マモル、スライムと出会うの巻
――信託
教会の中は、外よりもずっと静かだった。
白い石の床。
高い天井。
空気そのものが、張りつめている。
俺とイリナ以外にも、同じくらいの年の子どもたちが何人もいた。
みんな、緊張した顔をしている。
――ここでは、それが普通なんだろう。
「名前を呼ばれた順に、前へ」
神官の声が響く。
胸が、嫌な音を立てた。
最初に呼ばれたのは、俺だった。
「……マモル」
一瞬、周囲がざわついた。
知らない名前。
この国には、存在しない響き。
視線が、俺に集まる。
好奇の目。
警戒の目。
俺は、何も言わず、前に出た。
円形の召喚陣の中央に立つ。
足元が、淡く光り始めた。
「神よ。この者に、導きを」
祈りの言葉とともに、光が強くなる。
息を、止めた。
何が出る。
何が来る。
光の中から――
現れたのは、小さな影だった。
ぷるり、と揺れる。
丸い。
柔らかそうで、弱々しい。
「……スライム、か」
誰かの声が、はっきりと聞こえた。
空気が、一気に変わる。
落胆。
失望。
あからさまな哀れみ。
俺は、その場から動けなかった。
足元のスライムは、俺を見上げているように見えた。
逃げない。
怯えもしない。
ただ、そこにいる。
「……よろしくな」
思わず、そう呟いていた。
スライムが、わずかに揺れた気がした。
「名前は……ライムだ、ライムにしよう」
意味なんて、ない。
でも、この瞬間、確かにそう呼びたかった。
神官が、短く咳払いをする。
「次、イリナ・イフシア」
その名前が呼ばれた瞬間、
俺の背後で、空気が変わったのがわかった。
イリナが、前に出る。
背筋を伸ばし、真っ直ぐ歩く。
さっきまで一緒に話していた少女とは、少し違って見えた。
召喚陣が、再び光る。
さっきとは――比べものにならないほど、強く。
風が、教会の中を吹き抜けた。
「……なんだ、これ」
光の中から、羽が現れる。
白く、巨大で、神々しい。
次の瞬間、
翼を持つ馬――ペガサスが姿を現した。
息を呑む音が、そこかしこで重なった。
「……神話級」
誰かが、震える声で言った。
ペガサスは、静かに嘶き、イリナの前に膝を折った。
まるで、主を認めるように。
イリナは、呆然と立ち尽くしている。
「イリナ・イフシア」
神官の声が、いつになく硬い。
「あなたは、王都オイコットへ向かってください」
「……え?」
「神話級モンスター保持者は、例外なく王都召集です。
拒否権はありません」
空気が、凍りついた。
イリナが、ゆっくりと振り返る。
その視線が、一瞬だけ――俺と交わった。
何か言いたそうに、
でも、何も言えない顔。
さっきまで、同じ場所に立っていたはずなのに。
同じ日に、
同じ教会で、
同じ信託を受けたはずなのに。
俺の足元には、
小さなスライム。
イリナの背後には、
神話の存在。
世界が、はっきりと線を引いた瞬間だった。
強い者と、弱い者。
選ばれた者と、そうでない者。
――そして俺は、その境界線の向こう側に立たされた。
ライムが、静かに揺れた。
まるで、
「それでも一緒だよ」と言うみたいに。
このとき、俺はまだ知らなかった。
この小さな存在だけが、
最後まで俺を裏切らないことを。
そして、
人間は――違うということを。




