イリナ、アフギスに着くの巻
水の街アギフスは、今日も湿った風と人の熱気に満ちていた。
私は人混みに紛れながら、目的の建物――オキウィブ商会の看板を見上げる。
内部は整然としていて、商人特有の欲の匂いよりも、妙に落ち着いた空気が漂っていた。
帳簿を確認していた男が顔を上げる。
「おや、騎士様とは珍しい。何か御用でしょうか」
「最近、ここを通して質の良い作物が出回っていると聞いたわ。
その出所を教えてもらえる?」
私の問いに、男――オキウィブは一瞬だけ目を細め、すぐに穏やかな笑みを作った。
「申し訳ありません。取引相手の情報は、商会の信用そのものです。
どれほどの方であっても、お答えできませんな」
拒絶の言葉は柔らかいが、芯は揺らがない。
私はそれ以上踏み込まず、軽く一礼して商会を後にした。
――やはり、只者ではない。
⸻
市場に出ると、例の作物はすぐに見つかった。
瑞々しい野菜と、土の香りを強く残した芋。
私は一つ手に取り、意識を集中させる。
「……これは」
微弱だが、確かに感じる。
自然の魔力とは違う、だが魔人族特有の歪みもない。
攻撃性も、悪意も含んでいない、澄んだ流れ。
「魔人族ではない……」
では人間族か?
いや、人間がここまで魔力の流れを作物に定着させる例は聞いたことがない。
人間でも、魔人でもない。
「第……三の勢力?」
思考を巡らせていた、その時だった。
市場の端がざわつく。
荷車が止まり、数人の商人が道を空ける。
そこにいたのは、金髪の執事風の男と――
「……人、じゃない?」
限りなく人間に近い姿。
だが、視線を合わせた瞬間、私は確信した。
――スライム。
その存在が放つ魔力は、先ほど作物から感じたものと同質だった。
柔らかく、だが確かに異質。
スライムの青年は、私に気づくと静かに一礼した。
「失礼いたします。通行の妨げになりますので」
声は穏やかで、丁寧。
敵意は感じない。
だが、私は無意識に剣の柄に指をかけていた。
(見つけた……)
作物の出所。
オキウィブ商会の裏にいる存在。
そして、人でも魔人でもない者たち。
人混みの中で、私とそのスライム――チタンは、静かに向かい合っていた。




