62.戦神~覚醒~
「それで? 今回のこの件はどういうことなのかしら?」
その声に責め立てる声色なくファナは問い掛けた。
「さあな。俺の方が知りたいくらいさ。アンタらよりも寧ろ俺の方が余っ程驚いてるんだ。少しは察してくれよ」
「だろうな。あんなことが可能なのは本物の『紫司凍夜』だけだ。だが、それがあの場にいないことを俺たちは――いや、お前は誰よりも知ってる。あんなことをやられちゃ、流石のお前も動揺するなって方が無理だろうな」
動揺など全く感じさせない態度でヒューガが応じるが、誰もそれが嘘だとは思っていない。
それどころか、この状況に直面して尚態度を崩さない当たりは流石だと感心する程だ。
「だが、ヒューガあれは本物なのか?」
「さあね。ただのトリックか……将又何かしかのギミックか……」
見せかけだけの偽装である可能性は十二分にあり得る話であって、更に言えばその方が一般的常識に乗っ取った思考をすれば高いと言える。
だが、一般的思考などこと彼らを相手にするならば無いに等しい。
正攻法・奇策・大手・搦め手、それら全ての中にどれ程のものであろうと可能性があるのなら、それはあり得ることなのだ。
「ダイヤを流用すれば可能なのではないかしら」
低い可能性の中のその一つになりえるだけの仕掛けについてファナが案を出した。
「確かに、根源概念は同一の系統だ。神魔法までの昇華は無理だとしても、高位魔法としての使用は可能かもしれないな」
「もし、そうであるならターゲットがやつ一人に絞れるという点では手間が省けるが……」
「流石にそう甘い相手ではないな」
彼らの今現在の目的としているものそれが通称『ダイヤ』、彼らヒュストレムとヒューガの最終的目的を達成させるために必要とされているものだ。
「そうだな、それにどうにしろ厄介な相手だ…………」
彼らのこの“厄介”の言葉には二重・三重に意味が含まれる。
当初ただの囮だと思われたT1が実のところかなり特殊な能力者であること。
そのT1がある特異な魔法を使用したということ。
それが、本物なのか否か。そして、方法論としてあがったダイヤの使用の可能性について…………
ざっと挙げただけでもこれだけあるのだ、もっと細かく煮詰めていっても減るどころか増えてくに違いない。考えなければならないことが多すぎる……
向こうの『反撃』は確かに効いている。
「全くだ。丸で、“奴”そのままの厄介さだ」
「なら、その可能性もあるんじゃないですか?」
アルフェーノがヒューガの呟きに可能性を示唆する。
「なんだと?」
「そう睨むなよ。お前は俺を意識し過ぎだ。まあ、無理もないだろうけどね」
最初の紹介のそのときからヒューガとアルフェーノの仲は良好とは言えない。
そしてお互いにそれを隠そうとも、況してや好転させようなどという考えは一切持ち合わせてはいなかった。
「そんなことはいい。どういう意味かさっさと言え」
「そんなの簡単だよ。俺とアイツのことを考えれば答えは出るだろ?」
『禁燭計画』……誰も口に出しはしなかったが、それを思い浮かべる。
「アレが、まだ終わっていないと?」
「さあ、どうでしょう? でも、僕らが知らないだけって可能性は否定出来ないでしょう?
ヒューガが僕を知らなかった様にね」
ツァクアに対しては……否、ヒューガ以外に対してはこうして敬語で対応する様が、只でさえ似ているというのに、ある人物をより強く連想させてヒューガを苛立たせる。
そして、余計は一言も忘れず添えてくる。
「てめぇ~は俺に喧嘩売ってんのか?」
「やめろ二人とも。アルっ! お前もヒューガに絡みすぎだ!!」
ツァクアがアルフェーノを嗜めるが、この仮面の男にそれが効果がないことは明白だ。
「確かにそういう可能性もあるわけね。私たちは彼で完成してプロジェクトも終了したと思っていた訳だけど、実際はそれがまだ終わっていなかった……」
「もしくは、その成果を流用していたってことも考えられるわね」
「というと?」
「わざわざ一から全てを作る必要はないってことよ。部分的にでも作れれば、それでいいのではなくて?」
「確かに。完成体一つを作るのに掛かるコストを考えれば、その方が確実そうだな」
他の面々は、彼ら二人とそれを宥める(?)ツァクアを余所に話しを進めていく。
「『紫眼』の精製か…………確かに、あり得ないことではないな……T1は、ついこの間眼の入れ替えもしたのだったな? なら、それがそうであった可能性もあり得るか」
「でしょう? でもこれも憶測の一つでしかないわけだけど……」
「今は、憶測だろうがなんだろうが可能性が絶対にないと断言出来るもの以外は考慮する他あるまい。お前のコウモリじゃこれ以上の情報は望めないだろう?」
「残念だけどね…………」
「やらやれ、ターゲットを絞り込む筈だったのに、余計にこんがらがって来ちまったな~」
他のメンバーが真剣に話し合う中で一人何も発言せずにただ寝転がっていたニッドが他人事のように呟いた。
「なあ、この際あのT1はアイツってことにして、いいんじゃね~の?」
「馬鹿を言うなアイツはもう死んでる。それとも俺の言ってることが信用出来ないってか?」
その言葉にヒューガが即座に反応して、アルフェーノの所為で高まった感情を抑えきれずに問い返した。
「そういう訳じゃね~よ。ただ、アイツに関しちゃどんなことがあったって不思議じゃね~だろ?
