6.トークタイム2
(表面上は冷静な)凍夜につられるようにして沙樹も少し冷静さを取り戻し、少し間は空いたもののきちんと返答することが出来た。
「あたしは、家庭教師に指導して貰ってたわ。演術を偶にだけど、家族が見てくれたりしながらね」
「家庭教師ですか。学校はずっと普通科に?」
中学は同じところに通っていたのだから当然として、それ以前にでも、魔法科系での学歴の有無を問う。
「ええ。魔力は幼少から足りてたけど、どのみち高校入るまでは論理学と制御力の鍛錬しかしないからって、父がね。
そのしたらさ、まだ魔式機動しか出来ないけど、あたしは振音法術に向いてるってことが分かって、それならここ行くより、高専行った方がいいだろうってことで、頑張ってたんだけどね……
本来なら今頃そっちに行ってる筈だったんだけどな~」
そう言いながら、ぐったりと後ろの机へとしな垂れかかる沙樹。
彼女の言う高専とは、国立法術研究高等専門学校のこと。
魔法界が前提の話となるが今のご時世、国立といえば、通常『魔法師育成高等学校』のことをさすことが殆どだが、国立も別にそこだけではない。
育成高等学校は規模がもっとも大きく、現時点では十六校舎が建てられていて、将来どの道に進むか分からない前途ある生徒のために、魔術が中心の総合課程の教育体系になっている。
対して、法術研究高等専門学校は一校しかなく、一般教科と各専門科の中身になっていて、五年制を取っている。
「振音法術ですか。珍しいですね。魔式に比べて、法式機動はかなり精密な演術が必要ですから、確かに“普通なら”そういうところに行かないと、なかなか実になる代物じゃありませんからね」
「分かるの?」
ムクッと起き上がって問いかけた。
まさか、この話が分かる人がいるとは思っていなかった沙樹は、先ほどまでとは打って変わって、明るい表情になった。
「ええ、まあ“少し”は」
「少しって言っても分かるだけいいって。法術って全然知られてないから色々大変なんだ~」
「そうですね。同じ魔法ではあっても、一般の人には魔術に比べて法術は殆ど知られていない上に、今じゃ魔術師であってもそれほど気に掛ける様な人はいない時代になっちゃいましたからね」
凍夜は仕方ないというような苦笑いを浮かべて返した。
「そうなのよ!! って、かく言うあたしもそうだったんだけど。それまでは、一応知識だけっていうか名前だけは知ってたけど、中身なんて全然知らなかったからな~。自分で使わなきゃ、多分今も知らなかっただろうから、あんま他人のことは言えないかな……」
沙樹も自嘲混じりに凍夜と同じ様な苦笑の表情を表す。
そして、そんな今では殆どのものが知ることのないものを、どうして凍夜が知っているのかが気になり、深く考えもせずに問いた。
「ところで、紫司さんはどうして法術を?」
「僕は今じゃ、“魔術を使えない体”なので、必然的にね。僕もこういう境遇でもなければ、知らなかったかもしれません」
凍夜はサラッと言ってのけたが、沙樹としては二重の失敗に苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
先ほどもやってしまったばかりなのに、今度は話を共有できる稀少な仲間を得て興奮してしまい、またしても失念していた。
本来彼女はここまで、元いあまりミスをする人物ではない。立て続けに失念はしたが、それぞれに理由が異なり、更にはそれらは彼女の中でも大きなことだったために起きてしまったことであり、“普段の彼女”ならばそうそう失言はしない。
「ああっ……そうだよね。『だから』、紫司さん普通科の中学に通ってたんだよね……」
「気にしないで下さいよ。そういう風にされる方が迷惑ですから」
凍夜に“優しさが人を傷づける”という概念はない。
優しさはあくまでも人を重んじて包み込むものであり、傷つけることはありえない。故に凍夜は、“人を傷つける場合”にはその“意志をもって傷つける”。ときにはそれが相手のためならばこそ、ときにはそれが自分自身のためにでも。
それ故のこの言葉だ。
だが、凍夜自身はそうは思っていても周りがそうとは思わない。凍夜のその『あり方』こそが真の優しさだと周囲の人間は受け止めている。
「うん、そうだよね。ごめん、ごめん。でも、そっか~紫司さんでも、そうなんだ」
「まあ、ある程度のことは知識に入れておいたでしょうけど、おそらく“ここまで理解”はしてなったと思いますね」
凍夜の意志を正しくくみ取った沙樹はいつもの彼女に戻っていた。