69.名が示すもの
歌詞掲載についての注意があったので一部内容を変更した箇所があります
内容自体に大きな変化はあしません
魔法学校に在籍する者のみならず、普通科の学徒や一般社会人にも大いに注目を集める魔法界としての、学校イベントが存在する。それが、『武闘祭』と『競技祭』だ。
優良企業のバックを元に大々的に催されるそれらは、国内でも有数の集客力を誇るものとなっている。
スポンサー企業を始めその他多くの企業や団体は勿論のこと、一般人にとっても毎年欠かすことの出来ない恒例行事だ。
プロ選手の競技よりも、学徒たちの競技の方が客が賑わうというのは、往々にある話だ。
学徒という立場ならではの懸命さ、未熟であるが故に御しきれない感情、それらはその場その時であるからこそ生まれるもの故に、決して故意に作り上げることが出来る代物でない。故に人々はそれに感動を覚えるのだ。
勿論、これはプロの試合がシーズンという長い期間に行われるのに対して、局所的なイベントというお披露目の場であるということも大いに関わってくるものなので、一概にどちらが人気かということの指標にはならない。
しかし、そこに込められる想いの多様さは歴然と言えるかも知れない。魔法科系高校・大学の全校がその参加資格を有するこれらの大会は、大会に連なる企業や団体の目論見もさることながら、出場する学徒個々の思惑も実に様々である。
プロの競技とは即ちそれこそが成果であり、それそのものに意味がある。しかし、学徒たちにとってはこれらは人生の通過点の一つに過ぎない。彼らにとっての真の目標はその先にあるのだ。
『未来への切符』、人生のウチでその時その場だけでしか手に入れることが出来ないかも知れない可能性への権利。まだ何者でもない彼らは、まだ何者にもなれるということでもある。
その権利を掴むべく、彼ら学徒たちは日々精進しより良き自分の未来を切り開くべく励んでいる。
その成果の一つの指標として代表候補選抜戦、別名を校内ランキング戦、通称『校内戦』が国立魔法科では毎月行われている(各私立もほぼ全校が同じである)。
この代表候補選抜戦というのは、その別称が指す言葉の通りに順位付けである。但し、誰かが評価した結果ではない。対戦の結果という至極単純かつ明瞭なる結果だ。
対戦という言葉の通り、校内戦は戦闘によって決着が付けられる。
戦闘というのは全ての基本と応用、その総合力の実践の場である。如何に卓上では優秀な成績を収めていても、実践でそれを披露出来なければ意味がない。授業の様にそのためだけに十分な時間を与えられた状況で実行出来ても、非常時に何も出来ないのであればいざという時には使えない。戦闘というのは、それらを見極めるのに非常に有効な手段なのだ。
魔法に関わる企業は例え事務方や研究職の者であろうとも、非常時には魔法の使用を余儀なくされる場合が想定されている。
そのために、この時の成績というものには非常に大きな意味を持つ。
そして、何よりこの校内戦の重要な点はその正式名称が指し示す通り、そして通称が『ランキング戦』ではなく、『校内戦』であるという通りに、『校外戦』即ち『武闘祭』・『競技祭』への代表候補者の選抜が掛かっている。
勿論、ランキングが上位なら学業成績は無関係ということはない。しかし、進路によってそういったところも大いにある。校内戦では、その道を進むと決めている者たちが大いに張り切るために、代表とは無縁と言える者たちでも普段の実習よりも更に盛り上がりも見せることとなるだ。
だが、それとは別にこの常盤校舎には伝説がある。否、数ヶ月前にある者によって打ち立てられた。
それ故に、今の二年・三年の士気は非常に高い状態にある。
※※※※
凍夜の話を聞いて香里はゾッとした。そして、ここが学校内でないというとこに心底安心した。
香里は寄りにもよってこの年のこの十二校に、“この様な存在”が入って来たことをどこの悪魔の采配なのかと恨みたくなった。
