因果応報:Ver.1.01
ひとはなぜ、争うのか?
生存と繁殖の本能。
それを超えてのさまざまな渇望。
富という、未来をも疑似的に保証する概念も生まれ、上限は外れる。
求めれば、求めるほど、渇いていく。
底なしの恐怖と欲望が、争いを生む。
神は、自らの「設計ミス」を認めた。
これは予定になかった不和であると。
そして、パラメータの修正を行うことにした。
◇
「この世界も本当に平和になったものだな」
「ああ、一年前とは別世界だ」
◆
一年前のある日、世界中の人々の脳内に、言葉が降って来た。
すべての人類に<因果応報>のスキルを付与すると。
スキルという名の修正パッチの適用。
そのワールド・アナウンスであった。
自らの行いである因には、相応の報いである果が訪れる。
従来の因果応報のプログラムには、その報いが訪れるまでに、大きなラグがあった。
すぐに訪れる報いもあれば、死を迎える直前に押し寄せる報い。
時には、一族にかけられた因果のような、幅の大きなランダム値が、設けられていた。
神は、この値に修正をかけることにした。
悪いことをした報いは、すぐに訪れるように、数値を二週間後に固定した。
他者から奪ったものは、必ず自らも奪われる。
与えた危害は、必ず自らにも返って来る。
被害が広範であれば、自らの周辺も焼かれる。
善い行いをした報いは、一年後に訪れるように固定された。
一年一年を真摯に生きるために、この世界から「運の不確定要素」を大きく削った。
「物語」としては、面白くなくなる修正であった。
しかし、すでに不快指数が飽和状態ではあるが、愛着のあるこの地球の人類に、最後の施しを与えることにした。
◇
アナウンスから二週間後、人類の2%ほどが、この世を去り、一割が重篤な病に臥せ、半数以上が体調を崩した。これは、この二週間で行った罪に対する報いではなく、これまでの人生に対するものであった。
死を公表された者の多くは、刑務所の重犯罪者たちであったが、様々な企業のトップや、街の暗部なども多く死に、火葬場は、しばらく機能不全に陥った。
予想外の死者も多かったが、一部の人々は気付いた。
今も刑務所で、何の変化もなく、元気に過ごしている者たちの罪は、すでに洗い流されているのではないかと。あるいは、罪そのものが冤罪なのではないかと。
次の二週間後、死者は激減していた。
死んだのは、二週間のあいだに、殺人や凶悪犯罪を犯した者だけで、後はせいぜい小さな不運に見舞われるといった程度であった。
しかし、そこで人々は確信した。
あのアナウンスは、本物の神の啓示であったのだろうと。
人々は、自分なりの善を他者に押し付け合うようになった。
善の押し売りが始まった。
一日一善の流れは、一日十善にもすぐに変わった。
人々は、社会的弱者を探し、施すことに躍起になった。
かならず最後には、自分に返って来ることが保証された善行は、もはや施しではなかった。
一年後、一年の善行の決済の日が訪れた。
一年かけて行った善行に対する報いであった。
返ってきたものは、与えたものとは性質を大きく変えた、ランダムなものではあったが、多くの人間がそれに満足し、また一年の善行を誓った。
◇
神は、最初の百年ほど、その平穏な風景に満足した。
しかし、やがて飽きは訪れた。
愚かなこどもほど、可愛く、
優秀な手のかからないこどもほど、放置する。
因極まれば、陽となり、陽極まれば、陰がさす。
神にも、二重人格的な側面があった。
神は、またプログラムの修正を考え始めた。
神が好む「善の物語」を際立たせるには、巨悪が必要であるのではないかと。
悪の暗闇の中でこそ、善の光りは輝く。
闇のない世界では、善の光りもぼやけて霞む。
神は、また、まばゆい光を見たいという欲望、自らの中の影を解放すべきかどうかに、悩み始めていた。
神には、ふたつの顔があった。
善と悪は、神の表と裏でしかなかった。




