▼~厄災・地編~ 68.宣戦布告?
沙樹は先程教室で感じた違和感の正体にここに来て漸く思い至ることが出来た。
この場に集まる内の五人が初対面であるということを考えて、後々訊いてみようと思うところだったのだが、いつの間にか声は我知らずに漏れ出していた様で、皆が何事か? と視線を沙樹に向けていた。
「どうしたの中島?」
「えっ!? いや……その……なんでもないよ」
麻里奈に問われて始めてその状況に気付きバツが悪く言葉を濁す。
「ああ、これですか」
しかし、その沙樹を見て――――正確には、惚けている状態の沙樹の視線と彼女の反応と性格を考慮して、その意味するところを凍夜は正確に読み取り、視線の的であった箸を持った右手を軽く振って見せる。
花見に来た一行は場所を確保して昼食を取り始めたばかりだった。
凍夜の弁当に対して少々思うところのある沙樹は、何気なく凍夜の弁当に視線を向けていた。そのとき視界に映る弁当の中身を箸で摘む凍夜の右手、その“何の変哲もない右手”こそが教室で沙樹が感じた違和感の正体だった。
「そう言えば、中島さんには直接お話したことなかったですよね? 知ってますか?」
「ん~……一年の時に、何だか色んな噂があったのは知ってるけど、詳しいことはね…………」
凍夜との付き合いがこのメンバーの中で言えば古株であり、そして彼女より長く時を過ごし親密でろう筈の二人ですら知ることない中学時代のこと知る沙樹。
「半場さんや真殿くんあたりからとかは…………ないな」
だがその実、中学時代のメンバーで言えば三年の時にグループに加わった新参者(?)である。
更に、一・二年時には関わることもない関わってはならないと、意図的に接触は勿論のこと情報も絶っていた。それが三年のある日を境に激しく悔やまれることになるなど露知らず……
それ故に沙樹は『七不思議』の正体(凍夜が暴露したことの真相)を知らぬものが多い。
「まあね」
そこで二人で同時にクスリと笑い合う。
(お兄様が楽しそうにしていらっしゃるというのに…………何故……?)
スッキリしない…………、そんな二人を見て小夜は今までに感じたことのない妙な胸のつかえを感じ、それを少しでも払拭しようと、弁当を食べるために適度に空けられた凍夜との距離を正座したまま、拳一つ入るかどうかという距離までにじり寄る。
「ちょっとなんなの? 二人だけで楽しいそうにしてさ、アタシらにも教えてよ」
小夜の行動は麻里奈のお陰で誰に知れることもなく行われた。
「仕方ありませんわ、麻里奈さん…………沙樹さんとお話になられてるお兄様は、私のことすら気遣ってはくれませんもの…………」
っと、少し態とらしく寂しげな表情をしてみせる。勿論、態度こそ態とであれ大いに本気である。麻里奈の関係は先の一件で随分と進展しているようだ。
表面的な言葉のみを聞けば自己中心的で傲慢な発言だが、小夜という人物を鑑みるにその意図は感じられないし、当然小夜自身もそのつもりはない。
凍夜が小夜を大事にしているのは、知り合ったばかりの沙樹や麻里奈にも一目瞭然で分かる程に、誰の目にも明らかである。
それ程の好意を受けている本人である小夜が、それを感じていない訳がない。万が一それを無自覚でいるならそれはそのことの方が罪であり、そしてそれを当たり前であるなどと思っているならばそれこそ愚者であると、小夜はそれを重く受け止めている。
「ふふっ……小夜は案外嫉妬深いんだね。それは知らなかったな」
凍夜はからかう様にさらりと言ってのけて、小夜の一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。
羞恥心、そして凍夜よって嫉妬という指摘されることによって更に複雑に渦巻く感情が、涙を誘発させるのには十分だった。
「ごめんね。そうやって普段見られない表情がとっても可愛いからつい悪戯したくなちゃった」
「お兄様の…………意地悪……」