「元来僕は戦闘は得意というわけではないのですが、それくらいのことをしないと、皆さんからは認めて頂けないでしょうからね(苦笑)」
「良く言う~。仮にも戦神の名を馳せる貴方が闘うことが苦手だなんてことはないでしょう?」
「苦手では有りませんよ。好きでないですけど……ただ得意では無いというだけです。
僕のこの眼は人を“倒す”ということには向いてはいませんから」
その台詞に香里がいち早く反応を示した。
「ちょっ!! ちょっと待って下さいっ!! 紫司さん、まさかその眼を――――
「いやいや、流石にそれはありませんよ」
「し~み~ず~、いくら何でもそんなことあり得ないだろ? 常識的に考えて」
「そうですよね…………アハハハ……」
「っていうか、“アレ”は使えんですか? “魔法”は使えないのに?」
「正確には魔法が使えないわけではありません。魔術という方法による施行が出来ないというだけですよ。活性器官に異常があって活性化が出来ないためにね。
それに、往々にして良くあるこのなのですが、霊障は本来とは別系統の独自の魔導器官を形成してしまうんです。この眼も同じです。ですから、“凍夜”の発動は可能というわけですよ。
でなければ、僕はもうとっくに“紫司凍夜”ではなくなっています」
凍夜の口調は軽かったが、その台詞に場の空気は一気に重みを増す。そう、紫司凍夜という名は“紫眼”という紫司の誇る才能、凍夜という日本最強の魔法を駆使する者に与えられる名なのであって、只の紫色の瞳をした者に与えられる名ではない。
つまり、その名を冠する彼は未だにその能力は健在であるということを証明していると言える。そしてこの話題に触れるということは、逆にこの目の前に居る人物が“凍夜”ではなかったら? ということを暗に言っている様なものでもある。
それは最早、不敬などというレベルではなく最早存在の否定だ。故に普通ならそれに触れられよう筈もないことで、皆が気を重くするのも当然なのだった。
だが、それは普通ならという話。ここにはその普通でない人物がいる。
「本当に、シヅカちゃんがシヅカちゃんのままで良かったわっ! 別の名字だと、こうはいかないものね(笑)」
そう、当人たるその凍夜が普通ではない。そして、それを知りまた同時に皆の気持ちも理解出来る沙樹がこの場にいた。
「別に、中島さんに喜んで貰うためにそうであるわけではありませんけどね。それに、そう呼ぶのは中島さんだけですよ」
「そ~お? 可愛い呼び名だと思うんだけど、何でみんな呼ばないんだろ?」
沙樹はこの話題を既に中学のときに経験済みだった。
「男にちゃん付けしても気持ち悪いだけです。普通の感性の人なら、まず呼びませんよ」
「うーん……それつまり、あたしの感性が普通じゃないと、そう仰りたいのかしらシヅカちゃん?」
凍夜がこの手のことを心底どうでもいいと思っていることを、中学時代に散々思い知らさた経験を生かし、沙樹は皆の回復を図るためにどうでもいいような会話を凍夜と繰り広げる。
そんな沙樹の心遣いに感謝しつつ、それに合わせて応えていたのだが、どうやら自分は彼女の何かのスイッチを押してしまったらしいことに、彼女の顔に溢れる『営業スマイル100%』を見て気づかされた。
こういうときの彼女は危険である。っと、経験が告げている。
中学時代は、友人たちと共に"年に相応しくない"馬鹿なことも幾つかやって来た経験がある。
集団心理というものは恐ろしい……一人では絶対にやらない様なことでも、複数人で集まれば喩え馬鹿げたことだと分かっていても出来てしまう。凍夜はそれを、身をもって体験したのだ。
そして、沙樹はその事を知ってる。それはある意味非常に恐ろしいことであった。
沙樹のお陰である程度弛緩させることに成功されたことにより、各自は自由を取り戻した。
生徒会の話も本題は既に終えているので、香里も毅も再度そのこと話題に挙げることはなく、皆は折角の花見を堪能しながら、また思い思いの話題に華を咲かせていた。