7.トークタイム3
「あっ! でもそれって、思えばかなり卑怯じゃないですか?」
今度は何かを思い出したらしい凍夜が、明らかに含みのあるような声色で沙樹に問う。今のこの空気を流すにはちょうどいいネタだった。
ほんの数刻前に出会ったばかりで、沙樹のことを深く知る由もない小夜が疑問の表情を浮かべるのは当然として、問われた当人たる沙樹も何のことかと首を傾げる。
「卑怯って何が?」
「振音を使うギタリスト」
小夜は、いきなりここでギタリストという単語が出てきたことに、更に困惑した。
ドンッ!
机を叩く大きな音が響き、沙樹は怒りを無理矢理笑顔にして引き攣った、まさにアニメや漫画のお馴染みの顔を作り、お約束の言葉を発する。
「それはどういう意味かな、シヅカちゃん?」
「そのままの意味ですよ。何時ぞやの文化祭とか」
凍夜はしたり顔でしれっと答える。
「そんなことするわけないでしょうっ!!
ちょっと、小夜さん。貴女のお兄さん、どうにかして下さらないっ!!? ホントにもう失礼しちゃうわね~」
凍夜に言っても、のらりくらりといなされるのが分かっている沙樹は、小夜に助けを求めた。
しかし、小夜同様に沙樹もまた小夜を知らないのだった。
「まあまあ沙樹さん、取り敢えず少し落ち着き下さいまし」
そう言って先ずは沙樹を宥める小夜。そして――
「お兄様、いったいどういうこのなのですか? 流石に、状況も分からないのでは、私とて庇い様がありませんわ」
という小夜の言葉に沙樹の頭がガクッと項垂れる。
これを見ていた凍夜は、流石にこれは可哀想だなとは思うものの楽しいものは仕方がないと、微かに笑った。
何せ、よもや助けを求めた相手が、攻めるべき相手を擁護することを前提にして話を切り出すとは、思いにも寄らないではないか。その裏切られた感溢るる落胆ぶりは他人からは実に見たら愉快だった。
しかし、沙樹に限らず凍夜もまさか小夜がこのような切り返しをするとは思っていなかったので、これには多少の驚きはある。
「フフフッ、ごめんなさい。お兄様がこれほど楽しそうにしていらっしゃるのを見たのは初めてでしたので、つい悪のりしてしまいました」
っと、一応沙樹には謝っておく。が、企みが功を奏し、兄が楽しんでくれていたことが嬉しかった小夜の表情に、悪びれた様子はないのだった。
「彼女は趣味でギターをやってるんだよ。それで、中三の文化祭のときにバンドやっててね。かなり好評だったんだ。それが、振音(法術)使ったんじゃないかって言ったわけだ。まあ、違うのは分かってるんだけどね」
小夜に状況を説明する凍夜。実のところ小夜は、こうして中学の頃の話を聴くのは初めてだった。
「そのときの中島さんは、本当にもの凄く格好良かったんだよ。衣装は可愛いやつで良く似合ってたから、格好そのものはすごく可愛かったんだけどさ(笑)」
この言葉に沙樹は激しく反応していた。
「なるほど、そういうことがあったのですか。確かに、自身の成果を魔法の所為にされては、頭にくるのも無理からぬことですわね。お兄様も少し御自重下さいね」
一応でしかない、形式だけの言葉で凍夜を咎めて置く。
「ああ、わかってる。済みません、中島さん」
凍夜も形式的な謝罪を述べておくのだが、今の沙樹にそんな謝罪の言葉は耳に入っていないのだった。
沙樹は下げた頭を上げられずにいる。両の手が朱く染まった頬に当てられて、凍夜の言葉が頭にリフレインしている。
凍夜は女性への賛辞を素直に口にする人間だ。だが、沙樹は中学のときに直接それを言われたことがなかった。先の文化祭のときも、確か似合ってるという表現しか貰っていなかった筈だ。
それなのに、いきなりここで初めて"可愛い"と言われたのだ、嬉しくない筈がないのだった。
「中島さん?」
中々頭を上げない沙樹を不審に思い声を掛ける。
「うん? ああ、大丈夫……(大丈夫)」
何とか顔の火照りが治まった沙樹は顔を起こして返事を返す。後半の言葉は自分以外の人間には聞き取れないほどに小さく呟いた。自分は大丈夫と言い聞かせるために発した言葉。
“ここに来ることになった理由”に関して、自分としてはいい気はしないのだが、何の偶然でもここに凍夜がいるというのは、沙樹としてはそれを押しても幸運だと感じずにはいられなかった。
「いいよ~、もうそんなこと。冗談だってわかってるからさ。それにしても、こうしてまたシヅカちゃんと話が出来るなんて、わざわざ二回目の試験を受けた甲斐もあるってことかなぁ?」
っと、照れ隠しに軽く言ってのける。
「そう思って頂けたなら幸いです……けど、二度目の試験というのは?」
「えっ? だって、受けたでしょ? ここの試験。入るのは決定事項だけど、今後の参考にって?」
「いえ。僕はなにも……僕は、頼んでいた制服が届いたと思ったら、これ――」
っと凍夜は自分の着ている制服を摘んで見せ、
「――が入っていて今日ここに来るようにと言われて、後は妹の入学案内の通りだからと、それだけしか……」
「『紫司家』の特権てやつ? いや、でも……(“あの人”が受けてて、凍夜くんが受けないのはおかしいか)」
「どうでしょうね……どうかしました?」
「いえっ!! なんでもないわ」
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
ちょうどそのとき、8:10分予鈴の鐘が鳴った。しかし、周りには人があまりにもいない。
自分たちの後には、生徒が一人入っただけでそれ以外はまだ誰も教室に入って来ていなかったのだ。
もうすぐHRが始まるというのに、流石にこれは変だ。
『おい、誰か入れよっ!!』
『お前が行けよっ!!』
『もう、予鈴なっちまったぞ!』
『どうすんだよ』
『もうすぐ、先生来ちゃうよ~!!』
『こういうのは男子から行くもんでしょ?』
『なんでだよ? そう言うならお前行けよな!!』
しかし、教室の外ではガヤガヤと他の生徒が騒いでいる。
早く入ればいいのに、何をやっているのか? と、三人以外にも教室中にいる生徒は不思議がっていた。