イリナ、王都での不撓の巻
王都オイコットでの生活にも、少しずつ慣れてきていた。
正確に言えば、「慣れざるを得なかった」。
城の中での毎日は、戦闘訓練と報告、そして待機の繰り返しだ。
魔人族の動向、異界門の発生予測、各地の神話級モンスターの状態確認。
私は“冒険者”というより、王国に属する一つの戦力として扱われている。
それでも、国王陛下は変わらず丁寧に接してくださった。
訓練の合間に声をかけてくださることもある。
「無理はしていないか、イリナ」
その一言に、何度救われたか分からない。
ここにいる理由が「命令」だけではないと思わせてくれる、数少ない存在だった。
けれど――
城の空気そのものは、どこか息苦しい。
誰もが私を見ると、
期待か計算の目を向ける。
「神話級を従えた冒険者」
それが、今の私の肩書きだった。
⸻
訓練場でアーサーと顔を合わせる機会は、増えていった。
けれど、距離が縮まることは一度もない。
彼は私を、最初から最後まで見なかった。
正確に言えば、
私という存在を、戦力として認識していない。
「……君は下がっていろ」
初めて共同訓練を行った日、
彼は私ではなく、私の後ろに控えるペガサスだけを見てそう言った。
「壊れたら困る。
王国がな」
私が剣を握って前に出ようとすると、
短く、冷たく制止される。
「出る必要はない。
君が前に出ても、結果は変わらない」
怒りよりも先に、胸の奥が冷えた。
反論しようとすればできた。
でも、それは感情論になると分かっていた。
彼の中では、もう結論が出ている。
――私は、運良く神話級を引き当てただけの存在。
――評価されるのは、私ではない。
「王が期待しているのは君じゃない」
淡々と、事実を述べるように言われた言葉が、今も耳に残っている。
「その獣を“保持している”という点だけだ」
その視線は最後まで、私を通り越していた。
⸻
それでも、私は城を出ることはできない。
出る理由も、資格もない。
訓練は続く。
魔法の精度を上げ、剣の動きを洗練させる。
少しでも「自分自身の力」を積み上げたかった。
けれど夜になると、
どうしても考えてしまう。
――私は、ここで何になれるのだろう。
アーサーのような“本物”にはなれない。
かといって、ただ守られるだけの存在でもいたくない。
ふと、イフシアの街を思い出す。
静かな空気、馴染みのある人々。
そして――マモル。
今、彼は何をしているのだろうか。
無事でいるだろうか。
胸の奥に小さな不安が積もるたび、
私は剣を握り直す。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
たとえ見下されても、
利用されているだけだとしても。
私はまだ、折れてはいない。
⸻
王都でのある朝、急ぎの招集がかかった。
王都周辺に発生した異界門――そこから、魔人族が侵攻を始めているという。
「イリナ、現地での迎撃を任せたい」
国王陛下の声は落ち着いていたが、事態の深刻さは伝わってきた。
私は短く頷き、すぐに準備へと向かう。
城門を抜け、ペガサスに跨ろうとした、その時だった。
「……君もか」
背後から、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこにはアーサーが立っていた。
「同じ任を受けたらしい」
淡々とした口調。
視線は一瞬だけ私に向いたが、すぐに空へと向けられる。
私は何も言わず、ペガサスの背に乗った。
翼が広がり、風を切って空へと舞い上がる。
その横を――
アーサーが、並んで飛び上がった。
彼の背後には、人型のモンスター――
神話級モンスター《ヴァルキリー》。
その加護によって得た光の翼で、
彼はまるで当然のように空を進む。
同じ空を飛んでいるはずなのに、
感じる距離は、あまりにも遠かった。
⸻
異界門の周辺は、すでに戦場と化していた。
地上では魔人族が人里へと押し寄せ、建物が破壊されている。
――急がないと。
ペガサスに合図を送り、突撃しようとした瞬間。
「待て」
短い制止の声。
アーサーだった。
「出る必要はない」
また、その言葉だ。
反論しようと口を開きかけたが、
次の瞬間、私は言葉を失った。
アーサーが空中で立ち止まり、
ヴァルキリーが静かに腕を掲げる。
すると――
空間そのものが、光を帯びた。
無数の剣。
剣状の光が、雨のように空から降り注ぐ。
叫び声すら上がらなかった。
魔人たちは、抵抗する間もなく、次々と消滅していく。
一瞬だった。
異界門の周囲は、まるで最初から何もなかったかのように静まり返っていた。
私は、ただ呆然とそれを見ていた。
――これが。
――これが、「王国最強」。
アーサーは振り返りもしない。
任務を終えた、という顔ですらなかった。
ただ、当然の結果を得た者の背中だった。
私は自分の手を見る。
剣を握る手が、わずかに震えている。
悔しさか、恐怖か、それとも――
圧倒的な差を突きつけられた現実か。
同じ神話級を授かっても、
同じ戦場に立っても。
私と彼の間には、
埋めようのない溝がある。
そう、理解してしまった。
空を舞うペガサスの背で、
私は小さく息を吐いた。
それでも――
目を逸らすわけにはいかなかった。
この差を、知ってしまった以上。
⸻
不撓の使い方これで合っているのでしょうか…




