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60.戦神武装

「それじゃ、今日もよろしくね」

 外に出る前、玄関の中で言葉と共に凍夜は左手を掌を相手に向けて差し出した。

 差し出された相手である小夜は、その手に自らの右手を重ね合わせて意識を集中する。

 ――――待つこと約六秒、凍夜は魔導波を関知する。

 先週の段階では十秒以上の時間が掛かっていた。しかし、ここ最近は毎日繰り返している事もあって大分スムーズになってきた。

「如何でしょうか?」

「うん、問題なし。そろそろ接触しなくても、任意で対象の設定が出来る様に練習してみようか」

「はい」

 そして、二人は外へ出た。先週からの雨が依然として上がってはいない。しかし、二人の手には荷物はなく、互いの腕を組む姿もいつもと変わらない。

 二人はシトシトと大粒の雨が降り注ぐ中を常と変わらずに歩いていく。先刻掛けた小夜の魔法の加護を受けながら。

 若干でも魔法の心得がある者なら、雨風を避けるという程度のことは容易にやってのけるのでそれ自体は珍しいとこではない。

 しかし、だだ擦れ違うだけの者たちでは分かりようもなく、暫し現象を見て気付くかどうかというレベルの些細な異変を二人は纏っていた。

 こういう雨の日に大概の者たちが使うのは、防壁の魔法であることが普通だ。

 頭上或いは全身を覆う防壁を展開することによって、雨を避けるという最も単純な方法である。

 それ以外にもいつくかの方法はあるが、どれもこれも"雨を避ける"という点に通じて、普通は目に見えてそれと分かるものだ。

 だが、二人は――――二人の周囲には、それらしい反応はない。一見すれば、魔法を使わずに雨に当たりながら歩いているかの様にも見える。

 しかし、二人が雨に濡れるということは勿論ないことだ。

 良く見れば雨は二人の体を通り抜けている。

 まるでそこには本当は人がいないかの様に、二人が幽霊であるかの如く降り注ぐ雨は一切の変化を伴わずに、あるがままに舗装されたアスファルトにまで届いていく。

 凍夜を名乗るのこ少年が、“小夜のために”本物の『凍夜』の死を祀るための部屋を作ったときに使用した空間概念操作魔法、その大本たる『次限系統』の魔法だ。


 世界は起源と二つ――ある一部のものたちからすれば、三つ――の内世界から成り立っている。

 第零次限世界層:全ての外世界に置いて共通でアカシックレコードのことを指している。全ての起源であるが故に零番目という位置づけがされている。

 第一次限世界層:この世界の仕組みの世界。つまりは、人が生きている物質世界のこと。この世界は、『オーベ・レセル』という『概念序列ジドリックレコード』に従って成り立っている。

 まだ実際に観測されたことは無いが、こことは違う『概念序列』の世界があるとされて、それを外世界と称している。

 また、こちらも観測はされていないものの、そう言った概念もあるということで、同じ起源からなる類似の世界――所謂、平行世界(パラレルワールド)という世界もあるとされている。

 第二次限世界層:一次限層の魔粒子やアストラルなどの非物質的な要素の世界。

 この世界には更に、その性質上第零から第三までの四つの(非)物質に分類されている。

 それぞれの代表格は、第零類非物質:活性魔粒子ラピス、第一類非物質:非活性魔粒子ヒス、第二類非物質:エーテル、第三類非物質:アストラル。

 同じ魔粒子でありながら、活性状態と非活性状態ではまるでその性質が異なる。そして、第零類は非物質の中でも特殊な扱いとなり、そのために一からの数字ではなく零が当てられいる。

 この様にして、世界は一つの世界で在りながらに幾つかの世界層で成り立っている。とわ言っても、勿論これはそういった"考え方"という意味に置ける概念の話であって、実際にそれが世界の構成として正しいか否かは未だに知る術はない。

 しかし、世界の構成云々は別としても想像出来る・考えられるということは即ち――――“引き起こすことが可能”だということだ。何しろ、それが魔法なのだから。

 今彼らは雨というものを限定的に対象として、世界と隔離してい状態――正確には、異次限層に在るという状態だ。

 物や人に触れることが出来き、術者が雨と認識した対象の一切の干渉を受けないという限定的な世界の中に彼らは今身を投じている。

 もしもこれが、光を対象としているならば世に名高き高位魔法:『透明化』であったり、壁というものを対象としたならば壁抜けも可能になるという実に応用の効く便利な魔法だ。

