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57.機械仕掛けのサヴァン2

※注意、今回の話の中には記憶に関することが書かれていますが、これは飽くまでも小説としての話です

 

「僕はその不可解現象フェアリーテールに遭ったときに、各所に欠損を負うことになりました。そのため僕は現在その欠損部位たる“体の一部”を機械によって補っている状態です」

 実際のところ体の一部どころか義体部分の方が多いくらいだが、敢えてそれを教える必要性はないのでそこは省いた。

 憐憫れんびんの情が欲しくてこんなことを話すわけでない。凍夜としてはただそうであるという事実を押さえて置いて貰いたいだけだ。

 只でさえ義体を使用しているという今時としては希有けうな存在なのだ。自身が気にも留めていないことでこれ以上余計な感情を持たれるのはごめん被りたい。

「ご存じの通りフェアリーテールはその多くの場合、『体』と『記憶』に障害を残します。僕の場合もご多分に漏れずという奴で、その両方に障害を負いました。

 そして、その『記憶』に纏わる障害ですがこれが僕の場合はかなり特殊なケースに当たります」

 不可解現象で起こりえる基本的な記憶障害は、消滅がその大半を占める。どの様な状態かはケースバイケースであるが、基本的に記憶が消えるというのが殆どだと言っていい。

 そして彼らの関心事もどちらかと言えば、体のことよりもこちらの方が大きいだろう。

「実際のところ僕は“皆さんの言うところの記憶”はその一切を失ってはいません」

 そのことを聞いてクラス内の殆どの生徒の緊張の意識が若干ながら和らいだ。

 魔式生物科学医療の発達した近代においては肉体的な損傷よりも、精神的――精神そのものだけでなく、エーテル体や感覚的なことなど内面のこと――なことの方がより重きが置かれる傾向にある。

 霊障を例外として大概の損傷は完治を当然とし、最悪の場合義体化することにはなるが義体だからと言って通常不都合があるということは滅多にない。という今の医療レベルの高さからくる結果だ。

 しかし、それも束の間に次ぎの言葉で皆に一気に重い衝撃が駆け巡る。

「ただ、僕がそれを認識するのは天文学的な数字と言える程に不可能になりました。僕は『記録』を記憶として認識出来ない状態になってしまったんです」

 元からそれを知る三人はその事実をそれぞれに再度受け止める。

 特に昨日新たな事実を知ったばかりの沙樹にとって、凍夜のこの事実に対する受け止め方は今までの比ではない。

 知ったのがつい昨日だということもある。沙樹は中学時代に既に知っている話ではあるが、凍夜から語られる言葉を真剣に聞いていた。

「記憶というものには、三つ或いは場合によっては四つの過程が存在します。 記銘きめい・保持・想起そうきそして最後が忘却。

 忘却というのは、皆さんがイメージする記憶とは逆のものかも知れませんが、これも記憶の過程の大事な一つとなります」


 本来人間の脳は一度見聞きした情報は“失われない”。と言われている。

 人間の脳はざっと百年分の記憶を保持出来る容量が存在する。とも言われる。

 流石にこれらのデータを確実に取りうる手段だないだけに推測というレベルでしかないものの、現代科学で導き出された推測である、そこはある程度の信用はしてもいい推測――否、この場合は仮定だと言える。

 しかし、その脳を持ってして――否、そうであるならばこそ忘却もまた必要なのだ。

 過程の三つ目想起。これは、記憶の検索や再認または再構成のことを指す。要は思い出すということだ。

 人間の脳に置いて記憶という言葉は単に覚えるというだけに留まらない。思い出すことまでが出来て初めてそれは記憶という意味を成す。

 言葉の例で言えば、『瞬間記憶能力』・『完全記憶能力』などのものがある。これらは、頭の中に情報が刻まれただけではそうは呼ばない。これらがそういった能力だと認められるのは、それを即座に答えられる点にある。

 例えば百の項目を一度だけ見聞きしたとする。しかし、それを即座には答えられず数日たってからとなると、喩え同じ条件一度だけという前提を守ったままで答えられたとしてもそうは呼ばない。