そんなことを平然と言ってのける兄に対して、妹ですら面と向かって顔を合わせることが出来ず、隣に座る兄の服の袖を摘んで、俯き加減にそう返すのがやっとだ。
「嫌いになちゃった?」
俯く小夜の頭を撫でながら、先程謝ったばかりだと言うのに、舌の根の乾かぬうちにこれでもかということを言ってくる。
嫌いになれるわけがない。嫌いになることなどありえない。
そんなことを訊かれたら、全力で否定して大好きだと“告げねばならない”ではないか…………
「お兄様~~、それ以上はいくら私とて本気で怒りますわよっ!!」
そんな分かりきったことを訊く凍夜に、遂に(色々と)限界を迎えた小夜が珍しく強きな態度で挑む。
『もう知りませんっ!!』
っと、凍夜から顔を背ける。だが、それも睦み合いの一つとして、凍夜が少しだけ必死に小夜を宥める。
そんなコテコテの漫画の展開を誰もが予想し、この兄妹の溺愛振りにうんざりする。
だが、彼らの予想はこの二人を前にしてそれでもまだあまいのだと思い知らされる。
「私が、例え冗談でもお兄様に嫌いなんて言葉が言えないことくらい、ご存知な癖に…………」
今日のお兄様は本当に意地悪……、そうは思っていても、どれ程意地の悪い質問であろうと、凍夜から想いを測る様なことを言われては小夜にそれを応えないという道はないのだった。
「うん、そうだね」
小夜のその言葉を当然として受け止めるあたり最早流石としか言いようがない。
流石としか言いようがない。が、そこに敬意を込められるか? と問われればこの場にいる誰もがNoと答えると断言出来る。
それ以上二人のじゃれ合いを見せ付けられるのは、健全な高校生には目の毒だ。
止めろ、というよりも消えろっと言ってしまいたい衝動を誰もがグッと堪え、先程までは目の当たりにした二人の姿の所為で失せてしまった食欲を、無理矢理奮い立たせる様に各自中断していた食事を再開し始めた。
「それでは、本題に入らせて頂きましょうか」
当然お腹が空いて来たから食事をしようと思ったわけで、食べ始めれば胃が思い出した様に空腹を訴え、沙樹の妙な反応で中断されて、凍夜と小夜の所為で更に脱線していた皆の食事が漸く再会された。
その間に沙樹の反応の原因である凍夜の右手についての話、そしてお弁当から発展して『お嫁さんにしたい男の子』など大いに盛り上がり、皆が食べ終わったところで漸く副生徒会長の二人、清水と草尾の本題へと入ることとなった。
「申し訳ありませんけど、お断りさせて頂きます」
凍夜が膠も無く即答し、小夜と神埜も同意する。最も、小夜の場合は凍夜の意志に関わらずこのときの凍夜の意見に賛同したまでであり、神埜の場合はそれとは逆に凍夜の意見に関わらず彼の意志に従ったまでという違いがあったわけだが……
「何か特別な理由でも?」
「質問を質問で返して申し訳ないのですが、逆に問わせて頂きます。何故僕らを?」
「心当たりはあるかと?」
香里は凍夜の質問にもはっきりとは答えず問うように返す。
「僕個人に関しては、まあなんとなくの察しはつきます。ですが、何故彼女たちまで?」
「端的に言ってしまえば、小夜さんと蒼縁さんは凍夜さんをお誘いするそのついで……という言い方では語弊があるのですが、そうですね…………
お二人の場合は我々のあわよくばという程度の願望といったところです」
「成る程。飽くまでも今回のターゲットは僕ということですか」
「ええ。貴方に生徒会に入って貰うこと、それが貴方の平穏な学校生活への近道であり、延いては学校の平和であると私たちは考えています」
自身にある問題点は把握しているつもりだ。それに伴う周囲への影響も大凡の予測はついている。
だが、それと生徒会への入会というのは凍夜の中ではどうしても繋がらない。
確かに生徒会という組織は、個々の意識差はあるだろうが一般生徒から多少なりとも敬いの対象として見られるものだ。だがそれは選挙という生徒の総意を繁栄させた結果である。
その総意を居られぬ者の果たしてその恩恵はあるのか?
否、そもそもの話選挙の時点で対象外なのではないのだろうか?
