マモル、魔法に触れるの巻
⸻
次の日の朝。
国は、いつも通りに動いていた。
畑ではスライムたちが黙々と作業をし、
建築地ではアイアンズが石を積み上げている。
カッパー率いる兵団は、外周を巡回していた。
――順調だ。
「スライム王国は、良い方向に進んでいます」
隣で、ゴールドが静かに言った。
「俺も、そう思う」
昨日の夜、考えたことが、まだ胸に残っている。
国は成長している。
なら――次は。
「次は、俺が成長する番だ」
ゴールドは、少しだけ目を細めた。
「戦える力を、お望みですか?」
「……ああ」
守られるだけじゃ足りない。
任せるだけでも、足りない。
いざという時、自分自身が立てる力が欲しい。
「よろしいかと存じます」
即答だった。
「ではまず、私と手合わせをなさってください」
王国内の少し開けた場所。
建物も畑もない、ただ地面が広がる場所で、
俺とゴールドは向かい合った。
結果は、はっきりしていた。
――敵わない。
動きも、判断も、力も。
俺の攻撃は、すべて見切られ、受け流される。
「……強いな」
「光栄でございます」
息を整えながら、ふと気づく。
「でも今の、少し……変じゃなかったか?」
俺の放った一撃。
その瞬間、空気がわずかに震えた。
ゴールドが、少し驚いたように俺を見る。
「……マモル様」
「なんだ?」
「魔力反応が、ございました」
一瞬、意味がわからなかった。
「人間は、魔法を使えないはずだろ?」
「ええ。通常は」
ゴールドは顎に手を当て、思案する。
「ですが、マモル様は長時間、
ライム様の魔力が満ちたこの土地で過ごしておられる」
「……それが影響してる?」
「可能性は高いかと。
パートナーモンスターの力により、
人が魔法に目覚めた例は、過去にもございます」
胸の奥が、わずかに熱くなる。
「じゃあ……俺は、魔法を?」
「才能は、ございます」
だが、とゴールドは続けた。
「申し訳ありません。
私は治癒や補助は扱えますが、
攻撃魔法の指導は専門外でございます」
「あの時、俺の腕を治したのは?」
「簡易的な治癒です。
戦闘用魔法とは、系統が異なります」
沈黙が落ちる。
どうする?
誰に教わる?
――その時。
ライムが、ふわりと発光した。
柔らかく、しかしはっきりとした光。
その中から、ひとつの影が形を成す。
現れたのは、
魔法使いの装いをした、女性の姿のスライムだった。
長い髪、落ち着いた佇まい。
だが、質感も色合いも、確かにスライム。
「確認いたします」
ゴールドが即座に動く。
「……魔法特化型スライム。
高度な魔法運用が可能。
実力は……私と同等か、それ以上」
そのスライムは、俺に向かって、静かに一礼した。
「はじめまして、マモル様。
私は、あなた様の魔法修練を補佐する存在です」
声は落ち着いていて、丁寧だった。
俺は、自然と口を開いていた。
「……シルバー」
名を呼ぶと、
彼女は微笑むように目を細める。
「その名、謹んでお受けいたします」
俺は、深く息を吸った。
国は、育っている。
仲間も、揃っている。
そして――
俺自身も、ようやく、進めそうだ。
「シルバー。
俺に、魔法を教えてくれ」
「喜んで」
こうして、俺の修行が始まった。
王としてではなく、
一人の戦える存在として。
⸻
開けた場所に、静かな風が吹いていた。
スライム王国の中でも、この場所は魔力の流れが安定しているらしい。
向かい合うのはゴールド、そして少し離れた位置にはシルバー。
ライムはいつも通り、肩の上で静かに光を揺らしている。
「まずご理解くださいませ、マモル様」
シルバーが丁寧に言葉を選びながら説明する。
「魔法に万能は存在いたしません。
魔法を扱えるようになった者は、必ずどこかに得意・不得意が生まれます」
「得意・不得意……」
「はい。攻撃、回復、補助、防衛――どの系統を伸ばせるかは、才能と感覚にほぼ依存いたします」
ゴールドも静かに頷く。
「私の専門は回復と補助でございます。
高度な攻撃魔法は、残念ながら習熟しておりません」
「私は攻撃魔法に特化しております」
シルバーが静かに微笑む。
どちらも努力ではどうにもならない、天性の偏りがある。
「では、私の適性は……?」
ゴールドが一歩前に出て、静かに告げる。
「マモル様の適性を知るには、まず手合わせが必要でございます」
王国内の開けた場所に立ち、俺は集中する。
魔力の流れを感じ、指先にわずかに伝わる熱を確かめる。
「焦らず、まずは何をしたいのか、明確にしてくださいませ」
ゴールドの言葉に従い、思考を一点に絞る。
――この国と仲間を、守りたい。
――危険から逃げる者を、守りたい。
手を前に差し出すと、空気がわずかに揺れた。
小さな衝撃が地面に伝わる。
それは、直接の攻撃ではない。
だが確かに、周囲の流れを変えた感覚があった。
「……これは」
シルバーが目を細め、分析する。
「攻撃魔法ではございません。
補助魔法の範囲にも含まれません」
ゴールドも静かに観察する。
「マモル様の適性は、防衛系統でございます。
場を整え、仲間を守り、状況を制御する魔法に向いております」
胸の奥が、静かに熱くなる。
「防衛系……か」
これなら、俺の望む力と重なる。
戦う力ではなく、守る力。
国を、仲間を、スライム王国を守る力。
「ご理解いただけましたか、マモル様」
ゴールドが、いつも通り執事の口調で確認する。
丁寧で落ち着いているその言葉に、安心感を覚える。
「……ああ、分かった。俺は防衛系魔法に特化する」
シルバーが、静かに頷く。
「喜んで修練を補佐いたします。
マモル様の力が成長されることを、私も楽しみにしております」
ライムは、肩の上で小さく光を揺らす。
その姿を見て、俺は心の中で決める。
――国は、確かに成長している。
――次は、俺自身が成長する番だ。




