イリナ、アーサーと衝突するの巻
王都オイコットへ戻った私は、その足で城へ向かった。
幾度も通った廊下を進み、謁見の間に立つ。国王は変わらぬ穏やかな表情で、私の報告を静かに聞いていた。
水の街アギフスで見聞きしたこと。
質の異様に高い作物が出回り始めていること。
出所を明かさない商会の姿勢。
作物に宿る、悪意のない特殊な魔力の流れ。
一つひとつ言葉を選びながら伝え終えると、国王はしばし顎に手を当て、考え込む。
「……現時点では、脅威と断じるには材料が足りぬな」
その判断に、私は内心ほっとした。
少なくとも、すぐに剣を向ける話にはならない。
「しばらくは様子を見るとしよう。民に害が及ばぬ限り、下手に刺激する必要はない」
その言葉に、私は一礼しようとした。
だが、その直前。
「甘いな」
低く、刺すような声が謁見の間に響いた。
アーサーだった。壁にもたれかかるように立ち、腕を組んだまま、不機嫌そうに口角を歪めている。
「正体不明の勢力が王国の経済に影響を与え始めている。それを“様子見”で済ませる? 冗談じゃない」
「アーサー、あなた——」
私が声を上げるより早く、彼は続けた。
「芽は小さいうちに潰す。それが王国を守る最短だ。裏で何を企んでいるか分からん連中を放置する理由がどこにある」
その言葉には、いつもの傲慢さと同時に、確信めいた苛立ちがあった。
「でも、作物からは悪意も魔人族の気配も感じませんでした。むしろ——」
「“感じない”だけだろう?」
アーサーは私を一瞥し、鼻で笑う。
「感覚に頼った判断ほど危ういものはない。特に、お前みたいな甘い騎士はな」
胸の奥が熱くなる。
それでも、私は踏みとどまった。
「力で押さえつける前に、対話や観察という選択肢もあるはずです。無闇に敵を作る必要は——」
「必要だ」
即答だった。
「敵かどうかを確かめるためにも、踏み込む。調べ上げる。問題があるなら叩く。それだけの話だ」
謁見の間に、重い沈黙が落ちる。
国王は二人の意見を聞き比べるように、ゆっくりと視線を巡らせていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……アーサーの言うことにも、一理ある」
その言葉に、私の心臓がわずかに跳ねた。
「経済は民の生活そのものだ。見過ごして万一があれば、被害は大きい。ならば、先に正体を確かめるのも王としての責務だろう」
「陛下……」
反論しかけた私を、国王は手で制した。
「ただし、無用な衝突は許さぬ。調査が目的だ。力を振るうのは、必要と判断した場合のみ」
そう告げると、国王は静かに宣言した。
「今回の調査任務、アーサーとイリナに命ずる」
その瞬間、アーサーは満足そうに口元を歪めた。
「了解した。手間はかけさせん」
私は唇を噛みしめる。
反対したはずの結果が、最悪に近い形で決まってしまった。
しかも、相手はアーサー。
力で解決することを疑わない、王国最強。
(どうして……)
胸の奥に、嫌な予感が渦巻く。
あの作物に宿っていた、穏やかな魔力。
市場で感じた、あの不思議な温度。
剣を向けるべき相手ではない。
理屈ではなく、そう思ってしまう自分がいる。
「イリナ」
国王の声で、我に返る。
「お前は現地を見ている。その感覚も無視はせぬ。アーサーを止める役目も、お前に任せたい」
それは、信頼の言葉であると同時に、重い枷でもあった。
「……承知しました」
一礼しながら、心の中で誓う。
剣が振るわれる前に。
取り返しのつかない衝突が起きる前に。
――必ず、止めてみせる。




