イリナ、アマヨットに赴くの巻
王都オイコットでの任務の合間、私はアマヨット方面から届いた追加の報告書に目を通していた。
例の廃村についてだ。
地図の上では、ただの小さな点にすぎない。
山間にある、資源も乏しい村。消えたとしても歴史に名が残るような場所ではない。
それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
報告によれば、廃村になる直前まで、外部の冒険者が頻繁に出入りしていたという。
魔人族の影はない。
大規模な魔物の襲撃も確認されていない。
「不自然ね……」
私は独り言のように呟き、現地に向かうことを決めた。
⸻
アマヨットに近い集落で、私は廃村の噂を直接聞き込みした。
酒場の片隅、年配の男が顔をしかめながら語る。
「最初は羨ましかったさ。あの村には、やたら腕のいい冒険者がついてたからな」
「魔物が出ても、全部そいつらが片付ける。村人は何もしなくていい」
男は杯を置き、続けた。
「そのうちだ。見回りもしなくなった。柵の補修もやめた。
“どうせあの人たちが何とかしてくれる”ってな」
私は黙って耳を傾けた。
「……で、ある日だ。冒険者が来なくなった。理由は分からん。
次に魔物が来た時、村は何もできなかった」
それは、魔物が強かったからではない。
戦えなかったからでもない。
“戦おうとしなかった”。
私はその言葉を、心の中で反芻した。
⸻
廃村の跡地は、静まり返っていた。
家屋は壊れていない。焼かれた形跡もない。
ただ、人の気配だけが綺麗に抜け落ちている。
ここでは、誰かが守っていた。
そして、その「守り」に甘えきってしまった。
「依存……ね」
魔人族の脅威とは違う。
これは、善意が引き起こした歪みだ。
守る側は、きっと悪気などなかっただろう。
困っている村を見過ごせなかっただけだ。
力がある者が、力を貸した。それだけのこと。
それでも結果は、この有様だ。
私はふと、以前耳にした噂を思い出す。
水の街アギフスに出回り始めた、異様に質の良い作物。
流通の背後にいるという、正体不明の存在。
直接の関係があるかは分からない。
だが、胸の奥で二つの噂が、静かに結びつこうとしていた。
「……世界を壊すのは、悪意だけじゃない」
私はそう呟き、廃村に背を向けた。
この先にいるのは、魔人族でも、単なる盗賊でもない。
もっと厄介で、もっと曖昧な存在。
それが敵になるのか、味方になるのか。
まだ分からない。
ただ一つ確かなのは――
私はもう、この件から目を逸らせなくなった、ということだけだった。




