表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/73

63.戦神VS炎神1

 神埜と妃依里を寝かしつけた俺はあいつから与えられた仕事をこなしに炎嵐へと向かう。

 自分の体ではない体を扱うという奇妙な体験をさせられている訳だが、この体は実に扱いづらい。

 体の設定が完全にあいつの仕様になっている所為で、俺はに正直扱いこなせない代物だ。

 特に厄介なのが頭だ。

 出てきてからずっと頭の中がゴチャゴチャですっきりしやしない。

 『高速演算思考』とか言う能力の所為で、色んな情報を捉えすぎる。

 脳が処理出来ても、俺という人格がそれを処理しきれていない。全く持って、宝の持ち腐れもいいところだ。

 だが、文句など言えよう筈もない。仮にとは言えまたこうして生有る感触を味わうことが出来ているのだから…………

 だが、だからこそ煩うこともある……………………俺がこの体を使うということを彼はどう思うのだろうか…………

 俺なら許せないという程度の感情では収まらない筈だ。

 しかし、その彼は今はいない。俺を責め様にも最早それすらも出来ないのだ……

 だからこそ今はそれを気に掛けている場合ではない。

(それを思うのであれば力に変えろ、こんなことで償いになるとは思っちゃいないが、俺に出来るのはそれだけなのだから)


 それにしても、流石は『大壊の巫女』様でいらっしゃる。これ程大がかりな仕掛けを組み込めるのは彼女だけだろう。

 その仕掛けの所為でこうして俺が呼び出されることになった訳だが…………

 あいつはこれをどこまで考えていることやら、俺には想像も付かない。

 元々こうするつもりはあいつの頭にも無かった。

 然しものあいつもこの天の厄災ヘブンズ・ディザスターが人為的に作り出されたともだとは思ってはいなかった。しかし、アカシックレコードから情報を参照しようとしたときに見えたのは、ファナの姿だ。

 然も肝心の構成術式部分はかなり強力なプロテクトが掛かってて読み取れなかった。

 辛うじて分かったことと言えば、こいつは『炎神の住処(イーフリーハビテット)』“そのもの”ってことぐらいだ。


 俺を呼び出したってことは、少なくともアレを使わせるつもりなんだろうが、幾ら何でもこの規模を全て塵にするのは不可能だ。

 流石に巣からアレを引きずり出さなきゃ話にならないが……

 こいつの体はライズが出来ない。となれば、法術か第三技法サードギミックでどうにかしなけといけない訳だが、生憎と俺も魔術系の魔法師でそっちの系統には疎い。

 さてどうしたものか? っと、取り敢えずあいつの記憶装置を参照する。

 すると有るは有るは、あいつの記憶装置の中には大量の術式が記録されていた。

 今好ましいのは、大規模且つ周囲に余り影響が出ない代物だ。

 そんな都合のいい魔法があるのか甚だ疑問ではあるが、取り敢えずは探して見る。


※※※※


「ねえ、沙樹? 凍夜くんどうしちゃったの?」

 その問いは彼の今の様子に対するものだ。

 あの凍夜が、幾ら自分たちよりもより身近で特別な関係にある者たちとは言っても、誰かにそれも女の娘に手荒な真似をするとは到底信じられなかった。

「そんなこと私に訊かれたって分からないよ……」

 この小夜と神埜の意識が無い今、確かに彼を一番知るのは自分だろうが、だからと言って自分が彼のことをどれ程知っているかと言えば大したことは知らない。

 そして、沙樹の知る数少ない彼の人となりを思い浮かべても、今の彼は沙樹に取っても馴染みがない。

 逆に、そうでない彼との時間が長く占める沙樹だからこそ、今の凍夜の変貌振りは麻里奈たち以上に困惑の的なのだった。


『さて、全部隊員に告げる。これより、海上は俺のテリトリーだ。誰も通すな。いいな、誰もだ』

 眼前に広がる海へとその歩みを進め、波の揺蕩たゆたうその上に野を行くが如く足を踏み入れ淀みく"カッポ"する。

『障壁部隊は特に注意していてくれ、ちょっと“荒らすぞ”』

 声は誰の耳にもはっきりと聞き取れるにも関わらず、間近で発せられているかの様な声量で耳に届いてくる。『彼』が天の厄災ヘブンズ・ディザスターへと向かい、確実に遠ざかっているとしてもその声量に変わりはない。