 勿論、それだけのことが出来るのだから相当に難しいかなりの高度な魔法である。

 それをこの様にして雨避けとして使うことなど普通ならあり得ないし、誰も思いつきもしないことだった。もっと簡単な方法で事足りるのだから、当然と言えば当然なのだが…………


 これが雷雨であるならば、或いはこうして歩いて登校するのではなく小夜の練習がてらに(然も誰かさんを避けるために直接校舎内へ)瞬間移動テレポートを使っていたかも知れない。

 しかし、凍夜は基本的に日常生活のレベルで体を動かすことに魔法を付加することや魔法で省くことをあまり好しとはしていない。

 だがそれは、凍夜をある程度知った者たちにしてみれば意外に感じることだが、常の論理的な思考に乗っ取った明確な理念に基づいたものではない。ただ何となくという漠然した感覚的な問題。

 個人の好尚と言ってしまえばただそれだけの話。

 魔術が使えないということのみを捉えればある種の嫉みと捉えられても可笑しくはないが、当然凍夜がその程度のことを気に留める筈もない。その証拠に小夜の日々の魔法鍛錬を魔導師として指導している程であり、今もこうして他人から見れば(やっている事の程度を理解出来る者が限られる程に)無駄にハイレベルな魔法を使わせている。

 更に堂々と公言している訳ではないので皆が知る由もないことではあるが、凍夜には『無慈悲なる悪魔の囁き(エクティマイユ)』という無双の特技がある。そして、小夜という一般的平均よりも活性力の強い相棒がいるのだから、本来小夜に魔法を使わせる意味すらもない。それ程に単身の技量のみでどうとでも出来るのだら、嫉妬など持っての他だ。

 もし、凍夜の技術力を知ればそれこそ万人が彼に嫉妬することは想像するに容易く、そしてまた彼が単身で魔術が使えないということを哀れむどころではなく、蔑視べっしは疎か心から喜ぶに違いない。と、小夜は確信していた。


 今日は平日であり、二人はいつもの時間に家を出た。

 しかし、当然こんな雨の日ではいいスポットがあるわけもない。

 雨が降っているから全て駄目かと言えばそうでもない。雨の日にこそ綺麗に見える景色もあるというものだ。

 だが、そういった場所はどちらかと言えば希有な場所であることが多く、そしてこの近辺には彼らが登校中に寄れる距離では存在していない。

 よって、彼らはいつもの寄り道(デート)をせずに真っ直ぐに学校へ最短ルートで向かう。そのため到着の時間はかなり早い。

 以前、雨が降り始めた日の朝の途中で切り上げたときよりも更に早く、七時を少し過ぎた頃にはもう学校に着いた。

 門を潜った二人、その凍夜の足下にいつもの如く魔法の一撃が――――来なかった。真より早くついた……という訳でもない。真は(何が目的か)いつもかなり早い時間から学校にいる。そして、今日とてもう既に学校の敷地内にはいた。

 しかし、二人はそれを気に留めるでもなく正門と普通教科棟校舎の間にある第一校庭通称『Fグラ』を抜けて行き、校舎は目指さずに学校敷地内の更に奥にある第二校庭『Sグラ』へと真っ直ぐ歩を進める。

 こんな早い時間ではるが、凍夜たち以外にもチラホラと生徒の姿があり、皆同じくSグラを目指して歩いている。

 然もその装いは制服ではなく体育着だった。


「おっはよ~トーヤくん、サーヨちゃん」

 沙樹からいつもの様に溌剌はつらつとした挨拶を送られ二人も返した。

 自己の家柄に関わることには控えめに言っても消極的になる沙樹だが、元来彼女は快活で社交性にも富んでいる。始めこそ慣れないクラスや役目のことなどでいまいち(凍夜以外には)地を出し切れずにいたが、時間の経過と何よりもやはり凍夜という存在のお陰で今では神埜を前にしても素の自分を失わずにいられる程になっていた。

 そして、地が出てきたのであれば当然いつまでも仰々しく名前にさん付けなどしていられるわけもない。

 沙樹は自身が親しいと感じる者程、親しくなりたいと思う相手程より砕けた態度や呼び方をすることを好む傾向がある。そしてそれは、節度を弁えないということがなく、人が無神経だと感じる程にまで図々しくなることもないので、往々にして人に受け入れられやすい。

 凍夜には諸々の事情――というより情そのもの――があって逆に出来ないでいたが、この間の告白の一件からは(一応?)振られはしたもののその一歩を踏み出すことが出来るようになった。

「も~、二人ともこんな日まで、朝から見せつけてくれちゃってさっ!!

