イリナ、王都に到着するの巻
――王都オイコット
イフシアを出て、数日が経った。
馬車の窓から見える景色は、少しずつ変わっていった。
素朴な家並みは消え、道は整えられ、
行き交う人々の服装も、どこか硬い。
「……あれが、王都」
オイコット。
城壁は高く、白く、
まるで世界そのものを選別するみたいに聳え立っていた。
ペガサスは、私のすぐそばを歩いている。
その存在だけが、心を現実につなぎとめてくれていた。
⸻
城の中は、静かだった。
静かすぎて、
足音が罪みたいに響く。
玉座の間に通され、
私は、深く頭を下げた。
「よく来てくれた、イリナ・イフシア」
国王は、穏やかな声だった。
年老いているのに、
その目には、はっきりとした意志が宿っている。
「神話級モンスターを授かった者として、
王国を代表し、感謝を伝えたい」
「……恐れ入ります」
「急な招集だっただろう。
不安も、戸惑いもあるはずだ」
その言葉に、胸が少しだけ緩んだ。
この人は――
少なくとも、私を道具としてだけは見ていない。
「君の力は、魔人族との戦いにおいて重要だ。
だが、それ以前に、君は一人の少女だ」
そう言って、国王は微笑んだ。
「ここでは、守るべき存在として扱おう。
安心してほしい」
……本当に?
その問いは、心の奥に残したまま、
私は再び頭を下げた。
⸻
謁見を終え、
城の廊下を歩いていたときだった。
「……へえ」
低く、気怠そうな声。
振り向くと、
一人の男が、柱にもたれて立っていた。
金色の髪。
鋭い目。
纏っている空気そのものが、違う。
「これが、例の神話級か」
視線が、私とペガサスを行き来する。
「田舎の女にしちゃ、
ずいぶんと派手なのを引き当てたな」
――言葉が、刺さった。
「……失礼ですが」
言い返そうとした瞬間、
男は、つまらなそうに笑った。
「アーサーだ」
名前だけを、投げ捨てるように言う。
「期待すんなよ。
ここは、力がなきゃ、生き残れない」
そう言って、
私の肩を軽く叩き、通り過ぎていった。
残されたのは、
冷えた空気と、胸の奥の違和感。
――これが、王都。
強い者が、全てを決める場所。
ペガサスが、低く嘶いた。
「……大丈夫」
そう言ったけれど、
自分に言い聞かせているだけだった。
⸻
その日のうちに、通達が出た。
私は、城での戦闘訓練を受けることになる。
「基礎から叩き込むそうです」
案内役の騎士が、淡々と告げる。
逃げ道は、ない。
選ばれたのだから。
力を持ってしまったのだから。
「……わかりました」
答えながら、
私は、ふとあの人の顔を思い出した。
マモル。
今、どこで、
何をしているんだろう。
王都の空は、
イフシアよりも、ずっと高くて、遠かった。
私は、不安を抱えたまま、
この城で、戦うことになる。
――知らない世界の、中心で。




