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70.絆

 彼女が目を覚ましたときに見たものはいつもの見慣れた自分の部屋ではなかった。

 しかし、知らぬ部屋という訳でもなくその純和風の部屋がどこであるかを目覚めたその瞬間からですら理解し、そしてその経緯は分からずともうっすらと自分の置かれている状況というものが理解出来た。

 自分ではここ数年踏み入ったことのない、しかし紛う事なき“自分の部屋”だった。


 部屋に籠もっていても仕方がないので、用意してあった服へと袖を通し取り敢えずは“家の者”へと声を掛けるために部屋を出る。

 特定多数いる内の目的の一人が部屋を出るなり直ぐに見つかり、詰め寄りたい気持ちをグッと堪えて先ずは挨拶から声を掛ける。

「おはようございます。涼夏りょうか姉様」

 彼女にしては少し冷たさを感じる堅い声色だったが、それでも今の状況を考えるならば、寧ろ上出来と言えるレベルだ。そのためではないが、声を掛けられた女性は少し驚きを示した。が、直ぐに柔らかい笑みを浮かべ挨拶を返す。

 『姉様』とその呼称が示す通りにこの二人が姉妹ということはない。だが、かなり遠縁のではあるが親族だというのは確かな事実としてある。四大柱の使用人は全て縁衆の出自なのだ。

「おはようございます、お嬢様。御加減は如何ですか?」

 彼女がこの家に訪れたとき――――正しくは、担ぎ込まれたときには既に気を失った状態であった。最もことの細部は兎も角、詠歌から大事があったわけでないことは聞かされているので、そこまで深刻に捉えての質問ではない。

 とは言え、彼女たちの間柄は血縁やら雇用主云々の話は別にして主従関係にある。そこは社交辞令としてでも訊いて置かねばなるまい…………最も彼女は、社交辞令というには些か以上に心遣いをしているわけだが、それはこの場合問われた当人には意味をなしていなかった。

「問題ありません。お兄様はこちらに居られるのですか?」

「いえ、残念ながらこちらには…………」

 予期された質問。しかしだからと言って、都合の良い答えを用意出来る内容ではなく、有りの儘の事実を告げた。

「体調がよろしいようでしたら、お食事を取って下さい。お嬢様のために、奥様が張り切っていらっしゃいました」

 奥様という言葉の響きに、今までとは少し異質の緊張が走る。奥様とは即ち、紫司現頭首の第一妻の須美すみである。

「凍夜様のことも含めて、奥様からお話があると思いますので、先ずは春日の間へどうぞ」


※※※※


「気に入らなかったかしら?」

 食事の後片付けまでを終えた須美が、緑茶を差し出す祭に浮かぬ表情の彼女にそう声を掛けた。

「いえっ!! そんなことはありませんっ。とてもおいしかったです」

「そう。それならいいのだけれど…………あなた達が出て行ってしまってから、自分で作ることも殆どなくなってしまって、お料理なんて久々なものだから味に自信が持て無くって」

 勿論これは責めているわけではない。しかし、そう言って眉を曇らせる目の前の女性の顔を見て罪悪感がより一層強くなる。

 須美は優しい女性ひとだった。

 須美からしてみれば、二人は夫の子供ではあっても赤の他人でしかない。しかし、それでも紫司の本邸に引き取られたその日から、実の母の様に優しく接し時に厳しく躾けてくれた。ともすれば、魔法医療師という仕事をしていた実母よりも、より母親らしく傍らに居てくれた。

 そんな彼女を悲しませたいわけではない。そんなことなど、有ろう筈がない。だが、こればかりは譲れなかった。

「本当に、本当にとてもおいしかったです。わたしも、お兄様と二人で暮らし始めて、お料理を作るようになって…………それで、初めて分かったんです。

 母上の作って下さっていたお料理にどれだけ手間暇が掛けられていたか、どれだけ私たちを大切にしていてくれたのか…………ですから…………本当にごめんなさい……我が儘ばかりで、ごめんなさい」

 だからせめて、言葉では語り尽くせなくても、有りっ丈の想いを込めて言葉にした。

「違うのよ。勘違いしないでね……」

 須美はそういって愛しい娘の頭をそのかいなにそっと抱く。

「確かにあなたたちが居なくなってしまって私は寂しさを感じているわ。でもね、それは別に悲しいわけではないの。ん~うん、それどころかそれはとても喜ばしいことなの。

 だってそれはあなたたちが、自分で悩み考えて決めて行動したということ何だもの。親はね、子供の成長が何よりも嬉しいものなの。だから、いいのよ。あなたたちのしていることは間違いではないの、自分を責めないで。

 ただ、ちょっとその成長が私の思っていたよりも早かっただけ…………。私が、あなた達を送り出す心の準備が出来る前にあなた達方が先に巣立ちの準備を迎えてしまった。ただそれだけの話よ」