 念話テレパスではない、言語思考に直接介入される様な感覚ではないし、なによりはっきりと耳から音が伝わってくる。魔粒子通信(パスト)では限定的過ぎるし、況してや双脳通信チャネリングということは絶対にあり得ない。

 如何いかな法かも定かに出来ぬ遠話法を用いて語られる『彼』からの言葉には、いつもの様な和やかさもなければ語調すらも違う。

 これでは丸で………………


 『丸で人格が変わった様だ』と、多少なりとも彼を知る者たちは当惑させれた。


※※※※


 凍夜が歩み始めたと同時に彼の方から風が勢い良く吹いてくる。様な、感覚を感じる。それは高密度の魔粒子ヒスの流れ。

 凍夜が凄まじい勢いで高密度の魔粒子を周囲に撒き散らしているのだ。

 だが、そんなことになんの意味があるのか? 多くの者が疑問を感じずにはいられない。

 魔粒子の使い方など活性魔粒子ラピス魔粒子結合体ミストラル或いは魔粒子通信パストと言ったところだ。

 前二つは今放たれているのが単なるヒスであるという点で有り得ず、パストも先の遠話法があるのならこの場合はないと考えていいだろう……

 何かの意味はあるのだろうが、その意図を正確に読み取れるものはこの場には誰も居合わせてはいなかった。

 否、正確には意識のある者たちにはということ。

 その答えを知り得るであろう二人は、先刻凍夜自身によって失神させられているからだ。


「恐らくは、サードギミックの類だろうが…………これだけのヒスを散蒔いてどうするつもりだ?」

「サードギミック?」

「知らないか」

 まあ、当然か。と思い修之は智之に説明する。

「サードギミック、魔術の魔導の分野と法術の二系との複合技術による擬似的な魔法のことだ。

 疑似魔法げんしょうそのもの若しくは第三技法ぎほうをそう呼ぶ」

 修之の説明によれば、先程の遠話法もそれらしい。

 凍夜が放っていてこの空間一体に満ちている魔粒子、その魔粒子を『等振法とうしんほう』という音振系法術で振動させることにより、彼の言葉がリアルタイムに耳に届いたということだ。

 等振法というのは、範囲を限定的にすることで一定空間内を一気に振動させる技法らしい。

「成る程、それで? わざわざみんなに伝言するためになら、これだけ大量のヒスは必要無いだろ?」

 現代魔法士の典型たる智之は、魔術以外のことは知らない。否、凍夜に出会い、魔導の基礎を習う様になってからそれすらもまだまだ未熟であることを知らされた。

 その智之ですらそれくらいのことは分かる。

 凍夜の放つ魔粒子の量は大魔術と言えど消費するものではないし、自分の最大魔溜値(MP)の軽く数倍は行っている…………人間一人にこれだけの魔粒子が保持出来るものなのか? と驚かずを得ない。

