マモル、冒険者になるの巻
――分かれ道
教会の外に出ると、空はやけに青かった。
さっきまでの出来事が、全部嘘だったみたいに。
ペガサスは、イリナの背後で静かに翼を畳んでいる。
近くにいるだけで、空気が張りつくように感じた。
「……ごめんね」
イリナが、先に口を開いた。
何に対しての謝罪なのか、わからなかった。
だから、俺は何も返せなかった。
「私、すぐに王都へ行かないといけないみたい」
「……そう、なんだろうな」
神話級。
その言葉の重さを、もう嫌というほど理解していた。
イリナは、少し迷うように視線を泳がせてから、俺を見る。
「マモルは……これからどうするの?」
どうする。
その問いに、答えはなかった。
元の世界には、戻れない。
この世界で、守ってくれる保証もない。
足元で、ライムが小さく揺れた。
俺は、無意識にそいつを見下ろしていた。
「……冒険者になると、いいと思う」
イリナが、そう言った。
「冒険者ギルドなら、仕事もあるし、最低限の身分保証もある。
モンスターと一緒に行動する人も多いから……」
言葉を選んでいるのが、伝わってきた。
スライム。
はっきり言えば、不利だ。
「イフシアにも、冒険者ギルドはあるよ。
登録だけなら、すぐできるはず」
イリナは、無理に笑った。
「私……マモルのこと、忘れないから」
その言葉が、胸に刺さった。
一緒に過ごした時間は、ほんのわずかだ。
それでも――
この世界で、最初に手を差し伸べてくれた人だった。
「……ありがとう」
それだけ言うのが、精一杯だった。
ペガサスが、低く嘶く。
迎えが来たのだろう。
遠くから、王都の紋章を掲げた騎士たちが近づいてくる。
イリナは、最後に一度だけ、俺とライムを見た。
「生きて」
短い言葉。
でも、強かった。
次の瞬間、彼女は振り返り、騎士たちの方へ歩いていった。
俺は、追いかけなかった。
――追いかけられなかった。
残されたのは、俺と、小さなスライムだけ。
「……行こうか、ライム」
ライムは、答えない。
でも、確かにそこにいた。
――冒険者ギルド
冒険者ギルドは、町の中央にあった。
思っていたよりも、ずっと騒がしい。
酒の匂い。
鉄の音。
笑い声と、怒鳴り声。
生きている人間の場所、という感じがした。
俺は、一瞬だけ足を止める。
――ここに、入っていいのか。
「次の方」
受付の女性の声に、背中を押された。
カウンターに近づくと、女性は俺とライムを交互に見た。
「登録希望?」
「あ、はい」
声が、少し震えた。
「名前は?」
「……マモルです」
ペンが、一瞬止まる。
やっぱり、知らない名前なんだろう。
「モンスターの種類は?」
俺は、足元を見る。
「スライムです」
女性は、ちらりとライムを見た。
ほんの一瞬。
感情を挟まない、事務的な視線。
「初心者ランクになります。
危険区域への立ち入りは禁止。
基本は討伐補助か、採取依頼ね」
淡々と説明が続く。
期待も、失望もない。
それが、逆に救いだった。
「……それで、お願いします」
カードが、カウンター越しに差し出される。
そこには、俺の名前と、冒険者番号。
――帰る場所は、もうない。
なら、進むしかない。
ライムが、カードを見上げるように揺れた。
「大丈夫だ」
誰に言ったのか、自分でもわからない。
「俺たちで、生きていく」
そのときは、
まだこの言葉の意味を、理解していなかった。
人間と組むこと。
信じること。
裏切られること。
――それを、これから知ることになる。




