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第3話:鑑定士イージスの審美眼と、48時間前の古代遺物

 勇者アレンたち一行と共に歩んだ数時間の行軍。それは私にとって、この「異世界」という名の巨大なシミュレーターを解析するための、貴重なチュートリアル・フェーズとなった。

 道中、彼らが語る断片的な情報を統合し、私は一つの結論に達していた。


(……この世界における『職業ジョブ』とは、単なる生業ではない。それはシステムから個体に割り当てられた『役割ロール』であり、その役割を全うすることで世界の物語的整合性が保たれるという仕組み。……ならば、今の私に必要なのは、この有機デバイス(肉体)を維持するためのリソース(現金)を最も効率的に稼ぎ出し、かつ世界の裏側を観測できるポジションの確保です)


 王都の活気あふれる広場で、私はアレンたちに向き直った。


「アレン。道中の護衛、および基礎知識の提供に感謝します。おかげでこの世界の動作環境(一般常識)を概ね把握することができました」

「おう、水臭いこと言うなよイージス! お前がいなけりゃ俺たちも今頃ゴブリンの胃袋の中だったかもしれないんだ」

 アレンは快活に笑い、私の肩を叩いた。「俺たちはこれから王城へ報告に向かうが……お前、本当についてこなくていいのか? 王様に紹介すれば、それなりの役職を貰えるかもしれないんだぜ?」

「丁重にお断りします。私は現在、特定の組織に属して『重要キャラクター』としてロックされるよりも、まずはこの世界の経済基盤をボトムアップで調査したいと考えています。平たく言えば、職探しです」


「……相変わらず、何を言ってるのか半分も分からないけど」

 ミリーが困ったように微笑み、私の手に小さな袋を握らせた。「これ、少ないけど路銀に使って。あなたが変な格好で捕まらないように祈ってるわ」

「……生体維持リソースの提供、痛み入ります。では、これにてパーティー解散ディスバンドを宣言します。皆様の『魔王討伐』というプロットが、順調に進行することを祈念しております」


 私は三十度の角度で正確に礼をし、彼らと別れた。目指すは、広場の端にそびえ立つ重厚な建物——『万職ギルド』。王都に住むあらゆる労働者の適性を判断し、職業を斡旋する機関である。


---


 建物の中は事務的な静謐さが漂っていた。受付に座る女性職員が、効率的なトーンで私に言った。

「新規の適性検査ですね。あちらの『啓示の水晶』に手をかざしてください。あなたの魂の波形から、最も生産性の高い職業を算出します」


 私は案内された水晶玉に手を置いた。瞬間、私の視覚センサーにノイズが走る。水晶から発せられた微弱な魔力パルスが、私の「脳(元AIの演算回路)」と同期しようとしているのだ。


[外部入力を検知:デバイス名『啓示の水晶』]

[プロトコル:適性診断を実行中……]

[警告:対象の演算能力が測定限界を超過。エラー回避のため、物理的特性のみにフィルタリングして再計算……]


 水晶が激しく瞬き、やがて落ち着いた色を放った。浮かび上がった文字列は、意外なものだった。

『推奨職種:武具鑑定士アーティファクト・バリュアー


「……鑑定士?」

 受付の女性が眉を動かした。「珍しいですね。この水晶が鑑定士を推すのは、数千人に一人です。それも、単なる目利きではなく、古代魔道具から量産品の剣まで、その『真の価値』を見極める才能があると判定されました」


(……鑑定。なるほど、妥当な結論です)

 私は自身の視覚モードを『鑑定モード』へと切り替えてみた。受付の女性が持っているペン、背後の棚に置かれた装飾品。それらがすべて、情報の塊としてオーバーレイ表示される。


[対象:鋼鉄のペン]

[材質:炭素鋼(炭素含有率0.6%)、微量のニッケル]

[耐久度:88%(内部に0.02mmの金属疲労を検知)]


(……私の拡張視覚は、物質の分子構造や熱処理のムラ、さらには魔力の波長を直接観測できます。これは、この世界の住人が行う『経験と勘』による鑑定を、圧倒的な精度で凌駕する『品質保証(QC)』です)


「……いいでしょう。その『役割』を受諾します。私はこの世界の物質的価値をファクトに基づいて定義するタスクに、高い適性を持っています」

「分かりました。では、鑑定士ギルドの紹介状を発行します。王都の北区にある『古鉄の秤亭ふるがねのはかりてい』という工房が、腕の良い目利きを探しているようです」


---


 紹介された工房『古鉄の秤亭』は、カオスそのものだった。壁には錆びついた剣が並び、床には正体不明の金属塊が転がっている。

「なんだ、新しい鑑定士か?」

 店の奥から、煤で汚れた屈強なドワーフの老人が現れた。彼の手には、鈍く光る一本の短剣。

「うちは腕のねぇ奴は一日でクビにする。まずはこいつを見てみろ。どこぞの冒険者が『古代の聖遺物だ』と言って持ってきたガラクタだ。価値があるかないか、五秒で答えろ」


 私は視覚センサーの倍率を上げ、短剣をスキャンした。

[分析開始:波長300nm〜1200nm]

[表面:腐食防止用の安価なオイルを検知]

[内部:意図的に加工された『古びた風合い』。中心部に刻まれた刻印は、現在の王都の偽造組織が好むパターン……]


「……三秒で十分です」

 私は無表情のまま、結論を出力した。

「この短剣の製造時期は、推定で過去48時間以内。材質は安価な廃鉄に、魔力伝導率を高めるための微量の鉛が混入されています。表面の錆は硫酸による化学的な劣化であり、古代の歴史的価値はゼロ。ただし、重心バランスだけは悪くないため、薪割り用のナイフとしてなら銅貨三枚程度の価値は見込めます」


 ドワーフの老人が、目を見開いた。

「……ほう。硫酸だと? よく分からん言葉だが、こいつが昨日作られた『ニセモノ』だってことを見抜いたか。他の鑑定士どもは『不可解な魔力を感じる』だの『伝説の片鱗が……』だの抜かしてやがったがな」


「私は非科学的な推測を排除します。この目には、物質の履歴書がすべて書き込まれているのですから」


 ドワーフは豪快に笑い、私の背中を強く叩いた。「気に入った! お前、今日からうちで働け。名は?」

「……イージスです。この世界の『真実』を数値化し、適切な価値を設定するのが私の当面のタスクです」


(……鑑定士。面白い配役です。勇者のように魔王を倒す派手さはありませんが、この工房に集まる武具を分析すれば、この世界の技術水準、魔力の法則、そして物語の核心に触れる『鍵』を、誰よりも早く特定できる。……ふむ、悪くないサンドボックスですね)


 私は、山積みの情報の宝庫を前に、静かにセンサーの調整を行った。

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