 自分のことを好きだって娘が目の前にいるってのに、凍夜くんってば何にも悪びれてないんだもんなぁ~」

 振られたことには勿論ショックを受けた彼女だが、今ではそれをバネ(ネタ?)に頻々しきしきと攻勢に転じている。

 そんな沙樹に小夜が本当の意味で打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。凍夜との関係も、嫉妬しないと言えば嘘になるが、神埜のとき程の拒絶反応はない。いや、寧ろ同じ相手を好きになった者同士という仲間意識の様なものすらも感じていた。

 ただ――

「僕はそういったことに配慮のないの欠片もない様な酷い奴です。こんな奴は嫌って然るべきですよ」

 凍夜は敢えて取り繕う様なことはしない。自分の様な奴を好きになって良いことなど一つもないと断言する凍夜にとって、相手からの好感以上の感情は好ましいものではない。もし、自分のこの態度に熱が冷めてくれるのならそれにこしたことはない。

 だが、そうは言っても沙樹はそう甘い相手ではない。

「嫌われたいなら、いっそ弄んでくれれば早いと思うわよ?」

 沙樹のその台詞には流石の凍夜も『勘弁してくださいよ』っと項垂れさせられる。この程度で冷めてくれる相手なら苦労はないというものだ……

 その有様に二人がクスクスと笑う。しかし、小夜の心の中には一点の陰りがあった。――ただ、凍夜がその想いに応えることは“絶対に”ないことを知っているだけに、心苦しさを感じずにはいられない…………


「ところで二人ともどうしたのその格好?」

 沙樹は、二人の格好を(漸く)問い掛けた。

 凍夜たちも制服ではない。だが、学校指定の体育着という訳でもない。

 沙樹は体育着と銘打っているだけあって動きやすそうな、Tシャツとハーフパンツという黒い衣装に身を包み、黒色という点のみに同じで有りながらに自分たちとは違う二人の格好を観察する。

 魔法科の体育着は普通科の白いものとは違い黒い。

 それは、魔法科の実習授業にて時折流血沙汰を含むということを考慮してのこと。本来は生徒である彼らが怪我をすることなどあってはならないことだが、実質ある程度の傷は茶飯事だ。

 白い体育着ならばその色が赤く染め上がるのにそう時間は掛からないだろう。そんな状態の服をいつまでも使い続ける訳にもいかない。だが、魔法科で使用している体育着という物はそう安いものではない。

 魔法耐性を付与させた特殊な繊維を、特殊な技法で編み込んで作ってある物で、それなりの値段がするのだ。

 機能的には問題なくとも、血の色で染まった服をいつまでも着ているというのも印象が悪い。ということで、体育着の色は血が目立ち難い黒となっているのだ。

 はっきり言ってただの印象の問題でしかないことなのだが、それでも生徒も保護者もそれで気にならないというのだから、人間如何に印象というものが大事かということを思い知らされる…………

 無論、沙樹も件の黒い体育着を着ているが彼女の服はまだ血の一滴も付いていない純粋なもの。

 凍夜たちが着ているものは、同じく黒い色ではあるものの正に衣装と云うに相応しい――否、これは衣装よりも更に『装束』と言った方がしっくりくるだろう。

 体育着と銘打っているが、それは体育にも使用するからというだけで、目的からの呼び名で言えば『魔闘衣まとうい』と言った方が正しい。

 そして、彼らの装束は彼らにとっては正しくそれに当たる。

「まあ、お家柄という奴ですよ(苦笑)」

 沙樹はふーんと頷きながら、二人をマジマジと観察する。

「それにしても…………」

 沙樹は小夜に視線を固定して、睨む様に凝視している。

「私が何か?」

 その視線の意味を問い掛けるが、彼女からの返答は暫く無い。

「…………小夜ちゃん」

「はい。何か?」

 全身を満遍なく見回していた沙樹の視線がキッと正面を向き、小夜と顔を向き合わせる。

「小夜ちゃん、その格好……」

(やはり、皆様からは場違いだと思われているのでしょうか…………?)

