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56.機械仕掛けのサヴァン1

 国立がエリートとたり得るその最大の理由はその授業スタイルとそしてそれによってもたらされる生徒たちの実績に寄るものだ。――――否、最早これは“授業”ではない。そう一般高校の生徒に言わせれば、国立魔法科の授業は“授業ではない”……

 日本人のエリート意識の基準は今も昔も学業勉学の数字の高低で決まる。

 そして、国立魔法科の生徒たちは、全国統一学力テストにて普通科の生徒と遜色ない成績を残している。十分に輝かしい成績だ。

 しかし、それは教師たちの英才教育のたまものではなくひとえに生徒たちの努力の結果だ。

 国立の魔法科高等部に普通教科の教師は各教科毎に十人前後しか存在しない。国立各校ではなく“国立魔法科”にである。

 その十人程度の教師陣で、国立魔法科全体の授業をどの様に行うか?

 それは、あることを考えると分かり易い。

 教師がいなくても成り立つものであり、そして一般的な学校に置いては通常定期的・周期的に行われるもの。即ち、テストだ。

 国立魔法科の“一般教養の授業は全てがテスト”という実に生徒泣かせなものになっているのだ。

 この授業スタイルは何も生徒を追い詰めるためや教師の人件費削減のためにやっている訳ではない。


 魔法科全校の中でも、国立の魔法科の授業というのはハイレベルなものになっている。それはつまりそれだけ魔法の使用頻度と魔力の消費が激しいということだ。

 自主学習は大いに結構だが、こと魔法に限って言えばそれが必ずしも正しいとは限らない。よって、国立魔法科では授業での密度を上げて他所での使用を禁じるという方針をとっている。

 魔法の使用が解禁になったとは言え、彼らはまだまだ成長期の高校生だ。

 適度を過ぎ酷使という程の魔法の使用は今後の成長にも影響を与えかねない可能性がある。

 勿論そうならない様に、魔法課教員はその管理を徹底している。しかし、学校内に置いてはそれらを管理出来るが、それ以外の部分に置いては一応厳禁という扱いにはなってはいても、結局のところ生徒たちの自主性に期待するほか無いというのが実状だ。

 高校生という年頃は魔法の使用が解禁したばかりで、私用に置いても何かと使いたがることが多い。

 ジョイセンターに行けば、マジックアトラクションが多彩にある。今まではギミックで我慢するしかなかったが、これからは実際の魔法で楽しむことが出来るというのだから抑えきれないのは当然の話だろう。

 何も国立に入ったからと言って真面目であるとは限らない。勉強の時間と成績が必ずしも比例しないのと同様に、勉学の出来と素行が必ず一致するとも限らないからだ。

 別に不良ということはない。普通の学校ならそれが当たり前という程度の者たちだ、勉強より娯楽を優先したくなる。

 彼らとて、中学時代成績優秀者としてここへ送り出されてきたのだから、ある程度家庭学習というものの習慣はあるだろう。しかし、彼らの様なタイプは向上心がさほど強くないことが多い。

 だが、一般教養の授業は全てがテストともなれば、定期考査の様に付け焼き刃でどうこうなるものではない。

 きちんと毎回のテスト範囲を予習しなければ点は取れないのだ。

 だからと言って落とされる訳にもいかぬ彼らは、勉強せねば超えられぬ高いハードルも設けられ、否応なくも“自主的な”学習を迫られることになるという寸法だ。

 それに、国立魔法科の生徒には特典がある。おいそれと辞めるには惜しい程の実に美味しい特典だ。

 その特典目当てで入学を希望する者も少なくはない、よって嫌々ではあっても結局のところ自身に返ってくるのだから、彼らとて自身のためにも努力を惜しまないのだった。

 一般高校ならそれでもいいだろうが、国立魔法科ではそれだけでは通用しない。

 学校という教育機関の出口の最終地点は就職だ。例え大学へ行こうとも、選んだ高校によってほぼその方針は大まかに決まっていると言ってもいい。

 四柱校に劣るというのは仕方なくも当然ではあるものの、大手の魔工系企業や魔法関連国家機関など魔系の就職口を考えたなら国立魔法科の卒業は絶対であり、勿論成績上位者であることが好ましい。

 となれば、遊びに現を抜かしている暇はない。しかし、成績を伸ばそうにも放課後の魔法使用は禁止されている(休日はその対象ではない)、やったところで罰則まではないが、それで自己の体を害しては元も子もない。