思うことは多々あるが、それを彼女らに問う前に香里の方からその話を振ってくる。流石にそのあたりのことは織り込み済みということだろう。
「皆さんはご存知ないことだと思いますが、国立魔法科の生徒会という組織は他校のそれとは若干趣が違います」
彼女は、『国立魔法科』と言った。それは正しくその通りで、常盤校が特別というわけではないというのは勿論のこと、育成課全校のみならず各法術高専校をも含めた国立の魔法科ということだ。
「まあ、実際のところ“学校側”としては通常の組織なので、本来なら何ら特別なことはないのですが、国立魔法科のその教育スタイルが“生徒側”にそうさせているという状態です。
ですので、これは入学して初めて分かることであり、暗黙の了解ということで他言無用でお願いしますね」
「それで、その特異な趣というのはどういったものでしょうか?」
生徒会或いはそれに連なる者たちに対する一般的なイメージと言えば、成績優秀・品行方正などが多く挙げられる。そして、同じ生徒としての立場に在りながらに、一般生徒とは一線を画す存在へと昇華されて認識される場合もある。
またイメージだけに囚われず、実際に生徒会という組織に相当範囲の権限を与えている学校もある。
国立魔法科の生徒会という組織には流石にそう言った特別なまでの権限はない。そう、普通の……飽くまでも極々普通の生徒会である――――――――筈だった…………
「まあ、端的に言えば『雑用係』だな。
ウチの学校は……というか、国立の魔法科は高等学校とは名ばかりの魔法師養成機関だ。そんでもって、生徒には(国立)普通科と同等の一般教養と一般私立以上の魔導水準を求められるっていう実に生徒泣かせのな。
うまい餌で誘っておいて、この仕打ちだ。それが公的機関として通ってるんだから悪の秘密結社もびっくりだぜ」
毅は実感の籠もった実に嫌そうな声で語る。
そのままぶつくさと別のことを語り出したので、香里が話を引き継いだ。
「まあそんな感じで生徒は公は勿論、私の時間のその多くを勉学に費やすことになります(苦笑)
それに、国立と言えど有名大学への進学や大企業への就職はそれ程容易ではありません。
学校としては成績上位者から推すわけですから、その競争は更に激化することになります。そうなると学業外のことは出来うる限り関わりたくないというのは最早必然です」
「成る程、つまりはそれを自分たちの代わりにやってくれる生徒会という組織は彼らにとっては都合のいい集団ということですか」
「その通り。生徒会役員に何かあればその代償として、自分たちの誰かがその穴埋めをしなければならない。それが別の誰かなら構わないが、万が一にも自分であったなら困る。
という思いと、自分たちの代わりを担ってくれているのだからという負い目から、生徒会は生徒からは優遇されている。という訳です」
その都合、生徒会選挙というのは実質的に無いに等しく、立候補者が出た場合には即座決定といってもいい。…………最も、その立候補者という者が基本的には現れず擦り付け選挙なるもので行われるらしいとのこと……
「まあそういうことですから、凍夜さんが生徒会に入って頂けるというのであれば、それに異論を挟む者はありませんし、凍夜さんに対する不平をある程度抑止出来るのではないか……と、お誘いしている訳です。
これは貴方に対しての擁護対策であると同時に、全校生徒のに対する処置対策であるともご理解下さい。
こう言っては何ですが貴方一人のために、他の生徒たちに短い学校生活の貴重な時間をつまらないものにして欲しくはありませんから」
流石にその物言いには小夜を始めクラスメイトたちも反感を感じ得ずには居られなかった。
「あっ……! お兄様…………」
だが、それを凍夜自身が即座に諫めた。
「清水先輩は生徒会には立候補した口ですか?」
「ええそうです。良く分かりましたね?」
確かに香里の物言いは褒められたものではないかもしれない。だがしかし、それは香里の全校生徒へ対する真摯さの現れでもある。
自分に対することなど元々気にする性分ではないので、彼女に対する印象が悪化することはない。
然もその逆に、その真摯な想いを感じ取った凍夜は快く感じ、またはっきりといいきった彼女に頼もしさも感じていた。
頼もしい反面、それはこの場合に置いては厄介でもあった。
凍夜としては受けるつもりは毛頭ないが、彼女の説得はなかなかに執拗で、ある意味魅力的とも思えた程だ。
三十分以上の問答の末どうにか一つの決着を見た。
「それで、生徒会に入っていただくという私たちの意見以外に、どんな妙案が?」
凍夜…………否、詠歌とてあんな紹介の仕方をして万事上手く行くなどとは思っていない。
否、更に言えば、詠歌にしてみれば、その反応も全て含めた上で成功への道だと言っていいかもしれない。
何せ凍夜はその対策としての法案をもう既に今朝の段階から詠歌より賜っていたのだから。
「そうですね。取り敢えず、来月の校内戦で無差別級優勝ってことで」
感想は切実に求めています
執筆意欲にも大いに関わってくるので、宜しくお願い致します