 つまりこれらの能力の本質は、二つの仮定を前提とするならば『想起』にあり、検索と再認の速度にあると言えるだろう。

 単なる言葉の綾でしかないが、これらを鑑みるに記憶とは『思い出す』ことを前提にしなければならないということだ。

 この能力に特化した人間ならばいいだろうが、残念ながらこの能力は“おいそれ”と手に入るものではない。

 そのために忘却というのは必要になってくるのだ。

 これも仮定を前提とした話になるが、もし『忘れない』『大量の容量がある』ということになれば当然脳は刻一刻とその情報を肥大化させていく。

 しかし、想起の能力は個人差はあるもののそれ程に万能ではない。

 情報が増えれば増える程に目的の情報の検索に時間が掛かかるようになる。

 年齢が増す事に、時間を重ねる事に情報が増して思い出すのが遅くなっていては話にならない。

 そこで脳は、情報に優劣を付ける。つまりはそれが忘却だ。優先順位の高いものは早く思い出せて、低いものは思い出しづらいということになる。

 忘却と消滅は違う。通常、健全な脳は決して記憶――――記録そのものが消滅するということはない。

 その様なことが起こるのは脳に何かしらの影響があったときだけなのだ。

 これは余談だが、記憶喪失という言葉がある。

 だが、全てがこの言葉の通りかと言えばそうではない。寧ろ、そうでない方が多いと言える程だ。

 何故なら、そういわれる疾患の多くは一時的または死ぬまで戻らない場合だったとしても、実際のところは脳にはその記録は残されているのだ。

 ただ、何かしかの原因でそれを見つけられなくなる又は、脳がそれを拒絶するというのがこの疾患の大半を占めいている。となれば、その呼称としては『記憶喪失』というよりも『記憶迷走』と言った方がまだ正しい。