 従ってそのベクトルの矛先は魔法以外の方向に向いてくる。

 というのが、(多くは優良企業狙いの就職思考向けの)ほぼ半数以上を占める勤勉で真面目な生徒の在り方だ。


 理由はどうあれ、日々膨大な時間を学校外で勉強に費やさねばならない。そのことが、国立魔法科の生徒は自身よりも周囲にエリート然と映るのだった。


※※※※


 デスク型の端末では名前は公表されていないものの、クラス全員の個々の得点と平均点を見ることが出来る。

 始めのうちはどんなものかと見るものだが、始まって約一週間。最早、上位者がどれ程の点数を取っているのかなど見るまでもない。名前も端末からは開示されてはいなくても、生徒間の口からは容易に知れる。

 小テストで有りながらもかなりレベルの高いこの基本考査は基本的に100点という得点を取らせるために作られてはいない。

 その中でも中にはいるもので、1-Aのクラスには満点を取った経験者が三人もいるというのだから驚きだ。取り分けその中の一人は更に驚くべきことに、現段階でパーフェクトを成し遂げている。

 他の二人は(それでも驚異的なことに変わりはないが)90点を下回ることがないものの、常に100点ということはない。

 この三人以下の上位得点者は80点半ばから始まり、下位のものでも40点を下回ることはない。平均は60点台といったところだ。

 しかし、このクラスにはそれとは逆に基本的に最低得点、然も一桁台も有り得るという国立生にあるまじき輩も存在していた。


 現在の時間は社会科。授業時間五十分という時間の内三十分というその社会科の基本考査の時間が終了し、反省会をしているところだ。

 一般高校なら世界史、日本史、地理などに分けられる教科だが、魔法科ならば当然専門教科によってその単位が削減されることになる。

 それにともなって、国立魔法科では全教科が独自のテキストにて総合的に学習していくという方法を取っている。その分、密度が濃く生徒にはたまった代物ではない。

「何度見ても信じられない数字だよね……」

 麻里奈が端末に写し出される点数を見て呟く。

 現在彼女の端末のホロウィンドウに写し出されているのは、得点の記録だ。

「あいつ自分にはとことん厳しい見たいだからな」

 後ろの智之が麻里奈の後ろから声を掛けた。

「らしいね。沙樹が言ってた。中学の頃からずっとだってさ」

「すげーな、あいつ」

 当の本人はと言えば、今は教卓に立ち解説をしている。

 模範解答には、答えと合わせて解説が載っている。本来ならそれを熟読するのみだが、このクラスではこの様にして凍夜に解説を依頼する。

 彼の解説は何かとの関連付けやテキストではそのままの意味を覚える他ないことでも、詳しいことを事細かに説明してくれるので実に覚えやすい。

 全く持ってどうしてその彼が……? と事情を聞かなければ誰もが不思議に思うことだ。

 だが、聞いたところで納得は出来ない。何故ならそれを回避する手段を彼は持ち合わせているからだ。

 それをしないのが、凍夜という人物を如実に物語っている。先刻智之が言った様に、凍夜は自分に厳しいのだ。

 凍夜にそのつもりはあまりない。自身を律するのは当然のことだ。

 それは自分でなくとも、誰もがそうしている。だからこそ社会が成りたるのだと、そう思っている。

 だからこそ自分も、他者と“同等”であるべきだとしてそれを用いらないのだ。

 だが、周囲の人間からすればその在り方は実に潔癖に映る。

 何故ならそれは、言わなければ分からないことであり、そして、何よりそうせざるを得ないのだからそれは当然のことの筈なのだ。


※※※※


 高校生活最初の授業は待望の実習(Ⅰ)かと思いきや国語へと挿げ替えられ、一同は浮き足出つ心を抑えて目の前のテストへと向かった。

 テストの時間が終了し最後まで完了していない生徒の懇願も虚しく操作不能になり、即座に合否の判定がなされて得点が判明する。

「おっつー。中島はどうだった?」

 模範解答の見直しもそこそこに麻里奈が沙樹の元にやって来た。

「78点、まあまあかな。森川さんは?」

 今回のテストの平均が62点なので、沙樹の得点はなかなか良い方だと言える。

 沙樹は特例入学ではあっても、特待生という訳ではない。

 だが、そうは言ってもそれを知る者からすれば“特別”なのだろうという先入観は拭いきれない。

 沙樹の得点は驚く程でないにしろ、そのイメージからすればそれ相応と言ったところだ。

「よしっ!! 83点、あたしの勝っち~」

 麻里奈は沙樹が特例組であることを知る数少ない生徒の一人だ。だが、事の詳細は話してはいないので、麻里奈の沙樹に対する印象はその先入観のままだった。