 血の繋がりは無い、しかしそれでも須美は確かに自分にとっての母であると、彼女から伝わる暖かさを感じながらその想いを更に強くした。

 そして、須美が放った言葉が自分だけに向いたものではないというのも理解している。

 須美にとっては、『お兄様』も同様に我が子なのだ。

 彼女が、彼の出自を知っているのか知らないのか、それを自分は知らない。しかし、それでも彼女は彼の母親足ろうとした。たった一年程度の付き合いしかなかった筈の彼を…………

 凍夜が死んだことで、その身代わりを彼に求めたわけではない。彼を有りの儘に彼として受け入れたのだ。それ故に小夜は須美に対して母としてでだけでなく、人としても強い尊敬の念を抱いている。彼女だけは真に信用に値する人であると……


「さてと、それじゃ、そろそろキョウくんのこともお話しないとね」

 暫くそうした後、須美が切り出した。

「はい」

 母と慕ってしるつもりではいたが、時間の経過はそれだけで隔たりを生むものだ。血縁の者であってもそうなのだから、特異な彼女たちの関係ともなれば尚更だろう。

 普通に接しようとして、逆にぎこちなさを強めてしまう。食事のときはそんな二人だった。しかし、今はそんな様子など微塵も感じられぬほどにお互いが自然に向き合えていた。

「キョウくんは今蒼縁様の施設に居るわ」

 小夜はそれにはいっと頷き続きを促す。この家に居ないと言われたときにそれは予想出来たことだ。

「命に別状はないらいしいの、特に酷い怪我とか、そういうことではないらしいの……でも…………」

 須美の表情は曇り言いよどむ。

「暫くは施設から出られないらしいの」

 どうしてかと問いただしたいが、相手が違う。須美に迫っても意味はない。

 無意味と分かっていることよりも少しでも展望が開ける可能性を模索する。

「お会いしに行くことは?」

 首は横に振られた。

「その他には?」

「ごめんなさい。私はそれだけしか知らないの。でも、キョウくんからの伝言をエイちゃん伝えで預かってるわ。

 『暫く寂しい想いをさせてごめん』って、それと、『それまで待っててね、妃依里ちゃん』だって」

 暫くとはいえ凍夜に会うことすらも出来ない。それは彼女にとっては苦痛としか言えない状況だった。

 暫くとはいつまで? どうして私には何も知らされないの? お兄様は本当に無事なの?

 想うことはいくつもある。だがしかしこれだけは確かだと言えるものがある。

(お兄様がわたくしを意味もなく苦しめる筈がない)

 それが彼女の中の絶対の真実。ならば今の状況には意味がある。少なくとも、これ以上の悲しみを自分に与えるためではないという確信。絶対的な危機を回避するための最上の選択であると納得する。

「それと、私当てにも言伝があるの。『少しの間ですが、お世話になります』だって。

 もうあの子ったら、母上とは呼んでくれてても、そうは感じてくれていなかったのね。他人行儀にお願いだなんて」

 少し寂しそうな顔になる須美。だが、それも一瞬で別の表情に塗り替えられた。

「でも、あなたのことをお願いしますって、もうあの子にとってあなたは本当に妹なのね」

 喜びに満ちあふれた笑顔で紡がれたその言葉に、小夜の心は熱いほどの熱を感じた。

読者様には関係ありませんが、ちょっとネームを変更しました。

キーワードにちょっとネタバレあり。



ここからは、無駄話。ネタバレあり。

この物語、『こんなラストシーンが書きたい』と思って書き始めました。

始めはこんな長くなる予定はなかったのですが、設定を作っている内に物語りも長編に…………

設定に懲りすぎてしまったというのが反省点。でも、ラストにはどうしても必要な設定だったんです。

物語のラストを輝かせるのは、作品の思い入れだと考えます。

作品の質は当然のこと、時間というのも必要な要素だと僕は思います。作品としての時間軸だけでなく、現実の時間軸に置いても。

そのために、長編でって思ったわけです。

でも、大誤算発生!!

書き始めはよかったのですが…………執筆ペースが亀……

しかも、ラストを決めてそれに向かって書き始めた状況だから、脳内では完結済み…………

世に出せば、多少は人に見られるだろうから、他人から見られることで頑張れるかなっと思ってこうしてネットで書き始めたわけですが、それがどうにも…………

完結しているが故に逆に、それを文字におこしていくという作業が面倒に…………駄目人間でごめんなさい。


主人公もまだ主人公として完全ではないし(ある意味まだ主人公が登場してないレベル)、主人公にとってのヒロインも出て来てない。

主人公を特殊な設定にし過ぎて、非常に書き辛い…………適当にテンポ良く書いてくと色々隠してることがポロッと出て来て明け透けな状態になって、物語の深みがなくなる(まあ、読者から見てそれが感じられるのかは疑問ですがね)

最後のネタバレ時の主人公をこれでもかというくらいに、残酷な状態に持って行く必要があるので、まあ出来るだけ頑張ります。

途中から、世界観がガラッと分かりますが、ラストはハッピーエンド。っとなるわけですが、はてさてそれはいつのことやら…………

感想などがあれば、本当に励みになりますので、宜しくお願いします。

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