マモル、王国が生まれるの巻③
――戻る世界、離れる世界
転移門を抜け、かつて潜ったダンジョンに戻った瞬間、俺は足を止めた。
「……誰も、いない?」
耳を澄ませても、声がしない。
松明の明かりもまばらで、探索者の気配がまるでなかった。
初心者用ダンジョン。
つい最近まで、人で溢れていたはずの場所。
「……そうか」
あのハイオークの件。
ゴールドが言っていた通りなら、ここはもう“要注意”扱いなんだろう。
俺はダイヤと視線を交わし、そのまま出口へ向かった。
イフシアの街が見えてきたところで、俺は立ち止まる。
「ダイヤ、少し変装する」
フードを深く被り、顔が分からないように布で覆う。
ダイヤにも同じように指示を出した。
「目立つのは、避けたい」
ダイヤは無言で頷く。
街に入ると、懐かしい匂いがした。
人の声。
露店の呼び声。
当たり前の日常。
……少し前まで、俺もこの中にいたはずなのに。
農具、種子、保存食。
必要なものを淡々と買い集めていると、ふと耳に入った会話があった。
「――王都の話、聞いたか?」
「神話級のモンスターを従えた冒険者だろ?」
「そうそう。イフシア出身の女の子らしいぞ」
……心臓が、わずかに跳ねた。
「王都に行ってから、向こうで功績を上げまくってるって話だ」
「やっぱり、ペガサスは別格だな」
イリナ。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
同時に、苦くもなる。
――王国に、使われてるんだろうな。
神話級。
それは祝福であると同時に、鎖でもある。
「……元気そうで、何よりだよ」
嬉しい。
でも、かわいそうだとも思ってしまう。
俺は、視線を落とし、買い物を終えた。
再びダンジョンへ戻り、入り口で変装を解く。
その瞬間だった。
「……あ?」
聞き覚えのある声。
顔を上げると、そこにいたのは――
かつて、俺を置き去りにしたパーティ。
リーダー格の男が、こちらを見てにやりと笑う。
「おいおい、生きてたのかよ」
馴れ馴れしく近づいてくる。
「運がいいな。
まさか、あの状況から――」
その時。
ダイヤが、一歩前に出た。
ただ、それだけ。
だが――空気が変わる。
圧。
殺気ではない。
だが、圧倒的な“格の違い”。
リーダーの男の顔色が、一瞬で変わった。
「……ちっ」
「帰るぞ!」
取り巻きを引き連れ、逃げるように立ち去っていく。
俺は、追わなかった。
もう、どうでもいい。
拠点へ戻ると、景色が変わっていた。
「……増えてるな」
建物が増え、畑の区画が整えられている。
スライムたちが行き交い、作業をしている。
確かに――
王国になりつつあった。
「お帰りなさいませ、マモル様」
ゴールドが出迎える。
「農業に取り掛かる準備は、すでに整っています」
俺は、深く息を吸った。
守る力。
生きる糧。
どちらも、ようやく手が届く場所に来た。
「……よし」
人間の世界から、一歩距離を置き。
スライムたちの世界へ、もう一歩踏み込む。
スライム王国は、
静かに、だが確実に――根を張り始めていた。
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