 しかし、未だ脳の完全な解析は出来ておらず、物理的な損傷の有無は知れてもそこに保存されていたデータの損傷までは機械や魔法でも知ることは出来ない。

 それ故、記憶を(喩え一時的であっても)思い出せない状態をそう呼ぶ。


「僕はその四つの過程の内三つ目『想起』に傷害が起きています」

 そう、“現在進行形”でだ。

「言葉にしてしまえば、『記憶喪失』確かにそれで合っていると言えば合っています」

 彼の記憶に関する障害は特異なケースであり、基本的なそれよりも悪辣あくらつと言っても過言ではないだろう。

「僕の症状の名称は『重複性想起障害』という極めて稀な……というより、前例がないってことで…………つまりは今まで僕だけしかなっていないということですね」

 最後を少しおどけた口調で言って見せるものの、クラス内の空気が弛緩することはなかった。

 別段それで皆の意識を和らげよとした訳ではないのでそれはそれで構わない。

 凍夜にとってはこれも意思表示の一つで、自身が気にしていないということを表した過ぎないのだ。

「そして、その肝心の内容ですが要は“上手く検索出来ない”、そしてどうにか検索出来たとしても更にそれを“再認し辛い”という症状です

 一応言って起きますが、『銘記』と『保持』には異常はありません。だから、想起の段階でこの両方をクリアすれば奇跡的に思い出すということもあります」

 通常の想起に纏わる記憶障害と言えば、逆向性健忘などという呼ばれ方をするものがある。しかし、彼の症状はそれだけでは当てはめることが出来ない状態だった。

 逆向性健忘というのは極一般的に言われる記憶喪失の事例で、「ここはどこ?」「私は誰?」と言った人格に纏わる今までの記憶をなくしてしまう状態だ。

 この症状は、今までのエピソード記憶を何らかの理由で読み込めなくなった起こるもので、それ以降の記憶は問題なく機能する。

 それ故に、記憶喪失以降は別人格としてだが普通に生活をすることは出来る。

 だが、彼の症状はそうはいかない。

 まず、読み込めない記憶の種類がエピソード記憶だけに留まらない。

 エピソード記憶を始め、陳述記憶・意味記憶・非陳述記憶ありとあらゆる記憶の種類が意味をなさない。これだけならまだ所謂いわゆる幼児逆行と言われる程度だ。

 確かにこれはこれで相当な重傷ではあるが脳が機能していれば学習していくことが出来き、どれほどの年月が掛かるか分からないが、自立することも出来る。

 しかし、彼の場合にはそれすらも出来ない。

 先に述べた通り、通常の逆向性健忘はそれ以降の記憶には問題なくアクセス出来る。

 だが、彼の脳は新たに銘記された記録さえも意味をなさない。

 通常これは前向性健忘という分類で、銘記に障害があるときに起こる症状なのだが、彼の銘記の能力には問題ない。

 飽くまでも彼の障害の原因は『想起』にある。

 彼の想起能力が正常に作動するのは、時間にして約二時間分の最新の記憶のみに限られる。

 それ以降の分はどういう訳か急激に読み込めなくなってしますのだった。

 そして、彼自身で言っている様に偶然にもそれを検索出来たとしても、再認の段階でそれが自身の記憶なのかどうかの判断が正確に出来ない。

 どういうことかと言えば、それが自分の実体験による記憶なのかそれともテレビや本など外部からの知識なのか、将又はたまた自分の想像なのか…………その判断が正常に行われないのだ。

 実体験のはずの事実をそうでないと感じてしまったり、体験したことのない筈のことを実体験の様に感じてしまうのだ…………

 だが、それすらも稀な話だ。何しろ、検索の段階で読み込むことが先ず難しいのだから……


「まあ、ここまでは深刻な様ですが、別段問題はありません。何より、現段階で皆さんとこうして話をしているというのが何よりの証拠でしょう。

 確かに、“僕の脳単体”ではただのガラクタです。それでも、こうして正常に皆さんと向き合うことが出来ています。

 それ故僕は科学の力は偉大だと常日頃から感心させられていますよ。

 僕の脳には脳の記憶能力に代わるチップが埋め込まれています。そのチップのお陰で本来の能力を補って余りある記憶力を僕は手に入れることが出来ました」

 だが、それも彼であるからこそ可能だった完全な荒業だ。

 そのチップが埋め込まれているのは脳の深部、本来そんなところにメスを入れようものなら即死は免れない。それを可能にしているのは穢れた聖水(セイブランド)をその身に宿す彼だからこそだった。

「それに、ここまではフェアリーテールで被った後遺症の方ばかりをお話しましたが、何も悪いことばかりでもないんです。失ったものもありますが、基本的にはそれに代わる代用品を手に入れていますし……

 そればかりか、その性能が元のそれを上回っているとなれば悪いことばかりじゃないでしょう?」

 ものは考えようとは言え、流石に皆がそれに同意するのは無理があった。

 やはり人間生身である方がいい。その思考はなかなかに変えがたい。

 能力の向上という点は確かに魅力的な響きだが、だが日本人の中で生身の体を捨ててまで力を得たいと考えるものがいるかと言えば答えは否だ。霊障の発症が少ない日本ではその思考は特に強かった。

「それに、“失ったことで得た力”もあります。所謂、サヴァン症候群ってやつです。

 それで僕が得た能力は『高速演算思考力』、僕の脳は常人の演算力遙かに超えた演算が可能になりました。更に、コンピューターより優れている点として、コンピューターでは未だ不可能な感情思考も可能です。

 一魔法士としては願ってもない最高の能力だと自負していますよ」

 確かに驚くべき能力であり、能力だけを見るなら是非とも欲しいものではある。

 魔法士としてなら是が非でも惜しむ者はあるだろう。だがこれを、人間として諸手を挙げて受け入れられるかと言えばこれは否だ。

 魔法士である以前にはやり自分たちは人間なのだ。

 魔法は確かに便利である。昨今の世の中より高位の魔法師であることが好ましいに決まっている。

 だがそれは健全であることが前提だ。全てはそうであるからこそ意味があるのだから。

 確かに優れた能力ではあるだが、失ったものからすればそれは(凍夜には申し訳ないが)“たかが”と言える程度のものでしかない。というのが、この場にいる者たちに限らずそれを知った者ならば思う筈の答えだった。


 ここまでを話して凍夜は改めて皆の視線を確認する。

 そこにあるのは戸惑い憂いのそれが殆どだった。

 自身が気にしていないことなので、彼らにも気にして欲しいとは思っていないが、それでも今はそれである種の安堵感がある。

 何せ彼らは普通の一高校生に過ぎない。そんな彼らがこの話を聞いて取る反応としては極真っ当なものだからだ。

 その中にあって只四人にして七つの眼差しは、皆のそれとは違うものであった。

 単に憂いているだけではない二人の視線は熱く同情というには余りある熱を持ち、一人の眼差しは見ているこちらの方が哀愁に駆られる程に切なさを宿していた。最後の一人、その者からだけは熱のないしかしそれでも冷たい視線でない、事実を有りの儘に受け止めているという真摯な眼差しを感じた。

