マモル、胸騒ぎがするの巻
いつもと変わらない朝だった。
拠点の外ではスライムたちがそれぞれの役割をこなし、アイアンズは増築の仕上げに取りかかり、農業用スライムたちは畑を見回っている。ライムは相変わらず俺のそばにいて、機嫌よさそうにぷるぷると揺れていた。
平和だ。
少なくとも、表面上は。
そんな日常の中、外周警戒に出ていたチタンとゴールドが帰還した。
「マモル様、ただいま戻りました」
チタンはいつも通り穏やかな声で一礼し、ゴールドもその隣で静かに頭を下げる。二人とも無事なようで、まずは胸をなで下ろした。
「何かあったか?」
そう尋ねると、チタンが一歩前に出た。
「はい。交易先で、少々想定外の出来事がございました」
そこから語られた内容に、俺は思わず息を呑んだ。
水の街アギフス。
市場。
質の良い作物を調べていた一人の少女。
――イリナ。
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
「イリナが……?」
思わず声が漏れる。
ゴールドが静かに補足する。
「ライム様の記憶から、我々も彼女の存在は把握しております。マモル様にとって、特別な方なのでしょう」
特別、という言葉に少しだけ苦笑した。
助けてもらった。世界を教えてもらった。別れた。
それだけのはずなのに、名前を聞くだけでこんなにも心が揺れる。
「元気そうだったか?」
「はい。騎士として、しっかりとした佇まいでした。周囲をよく観察し、慎重に行動していました」
その言葉に、素直に嬉しくなった。
王都に行かされ、こき使われているんじゃないかと勝手に心配していたけれど、ちゃんと前に進んでいるらしい。
……それだけなら、よかった。
「ただし」
ゴールドの声色が、わずかに変わった。
「彼女は個人として来ていたわけではありません。背後に、王国の意志があると見るべきでしょう」
空気が、少しだけ重くなる。
「作物の出所を探っていました。商会に直接接触し、情報を得ようとしています。今回はチタンがうまくかわしましたが……」
「その動き、いずれこちらに向く可能性があります」
俺は黙り込んだ。
イリナが悪いわけじゃない。
むしろ、職務に忠実なだけだ。
でも、その“職務”の先に何があるのかは、別問題だ。
「王国が本気で調査に動けば、交易だけでは済まないかもしれません」
ゴールドの言葉は淡々としているが、内容は重い。
「武力を背景にした接触、あるいは排除。そうした選択を取る者が、王都には存在します」
脳裏に、あの傲慢そうな男の姿が一瞬よぎる。
イリナの話の端々に出てきた、“最強”と呼ばれる存在。
「……やっぱり、か」
思わず小さく呟いた。
イリナが近くにいる。
それ自体は、正直嬉しい。
でも同時に、嫌な予感が背中に張り付くように離れない。
平和な日常は、いつまでも続かない。
この世界に来てから、嫌というほど学んだはずだ。
「警戒レベルを一段上げよう」
俺は顔を上げ、二人を見る。
「交易は続ける。でも、情報管理はより慎重に。結界の強化案も、もう一度詰めたい」
「かしこまりました、マモル様」
「承知しました」
二人の返事を聞きながら、無意識にライムを見る。
ライムは何も言わない。ただ、いつも通り俺のそばにいる。
その温もりに、ほんの少しだけ救われながら。
(頼むから……)
これ以上、嫌な予感が現実にならないでくれ。
そう願わずにはいられなかった。




