マモル、裏切られるの巻
――裏切り
ダンジョンの中は、湿っていた。
石壁に染みついた水が、ぽたり、と落ちる。
足音が、やけに大きく響く。
「新人は後ろな」
リーダー格の男が、振り返らずに言った。
俺とライムは、自然と最後尾になる。
魔物が出るたび、
前衛の三人が一斉に動き、戦いはすぐ終わった。
俺は、何もしていない。
いや――
何もさせてもらえない。
「スライム、邪魔だぞ」
軽い調子の声。
「足元ふらふらしてると、踏むからな」
笑い声。
悪意は、表に出ていない。
でも、はっきりと線を引かれていた。
足手纏い。
それが、俺の役割。
ライムは、俺のすぐ横を離れなかった。
何度も攻撃を避けるたび、俺の動きに合わせて揺れる。
「……大丈夫だ」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからない。
そのときだった。
地面が、震えた。
低く、重い音。
何かが、歩いてくる。
「……止まれ」
リーダーが、手を上げる。
奥の通路から、現れた影。
大きい。
異常に。
「……嘘だろ」
誰かが、呟いた。
現れたのは、オーク。
だが――知っている姿とは違う。
分厚い筋肉。
赤黒い皮膚。
目に宿る、明確な殺意。
「ハイオーク……?」
初心者用ダンジョンに、いるはずがない。
次の瞬間、
ハイオークが、吼えた。
空気が、震えた。
「散れ!」
リーダーの声。
前衛の二人が動く。
魔物使いの少女が、後退する。
――俺は、遅れた。
足が、もつれる。
ハイオークの棍棒が、横から振り抜かれる。
避けきれなかった。
衝撃が、体を叩き潰す。
「――っ!!」
視界が、回る。
地面に叩きつけられ、息が詰まった。
右腕が、熱い。
動かない。
「マモル!」
誰かが、叫んだ気がした。
でも――
次に聞こえたのは、違う言葉だった。
「……無理だ、捨てるぞ」
「囮にするしかない」
「走れ!」
足音が、遠ざかる。
視界の端で、
三人の背中が、出口へ向かっていくのが見えた。
呼び止めようとして、声が出なかった。
――ああ。
そういうことか。
最初から、決まってた。
俺は、囮。
時間を稼ぐための、使い捨て。
ハイオークが、こちらに向き直る。
巨大な影が、迫る。
死ぬ。
はっきり、そう思った。
そのとき――
ライムが、俺の前に出た。
小さな体が、震える。
「……来るな」
意味がないと、わかっていても言った。
次の瞬間。
ライムが、強く光った。
白でも、青でもない。
内側から、溢れるような光。
魔力――
そんな言葉が、頭をよぎる。
「……?」
ハイオークが、一瞬、動きを止めた。
光が、爆ぜる。
地面が、砕けた。
光の中から、
一つの影が、立ち上がる。
鎧を纏った戦士。
だが、金属のはずの鎧は、どこか柔らかく、
表面は、スライム特有の光沢を帯びている。
両手に、大剣。
無言で、一歩前に出る。
ハイオークが、吼える。
戦士は、応えない。
次の瞬間――
洗練された一撃が、放たれた。
速く、無駄がなく、冷たい。
巨大な剣が、ハイオークを正面から斬り裂いた。
俺は、理解できなかった。
何が起きたのか。
誰なのか。
ただ――
この戦士が、敵ではないことだけは、わかった。
ライムの光が、ゆっくりと収まる。
俺の意識も、そこで途切れかけた。
最後に見えたのは、
剣を下ろした無言の戦士の背中だった。