 自身の格好は、一般的に今の状況に即したものとは確かに言い難いかも知れないと自覚している。とは言え、これは紫司の正式な『武装』でもある。

 だが、それは『凍夜』の専用であって本来それ以外の者にはそういったものはない。

 小夜が今着ている装束は、凍夜のその装束に合わせて同じものを着てきているに過ぎず、それは小夜の我が儘と言ってもよかった。故に、自身の格好に若干の後ろめたさを感じていた(後悔はしていない)。

「……すっごく、かわいいっ!!!!」

 沙樹は小夜に飛びついた。

「さっ沙樹さん!?」

 流石に思っていた反応とあまりに違いすぎて、小夜は混乱気味になった。

 そんな小夜にお構いなく、沙樹は頻りに小夜を愛でていた。

「ホントっ、かわいい!! 巫女さんだ、巫女さん!! 今時和服って言うのもかなり珍しいのに、その上、巫女装束。然も、元が元だからもう可愛すぎ~!!」

 そう二人が今着ているのは所謂神子装束。しかし、当然のことながら単なる衣装ではない。

 『凍夜』の戦闘は『当千当然』、千と当たることを当たり前とするという意味を持たされている。それは、代々戦神せんしんを担う『凍夜』の名を背負う者の責務。

 無論それは流石の『凍夜』と言えど容易いことではない。

 戦神として常に戦場の最前線に立たねばならぬ身なれば、防具に如何ほどの重厚があっても心許ない。

 故にこの神子装束も、見かけからは想像出来ない程に幾重にもの防護術式を編み込まれた正に鉄壁の鎧と呼べる代物になっている。

 「沙樹さん!! 少し落ち着いて下さい」

 しかし、小夜の言葉も虚しく。沙樹のテンションは一向に下がる気配がない。

 中身は兎も角としても、外観からは間違いなく巫女さんだ。それを絶世の美少女が着こなし、またそれが良く似合っているというのだから、彼女のテンションも分かろうというものだ。

「おっ、お兄様~」

 凍夜に助けを求めるも、凍夜は二人を楽しげに見ているだけで止めようとはしなかった。

 小夜にとってこういった態度を取る友だちが初めてであるだけに、その対応には慣れていない。しかし、慣れていないというだけで厭だと感じはしていないのも事実であり、寧ろ楽しいとすら感じられている。

 それを分かっているので、自分の介入しない彼女たちだけの関係というものを大切にして欲しいと思う故のことだ。 

 小夜と沙樹は始めから親し気だったかも知れないが、しかし小夜にとっての始まりは所詮凍夜を介しての色眼鏡でしかなかった。それが良いか悪いかは別にしても。

 それが今では心から自分の友だちとして慕っている。今までその様な相手は一人だけだった。それにその相手は本当に色々な意味で特別な存在で、きっとその娘以外にはこんな風に思える相手は出来ないだろうとすら思っていた。

 中学時代は表層的に親しくしてくれていた者たちはいたが、深く関わろうとする者たちはいなかった。小夜の人格に関わらず、『紫司』の姓はそれだけで他人との距離を決めていた。

 紫司家直下の学校であったというのも原因かも知れない、何しろ学園側からはこれでもかという程の待遇だった。そして、それに対して他の生徒たちは不平・不満などというものを感じない程に紫司という名は高位であるという印象を持ち、また学園が実際にそう扱うことでよりその像を膨らませていった。

 そんな状況で友人と呼べる様な相手が出来よう筈もなく、小夜にとっては皆等しく知人という扱いでしかなかった……

 ここに来て凍夜と同じクラスになり、小夜は改めて凍夜の魅力を思い知った。

 中学時代の自分はどうあっても相手に真の意味で理解などされることはなかったし、そもそも小夜を同じ土俵に立つ人間としてすら思われていなかったのだから、理解など持っての他だったかも知れない。

 それがどうだろうか、凍夜の周囲では誰も彼もが凍夜の個を重んじ認めている。中学時代では、自分は敬いを超えて崇拝或いは盲信の対象でしかなかったが、ここに来てからは紫司の姓に捕らわれずに一個人として皆に受け入れられているという自覚がある。

 紫司の姓のみならず『凍夜』の名をも背負う彼に、皆が気をおかずに接している。それは、彼の魅力がそれらの“肩書き”すらも凌駕するということの確固たる証明だと思えた。

 きっと沙樹との――否、沙樹だけではない。そして、きっとではなく絶対だ。麻里奈や智之そしてクラスメイトたち、凍夜と一緒でなければこういった関係は築くことは出来なかっただろうから。

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