“お前が”正面からまともにやりあって、負かされる相手だぞ? お前には悪いけど、お前が騙されたってことだってあり得るんじゃないのか?」
「…………確かにな……、あいつなら何をしても不思議じゃないかもな……なら次は俺も行く。直接俺の目で確かめてやるさ。T1の正体を…………」
「なら、僕も行きましょう。もし、彼が本物だと言うのなら、会っておきたいですからね」
※※※※
敵を騙すならまずは味方からと言う言葉がある。
しかし、この場合本当に騙したい相手は誰なのだろうか…………
味方と呼べる者たちのことか…………或いは……
※※※※
凍夜が陣の中心の円の中で腰を下ろし、座禅を組む。
凍夜を囲う円の直ぐ横に立つ小夜と沙樹が凍夜の合図で彼の肩に手を置き、これで陣の完成となった。
「では、始めます。皆さんは暇でしょうがそれはご辛抱願います」
その声は、互いに手を取り合い数珠繋ぎになって陣に整列する全ての生徒たちに一斉に駆け巡った。
眼を瞑り意識を自身の霊体へを集中する。
凍夜の両肩にそれぞれ片手を置く小夜と沙樹は触れているにも関わらず、そこから人の気配が抜け落ちていく様な感覚を覚えた。
手から伝わる人の体温は何故かその暖かみを感じずに、人肌の熱を持った何かの様にすら感じてしまうのだった。
『六道遁甲陣』、アカシックレコードから情報を引き出すための儀式陣。
アカシックレコードとの無意識領域での繋がりである『濫觴道』というものがある(とされている)。
その濫觴道を凍夜は特技である波導調で自己の概念器官を他者の霊波動と導調させることで、同期させる。但し、この場合は全員を一斉に同期させる必要があるので、得意であろうと容易いことはない。
何しろこの場に集まったのは六千人弱、その全てと同期するということは、凍夜一人で六千通りもの霊波動を発生させなければならないというとこだ。並の魔法師ならば不可能なことであり、一流の魔法師と言えども向き不向きによっては不可が分かれる程のこと。
更に、今の凍夜は血系吸収の能力により月友家の過去視――正確には過去視という能力を可能にするための特異なる魔法体質を取り込んでいる状態でもある。
脳の他の機能を犠牲にすることによって得た高速演算という能力が無ければ到底為し得ることの出来なかったことだ。
そして、六千人分もの濫觴道を一つに同期させた状態で、陣を介することにより擬似的に一つの群体意識として統合する。こうすることにより、先ずはアカシックレコードより情報を引き出すことを可能にする。
継貴の言ったように、とてもではないが本来人間一人の脳、意識レベルでは情報量が大きすぎるあまり読み取ることすらできない。それを、出来るようにするというのだから“多少”の無茶は覚悟の上だ。
高校生を集めたというのは、大きく政治的・外向的な問題に起因する。
本来なら軍人を集めて行うべきことではあるのだが、軍を大きく動かすというのは他国に対して余計な警戒心を抱かせる。
――――というのが表向きのいい訳で、実際のところは凍夜を余計な人目に触れさせぬためだ。
彼が『凍夜』ではないということを知るのは、四柱の中でも一部に限る。紫司の親族ですら知らされていない者もいる程の秘中の秘。
この作戦に参加している軍人は二百余名、その殆どが橘たちと同様に人員転送の担い手で、その他は生徒たちの安全を確保するための防護障壁を展開する部隊で構成されている。
更にこの作戦は、こちらにとっては一つの作戦行動ということになっているが、軍としての記録には同時進行で行われている個別の訓練という扱いになっている。
常磐校舎に来た橘は二三歳とかなり若い、だがこれは橘が特別若いということはなく、今回の転送部隊は全員がほぼこれくらいの歳で構成されていた。
彼らは表向き、若手の避難――させるための――訓練を行っていることになっているからだ。この場合、実際に天の厄災が迫ってきているということもあり怪しまれることはない上に、魔法科の生徒たちは民間人を想定しての訓練という扱いになり秘密裏に人数も集められるので、都合がいい。
一方、障壁部隊の方は手練ればかりで構成された選りすぐりの部隊だ。
これだけの規模の厄災ともなれば万が一の場合には、主要機関だけでも死守しなければならない。その万が一に備えての訓練というのがこの部隊の目的――――ということになっているが、当然こちらも名目的なものでしかなく、彼らは魔法科の生徒と言えど民間人である彼らに一切の危害が加わらぬ様に配備されている。
これは諸外国に対する偽装の一つで、彼らがことの真実に気付くころには全てが終わっている頃か、若しくは今の段階になって漸く気付き、今々こちらの動きを追っている頃だろう…………彼らが、こちらの思惑に気付いてこの場に来る頃には全て完了している筈――していなければならない――なので、作戦そのものが失敗して“力尽く”という最悪の手段を取って諸外国に影響を及ぼさぬ限りは問題ない。
