マモル、交易を始めるの巻③
チタンとゴールドが王国に戻ってきたのは、三日後の夕暮れ時だった。
畑の向こうが赤く染まり、スライムたちが一日の仕事を終え始める頃だ。
「おかえり」
そう声をかけると、チタンは一礼し、ゴールドはいつもの執事らしい佇まいで俺の隣に立った。
「では、結果のご報告をいたします、マモル様」
最初に口を開いたのはチタンだった。
穏やかな表情だが、その奥に少し疲労が滲んでいる。
「交易先は、水の街アギフス。複数の商会と接触しましたが……正直に申し上げますと、大半は信用に値しませんでした」
俺は黙って頷いた。
「品質を理由に値を下げようとする者、産地を探ろうとする者、
こちらの背景を嗅ぎ回ろうとする者……交渉の場では、心の動きがよく見えました」
チタンは胸に手を当て、静かに続ける。
「その中で一人だけ、態度の違う人物がおりました。
オキウィブ商会の代表、オキウィブです」
その名を聞いて、ゴールドが小さく補足する。
「中規模ではありますが、長く続いている商会でございます。
大商会ほど強欲ではなく、小商人ほど脆くもない……絶妙な立ち位置かと」
「オキウィブは、こちらの作物を見てまず値段を提示しました。
下げ交渉も、過度な質問もなく」
チタンは少しだけ微笑んだ。
「心を読んだ結果……嘘や欲はありましたが、
“相手を騙して奪おう”という類のものではありませんでした。
彼は、自分の商会を長く存続させたいだけの人間です」
「……珍しいな」
思わず、そう呟いていた。
ゴールドが頷く。
「ええ。私も同席しておりましたが、
オキウィブは“信用は金になる”と考えるタイプでございました」
交易内容は、作物を中心にした小規模なもの。
野菜と芋を一定量、定期的に卸す契約だ。
価格は控えめだが、条件は明確で、無理がない。
「まずは試験的な取引、という形でまとまりました」
チタンはそう締めくくった。
「……人間とも、やりよう次第ってことか」
そう言った俺の声には、まだ警戒が混じっていたと思う。
「はい」
チタンははっきりと頷いた。
「ただし、油断は禁物です。
オキウィブは信用できますが、“人間社会”そのものは信用できません」
ゴールドも静かに言葉を添える。
「商会が大きくなれば、周囲の目も増えます。
この取引は、王国の存在を隠したまま行う必要がございます」
分かっている。
だからこそ、小さく始めた。
俺は畑の向こう、暮らし始めたスライムたちを見渡した。
「……それでも、第一歩だな」
誰にも知られず、誰にも奪われず。
それでいて、世界と繋がる一歩。
チタンとゴールドは、同時に一礼した。
スライム王国は、静かに、しかし確実に外へと手を伸ばし始めていた。




