マモル、交易を始めるの巻①
料理をするようになってから、俺の中で一つの欲がはっきりと形を持ち始めていた。
この世界には、まだ知らない食材が山ほどあるはずだ。
今スライム王国で手に入るのは、野菜と芋、それに時折討伐で得られるオークの肉くらいだ。
工夫すれば美味しくなるし、みんなも喜んでくれている。
それでも――限界は見えていた。
「……香草とか、穀物とか、油とか。あればもっと色々作れるんだけどな」
ぽつりと漏らした俺の言葉に、そばに控えていたゴールドが静かに頷いた。
「確かに、この国の食文化は発展途上でございますね。
ですが、毎回私が旅に出て持ち帰るのは、現実的とは言えません」
それは俺も分かっていた。
ゴールドは有能だが、万能ではない。
彼一人に外界との接触を任せ続けるのは危険でもある。
「そこで、一つご提案がございます」
ゴールドはそう前置きしてから、はっきりと言った。
「――外の人間との、交易でございます」
その瞬間、胸の奥がざわりと波立った。
「……却下だ」
即答だった。
考えるまでもない。
「人間は信用できない。
ゴールド自身、村でどう扱われたかを話してくれただろ」
あの話を思い出すだけで、胃の奥が重くなる。
利用できる相手を見つけた瞬間、依存し、押し付け、縛ろうとする。
そんな存在と関わるのは危険すぎる。
「スライム王国を、そんな連中に知られるわけにはいかない」
強く言い切った俺に、ゴールドは反論せず、静かに一礼した。
「ごもっともでございます。
しかし――それでも申し上げます」
今度は、シルバーが一歩前に出た。
「マモル様。交易は“信用”ではなく、“条件”で成り立たせることができます」
「条件……?」
「直接会わない交易、匿名性の高い交換、場所と時間を限定した受け渡し。
魔法と結界を併用すれば、危険は最小限に抑えられます」
理屈は、分かる。
頭では理解できてしまうのが、余計に厄介だった。
その時、足元から小さな声がした。
「……ねえ、マモルさま」
アルミンだった。
両手で器を抱えながら、少しだけ遠慮がちにこちらを見上げている。
「ぼく……ほかのたべものも、たべてみたいな……」
胸を、軽く殴られたような気がした。
この国を守るために、閉じることばかり考えていた。
でも、ここにいるのは兵器でも道具でもない。
生きて、楽しんで、成長していく存在だ。
「……俺だって、メリットがないとは思ってない」
絞り出すように言う。
「食料の幅が広がれば、国は強くなる。
保存食が増えれば、敵襲への備えにもなる」
だからこそ、迷っている。
ゴールドが、穏やかに言葉を重ねた。
「ですので、試験的に始めるのはいかがでしょうか。
規模は最小限、期間も限定。
危険があれば、即座に中止するという条件で」
沈黙が落ちた。
ライムは相変わらずもぐもぐと料理を食べている。
その様子を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
「……分かった」
ゆっくりと、俺は頷いた。
「まずは試験的にだ。
スライム王国の場所も、正体も、絶対に明かさない。
条件は俺が決める」
ゴールドが、深く頭を下げる。
「かしこまりました、マモル様」
不安が消えたわけじゃない。
むしろ、はっきりとそこにある。
それでも――国を前に進めると決めた。
閉じるためじゃない。
守りながら、広げるために。
スライム王国は、次の段階へ進もうとしていた。