「さて、前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です」

 だが最早皆の意識はそこにはなくなってしまっていた。

 当初はそれを目的として始まった筈の話であったが、予備知識と必要な話が深すぎてすっかりそちらに気を取られていたのだ。

「さっき説明した通り、僕の頭の中には自身の脳に代わる高性能の記憶装置が埋め込まれています。更に、高速演算思考と相まって実に優秀な機能を果たしてくてます。ですが、それは僕自身の力ではありません。

 普段の生活をする上でならいいでしょう。でも、この学校という組織に組みする生徒の一員である以上、僕は皆さんと対等です。いや、対等でなければありません」


 このとき皆は胸を打たれた。

 紫司・四大柱であるという生まれの立場、皆よりも年上であるという事実、魔術が使えなくても魔法学校に在籍しているという異常……それらをもってして、『対等』と掲げているだけなら誰も何も思わなかっただろう…………

 だが、彼は違う。

 自己の抱える負の要素も含めて、それでも尚皆と対等であろうとするその姿勢に……

 優等生が劣等生に手を差し伸べる様な高圧的な慈悲ではなく、劣等生が優等生と高を並べる為におとしめる様なみにくい嫉妬心からでは決してあり得ない、その両者の資質を持ってしてそのどちらでもない、彼の頑ななまでに真摯な強い有りように……

 それを口先だけでなく公言するよりも先ずそれを事も無さ気に実行するのその態度に……

 皆は強い想いを感じた。

 『対等』であること、“高々その程度”のために要らぬ恥を忍ぶ様な人間に何を思うことがあろうか? と、この場にいる皆は再度凍夜への意識を改めた。


※※※※


 彼の話した事実に偽りはない。しかし、多少の着色と隠蔽いんぺいがあった。

 実際のところ確かに彼は不可解現象と呼べる現象で四肢を失っている。だが、それはフェアリーテールではない。

 フェアリーテールというのは飽くまでも魔粒子による魔性の“自然現象”に限って使われる。

 彼がその霊体を失う原因は間違いなく人為的なものであり然も、その犯人すらも発覚している。

 ここで語らなかったのは、二重に意味がある。

 確かにこの場では不要であったというのが一つ、そしてもう一つがその事実を知るのがこの場では凍夜以外に“もう一人”しか知らないという点にある。

 これが一体どいう意味を持つのかはその事実を知る者以外には知る由もないことだった……

 これが、着色の部分。そして隠蔽であるがこれは、それこそ必要のないことであるが故に省いただけのことだ。

 彼の記憶障害は実のところあれだけではなく『忘却』にも異常を来しているのだった。

 だが、それを言わなかったのはこの場ではその意味を成さないからだ。

 そして、これが沙樹が知ったばかりの事実の一端でもある。

 彼には忘却が存在しない。

 彼の積み重ねる記録には、優劣が存在しないのだ。

 全ての記録が等しく同じ優先順位であるということ、それが彼の検索ミスに大きく荷担しているのは間違いないことではあるが確かにこの場では不要なことだった。

 だが、これが彼を取り巻く人間関係――――取り分け『恋愛』に分類される感情を向ける者たちからすると非常に大きな意味を持つようになる。


 彼が話をするときにはこの様にして話す場合が殆どだ。

 この様にというのは、事実と虚構・隠蔽を折り合わせてという意味を指す。

 彼には数多くまだ明かせない秘密がある。

 それは、四大柱として一般人である者たちに対してのもの・『兄』として『妹』に対してのもの・一個人としてそれ以外の者に対してなど様々だ。

 それ故彼は敢えて秘密を作る。

 木の葉を隠すなら森の中、人を隠すなら街の中、秘密を隠すなら秘密の中……

 一見どうでもいいことを敢えて隠したり、逆に一見(どころではなく翌々考えても)重要なことでもさらりと話したりする。

 そうすることで彼は自身という存在を“さらけ出している”のだった。

 もし、記憶の分野に詳しい方が居ましたらお話を聞かせて頂ければ幸いです

 一応、自分で調べられるだけ調べたのですが、どうも分からないことが多くて、そういった部分は脳内補完&強制変更しちゃってます


 自身の更新の不出来振りに呆れ果て、どうにかしようとネットブックを購入しました

 これで少しはマシに…………なることを祈ります(お前がか!!)

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