「さあな、俺とて流動系(AP)形象系(SP)を少しかじってる程度だ。それ程詳しいわけじゃない…………」


『oh~oh~~oh~~~』


 当然遠くから旋律に乗せられた流麗なる歌声が響いてきた。

 遠くからだというのにその声がしっかりと通りしっくり響いてくる。


『oh~oh~~oh~~~oh~oh~~oh~~~』


 気付けば凍夜はいつの間にかかなり遠くの位置にまで離れていた。

 眼を離した隙などない瞬きだけで、ずっと見続けていた。

 彼の歩みは常人のそれの筈だと思っていたが、海上の上で他に比較する対象がないために、認識を誤っていたのだ。

 気付けば無意識の内に視力強化まで使ってる。周囲を窺えば、遠視の限界を超えたであろう者たちは投影を使って凍夜の姿を映し出している者すらもいる。

 肉眼での視認などとても出来る距離にはもう彼はいなかった。


『oh~oh~~oh~~~oh~oh~~oh~~~』


 間違いなくこの歌声は彼から聞こえてくるものだった。

 心の奥底から何かを揺さぶれれる様な…………

 意識は落ち着かされるのに、昂ぶる何かを感じる様な…………

 何とも言えない不思議な感覚をこの歌を聴く誰もが感じていた。


※※※※


『oh~oh~~oh~~~……………………』


 歌声が止んだ…………それと同時に凍夜の歩みも止まる。

 そして、忽然と凍夜の姿が視界から消えた。

 だが、その姿は直ぐに見つかった。

 獄炎嵐イーフリーハビテットその炎の嵐から幾ばかりもの炎の光条こうじょうが伸び、丸で意志を持って獲物を捕らえんとするかの如く蠢き、海上をせていたからだ。

 当然その狙いの先には凍夜がいた。


《凍夜IS:oblivious/kalafina》


 光条の正体は炎の化身たちだった。一体一体が形容仕切れない複雑な生物の様な形を持って、凍夜に襲いかかっている。

 その動きが速いために、その体の炎の輝きが線を描き光条と化していたのだ。

 襲い来る光条の数は数百ですらまだ足りない。

 それらは大本の炎嵐えんらんから出てきている。一体躱す間に、数体数十体と姿を現し凍夜へ襲いかかる体勢を取っていくのだから切りがない。

 一度に襲い来る光条と化した炎の化身たちの数も秒を追う毎に数を増える一方だ。

 形を持っているとは行っても、実際に肉体があるわけでもなく仮にあったとしてもあれらは炎、人間の様にお互いの事を気に掛ける――そもそもあれらに意志なるものが本当にあるのかすらも分からない――必要がない。

 一撃一撃が丸で線の様に繋がった途切れることのない攻撃へと達している。

 しかし、それでも凍夜と捉えることは出来ないでいた。

 あるものはその流れる動きで躱し、あるものはその動作の内で軌道を反らされて同士討ちに合い、あるものは彼の手に触れられて消える…………

 その光景が余りにも美しくて皆の心は奪われた。

 全てが予定調和。丸でそう思わせるような鮮やかでいて勇ましく、軽やかで壮麗な光景。

 彼の纏う神子装束と本来は襲ってきている筈の炎の化身すらとが相まって、彼自身がその炎を手なずけている様にすら見える。

 これは舞なのだと誰もが思わされる。

 彼は戦っているわけでない。ただ舞っている。

 そして、あの炎の化身たちはその舞を彩る華でしかなかった。


※※※※


「馬鹿なっ! 一体これはどうなっている?」

 事態の異変に気付いたのは、水が弾ける様な爆音を聞いてからだ。

 今の段階ではまだ処置行動に移る計画はない。

 一体何があったのかと思って来てみれば、何故か小夜と神埜が意識を失わされて凍夜が前線に赴いている。

「彼は何とも?」

 珍しく人前で動揺を見せる詠歌に誠吾が確認の意味で問い掛ける。彼女が計画したことなら、彼女が狼狽えるわけはないので、彼の独断であるのは明白だ。

「私は何も聞いていない。どういうつもりだ…………」

 流石の詠歌も彼の真意は測りかねた。

 今の彼の立場では注目を集めさせるわけにはいかない。それは、こちら側の問題だけでなく、彼個人のことにも当てはまる。

 彼がそれを押してまでこういった行動に出たということはそれなりの理由があるのだろう、ということは分かる…………分かるが、到底割り切れるものではないというもが現実。そして、心というものだ……