そして凍夜はその事の成否を一手に握っているのだった。
※※※※
魔法に置ける『能力』という言葉の意味は大別すると技術能力と保有能力という二つに分けられる。
スキルというのは、必要な技能を駆使して任意の意志によって発動させるもので、攻撃などのアクティブスキル、能力向上のパッシブスキルなど一般的な魔法の在り方がこれだ。
アビリティというのは、スキルを発動させるために必要な『保有概念属性:LAA』、体質や潜在的なもので“任意の発動をしなくても効果を発揮しているLA”と“その切り替えが可能なAA”とがある。
保有概念属性は属性という略で良く使われる。しかし、一口に属性と言ってもゲームなどの様な単純なものではない。複数の要素がありそれらの属性の組み合わせで術者の適正魔法が決まってくるので、魔法士には重要な素養となる。
LAとAAは一般的な表現では天恵属性と言われる。
特質的なもので、それそのものが魔法となる。つまりは、霊障による変異の現れ、当然誰もが持っているという訳ではない特異的な才能だ。
※※※※
過去視や未来視などの能力は魔法という超自然的分野に置いても更に特殊な能力に当たる。
それが何故かと言えば、魔法に限らず森羅万象のその殆どがアカシックレコードとの繋がりが無意識領域でのことであるのに対して、これらの能力は意識的領域でアカシックレコードに触れることが出来るからだ。スキルでは真似ることの出来ない、アビリティによる特異な素質。
凍夜が継貴から血系吸収で手に入れたかったのはその能力だ。
この能力にて、アカシックレコードに介入し炎神の住処の発動術式を読み取るということが今回の目的だ。
凍夜が精神集中させてから約二十分が経った頃、見た目からでは到底分かりようもない雰囲気の変化が現れた。小夜と沙樹は凍夜の肩に手を置きその間じっと只凍夜を見つめていたが、フッとそこに人間味のある気配を感じたのだ。
凍夜が目覚める。と、二人は安堵した。しかし――
「おいっ!! どういうことだっ!!?」
その大声に小夜たちだけでなく聞こえたもの全てが振り向けき、この陣列に加わっていなかった神埜の姿を認める。
だが、肝心の問われた当人だけは振り向くとこもしなかった。
常に感情の抑揚に乏しい筈の神埜の顔に、ありありと浮かぶ驚愕の表情…………
「どういうことだと訊いている!!?」
刹那、凍夜の胸ぐらを掴み有らん限りの怒気を乗せて問い詰めている。
流石の小夜も神埜の早さには警戒を怠っていた状態では対応出来なかった。
しかし、意識がその状況を認めたならば黙っていられる訳もない。
「何をしているのですかっ!?」
神埜を払いのけようと、彼女の腕を力を込めて握るがピクリとも動かない。
形振り構っていられる状況ではないので、魔力を込めた。しかし、それでも彼女の腕を引き剥がすことが出来ない。
かなりの力を込めている、握力だけでも300kgは超えている筈だ。小夜の身体強化ほぼ全力に近い力を発揮しているというのに全く持って歯が立たない。
地力が違いすぎるのだ。
だからと言って引き下がることは出来ない。
「お離しなさい!!」
小夜も他者に向けるには非常に珍しい怒気を包み隠さずぶつける。
「煩いっ!! “部外者”はすっこんでろ!!」
『部外者』――――その言葉が小夜の頭の中で木霊する。
(『部外者』…………
それは、私とお兄様の関係が“ない”ということ?
この女は、私が赤の他人だと無関係の人間だと…………そう言っているの…………?
この女が私の存在を否定する…………)
小夜の理性に亀裂が入った。
元々から神埜に対しては、ある種の恐怖心があった。その想いも相まって今までにない感情の昂ぶりを引き起こした。
「貴女こそ、お黙りなさい!!」
怒声と共に強烈な魔導波を浴びせ付けた。
「黙ってろ!! 今はアンタなんかに構ってる暇は…………」
神埜の言葉が途中で強制的に止められた。
凍夜が手刀で神埜の意識を刈ったのだ。
崩れ落ちる神埜の体を抱き留めて、
「悪いね、お嬢ちゃん。ちょっとこの“娘たち”を看ててくれるかな」
と沙樹に神埜の体を預けた。
凍夜の目覚めからの展開について行けずに呆然としていた沙樹は、その意味も理解出来ぬままに、神埜の体を受け取った。
神埜の崩れる様を見て虚を突かれた小夜も、今は思考が停止している。
神埜を沙樹に預けた凍夜の体が視界から消え…………そして、小夜の意識もまた、凍夜に刈り取られたのだった。
そして、今度は小夜のことをその後ろにいた麻里奈に預けて、
「さーて、“俺”の仕事を片付けるかな」
炎神の住処へと歩みを向けた。