。
わたしの言葉を褒め言葉と受け取ったのだろう。
こっちとしては、社交辞令のようなありふれた言葉を言っただけなのに。
「あの、春日部さんも帰り道こっちなんですか?」
「ええ、そうよ。あなたもなの?」
「そうなんです。僕の家、駅の方なんですよ」
そうなの、と親切そうな声を出すわたし。
彼とは学校であまり話したことはない。
むしろ初めてと言ってもいいくらい。
「僕、春日部さんとあまり話したことないですけど、一度話してみたいなぁって思ってたんです」
嬉しそうな表情の彼。
わたしも笑顔を取り繕う。
この作り笑顔は、わたしの得意技。
これで大概の男たちは勘違いする。同姓に対しても、明るい印象を与えられる。
「そうだったの。たしかにわたし達、話したことないからね」
実は、わたしはとてもモテる。
才色兼備のお嬢様。それがわたしが周りに与えている印象。
モデルになれるって言われるくらいの容姿。
頭二つ飛びぬけた成績。
男女ともに、わたしに憧れの視線を向けてくる。
それが少しだけ快感でもあって。
「情けない話なんだけど、僕って意気地無しだから、話しかけられなくて…」
たしかに彼みたいな人は、わたしに話しかけづらいかもしれない。
だって休み時間には必ずと言っていいほど、周りに人がいる。
異性はあたしに好意を持っているから。
同姓はあたしと友達になりたいから。
「春日部さん」
「何かしら?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いい?」
「ええ、いいわよ」
どうせ付き合ってる人いるの?
好きな人いるの?
そんな様なことでしょ。
聞き飽きた言葉。少しだけうんざりする。
でも、彼から出た言葉はそうじゃなかった。
「何で春日部さんは……そんな悲しそう眼をしてるの?」
「…………え?」
「だって、いつだって悲しそうな眼をしてる。他の人は気付いてないみたいだけど、僕にはそう見えるから…」
あたしはいつも装っていて。
周りから尊敬されるように偽っていて。
本当のあたしは、いつも隠れていて。
「誰と話してても、悲しそうだったから。すごく……気になってた」
「…………」
「……気を悪くしたんなら、謝る。ゴメンね。でも……」
「進藤くん」
わたしはいつも偽っていた。
周りを、自分を。
本当は、綺麗なんかじゃない。
本当は、優しくなんかない。
本当は……本当は……。
「わたしね、本当は、とても弱いの。嫌われたくなくて。弱い自分を見せたくなくて。いつも作った自分を装ってた」
なんだか、涙が出てきた。
こんな話を彼にするなんて、思ってもいなかった。
でも、わたしは話している。
本当の自分の姿を。わたしの本音を。
「いつも違う自分を作ってた。強くて優しい春日部 詩織を演じてた。本当は弱くて泣き虫なのに、強がって、精一杯虚勢を張って」
いつの間にか、視界はぼやけていて。
涙が雨のように流れていた。止めたくても、止まらなかった。
そんなあたしに彼は、静かにハンカチを差し出してくれて。
「僕はね、春日部さん」
彼が優しい口調で言う。
わたしは目をハンカチで覆ったまま。
「そんな風に弱い春日部さんが、とても輝いて見えるよ」
◇
その日から、わたし達は塾帰りだけ話す仲になった。
その時だけわたしは素直になれて。本音を言えて。
とても有意義な時間だった。意味のある時間だった。
それが突然壊れてしまったのは、それからまもなくだった。
学校での朝のHR。わたしは周りの人を相手にしながら、彼の席を見た。
いない。真面目な彼が遅刻かな?それとも風邪かな?
昨日の塾の帰りでは元気だったのに。
そして、担任の先生が教室に入ってきて、開口一番に言った。
「みんなに悲しい知らせがある。昨日……進藤が自殺をした」
…………え?
じ、自殺…?
彼が…? 自殺…?
「誰か心当たりのあるものはいないか? あるんなら、後で先生のところに来てくれ」
それだけ言って、先生は教室を足早に出て行った。
残されたわたし達は、一斉にざわつき始める。
その中でわたしだけは、気を失ったかのように、呆然としていた。
何で、どうして?
昨日までは笑っていたのに。
昨日までわたしと喋っていたのに。
元気そうだったのに。
何で、どうして、自殺…?
もしかしたら、彼は大きな悩みを抱えていたのかもしれない。
でもわたしはそれに気が付かなくて。気付こうともしないで。
わたしは、自分の話しだけしていて。彼の話を聞こうともしないで。
彼はわたしを救ってくれた。
でもわたしは、彼を救えなかった。
……違う。救うどころか、わたしは彼の力にすらなれなかった。
罪悪感と喪失感だけが、わたしの中に巻き起こった。
「ゴメン、進藤くん…! ゴメン……ゴメンね……!!」
泣き叫んでも
彼はもういない。
どんなに願っても
彼はもういない。
彼がいなくて気が付いた
この気持ち。
わたしは
全てを失ってから
全てに気が付いた。