「それで、今彼は何を?」

 誠吾は丸で『神楽』を演じる凍夜を見ながら詠歌へと質問を投げた。

「発動する魔法の特定は出来ないが、アレは『歌奏舞闘マスカレイド』」

 音振・流動・形象という三大法術を駆使する超高度な法術系の武闘様式。

 指先の動き一つで成否が分かれる程の精密な演術力が問われるもので、本来なら直接戦闘で用いる様な代物ではないのだが、彼はそれを実戦レベルで使用出来るまでに昇華させた。

「歌い奏で舞うその全てが魔法となる彼得意の舞武闘です」

 最も、まだ完成系ではないがっと付け足す。

 本来なら奏でるという行為も含まれるが今の彼はそこまではしていない。

 今自分たちに聞こえてきている音、歌や曲は彼の実際に発されている言霊に乗せられているだけに過ぎない。

「成る程、それでマスカレイド:仮装舞踏会ですか。となると、今彼が発している言葉が、音振系の極意『世界言語ゴスペル』というわけですね」

 世界に影響を与え魔法を引き起こす言葉、それ故に別名を魔法言語とも言われる音振法術の極意。

 その音を他者に知られぬ様に、術者は自分の発する音に概念付与アストライズを施してその音の意味を変質させるのだ。

「通常の歌湊舞闘は、その歌や動きの一部に単発の魔法を仕込み発動させるものですが、今の彼にそれらしい(魔法の)動きはないので、恐らくアレは全てが完了することによって初めて意味をなす儀式型でしょう」

 成る程と相づちを打ってから改めて、凍夜に意識を集中する。

 そして、丁度彼の歌が終わろうとしていた。


※※※※


《我が舞に誘われ、我がみことのりに従え、炎食の邪神獣エフラ・フォロ・ア》


 凍夜の歌が終わりを迎えたその時、海上には幾つかの巨大な黒い球体が姿を現した。

 巨大な球体は次々に炎嵐の中へと飛び込んでいく。

 そして、幾ばかりもの時間も経たぬ間に見る見るうち炎の量が減少して行く。

 このまま全ての炎が飲み込まれるのかと思われた。

 だが、巨大な黒い球体が突如一つまた一つと何かに断ち切られて潰えていく。

(出てきたか)

 しかし、それこそが彼の狙いだった。

 瞬く間に三十程は軽くあった筈の巨大な黒い球体がほふられた。

 そして閃光が一条、凍夜へと襲い来る。

 凍夜は両の手に刃を構え、自らも閃光へと突撃する。

 凍夜と閃光が激突して、衝撃が走る。凍夜の突撃は閃光に食い止められ、閃光の強襲は凍夜の刃に阻まれた。

 両者が相対し、閃光の動きが止められたことによりその姿が露わとなった。

『我が揺りかごをかの化け物に食わせるとは、貴様消滅に値する。ただの死では終わらさん、過去・未来全てに置いて貴様という存在を焼き尽くしてくれる』

「人間の都合で勝手に呼び出されて、巣を荒らされて怒るのはご尤もだが、こっちもそれではいそうですかと言う訳にはいかないんで、ねっ!!」

 力を込めて相手を弾き、自分も下がって距離を取る。

 月御衣つきみごろを着ていたから良かったものの、そうでなかったら近づくことも叶わぬうちに焼け死んでいただろう。

 それ程までの熱量をこの相手は纏っている。幾ら戦神専用の武装たるこの月御衣――核の雨の中でも十日は裕に過ごせる代物――と言えど、これ程の熱量を当てられ続ければ長くは持つまい。

『ほざくなよ人間。人間風情にこの我を止められると思うなよ』

「一応こっちは『神をも殺す』って触れ込みなんでね、悪いがアンタには退場願うよ」

『ぬかせ!!』

 二人の距離はまた縮まり紅蓮の爪牙そうがと銀の刃が再びまみえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