 その沙樹に勝ったのだから自然と嬉しくもなる。小さいことかも知れないが、これから始まる高校生活に弾みがついた気分だ。

 何気に麻里奈の得点は、とある上位者三名を除けは二位という好成績である。“以外なことに”麻里奈はデスクワーク(?)の成績はいい。

 因みに言えば、智之は75点。多少の前後はあるものの基本的には麻里奈の方がテストの点数は高い。

 実は、普段からどちらが上だか分からないと周囲から言われるため、少しでも威厳を保とうと何気に努力している結果がこれなのだった。

 だが、智之としては、テストの点よりももっと落ち着きをもって行動して欲しいと思わずにはいられない……

「あんまり自慢すんなよ。“お前みたいなのに”負けると目茶苦茶凹むんだから」

 麻里奈の後ろを智之が麻里奈の頭を軽く小突いて通り過ぎる。

 それはどういう意味かと叫くが、智之は取り合わずに凍夜へと模範解答の解説だけでは理解出来ない部分の質問をしていた。

 凍夜はそれに淀みなく応えてみせた。

「ああ、なる程なサンキュ。よく分かったよ。流石にこんなテストで100点なんて取ってるだけのことはあるよな。説明も教師の書いた解説より余っ程分かり易い」

「はは、残念ながら僕はそんな点数とは無縁ですよ」

 凍夜は軽く笑って応えた。その笑みは、嘲笑という部類ではないし自嘲ともまた違っていた。

 智之は凍夜の言葉に疑問の色を示した。凍夜の声は隣で、小夜を含めて話をしていた麻里奈にも聞こえたらしく彼女もまた同様――以上に、驚きを示していた。

 ざっとテストの点数を端末で確認したときに高得点者の上位三名は各々100点を取っていた。ならそれは、小夜・凍夜・神埜であると智之と麻里奈は自然に思い込んでいた。そして、それは彼らだけに限ったことではない。

 ほぼクラス全員がそう思っていた。何しろ彼らは四大柱なのだ。低得点という無様な姿を全く持って想像出来なかったのである。

 それ故に智之は凍夜に聞きに来たのだ。先走った印象かも知れないが彼ならばきっと分かり易く教えてくれるどろうと思って。

 そして、実際のところ凍夜は応えて見せている。

「それってどういうこと?」

 惜しくも逃したというのならまだ分かる。しかし、彼は無縁と言った。それは、自分が100点を取ることなど有り得ないと言っている。

 智之も十分に気になっているところだが、麻里奈の方がより興味を示し凍夜のより近場にいた弟を差し置いて自ら問いを投げかけた。

「簡単な話ですよ。貴方方が、僕のことを勘違いしているだけです。論より証拠、これをどうぞ」

 その言葉と共にホロウィンドウがポップされ、凍夜はそれを森川姉弟がそれぞれ見える位置にそれを示した。

「“僕の今の実力”ではこんなものです。僕は“頭が悪い”んですよ」

「にっ!! にじゅ、ん~~!!!?」

 その瞬間麻里奈が思わず叫けんだ。

 智之も目の前の画面にはかなり驚かされたが、それよりも日頃の成果と言うべきか麻里奈の叫びを押し止めようと無意識下で麻里奈の口を手で覆っていた。

 いつもなら、何すんのよっ!! と言って智之に喚き立てるところだが、流石に今回は言葉では表さないものの感謝した。

 クラスの者たちが何事かとこちらを覗き見るがその視線を無視して二人は平静を装う。

 麻里奈は馬鹿ではない。テストの点数がいいとか、そいうったことではなく。人格的にだ。

 普段は突飛な行動をよく取るし、思ったことが即言葉と態度に出るが場を考えない程愚かではない。

 今クラス内、否校内に置ける凍夜の立場というのは実に危うい。それくらいのことは十分に理解している。

 『魔法が使えないのに魔法学校に在籍している生徒』それが全校生徒の凍夜に対する認識だ。

 更にはそれと彼の背負う名のことを考えれば『家の力で入学した者』ということになる。

 その彼が今度は『頭が悪い』ともなればそれこそ収集がつかない事態に成りかねないのだ。

 無論、智之もそれが分かっているのでこれ以上探られないためにも、麻里奈には悪いが(とは思ってもいないが……)麻里奈に奇異の視線を集めておくことで留めておくことにした。

 

「でも、なんでだ? さっき俺に分かり易く教えてくれてただろ? 空欄になってるから、たまたま出来たところってわけじゃないしな」

 少し落ち着くのを待ってから、智之は若干声の調子を落として質問をした。

「言ったでしょう、実力ではこんなものだって。今はイカサマしてるんですよ」

 そう言って凍夜は自分の頭を一差し指で軽くトントンと叩いた。

「イカサマ?」

 何故そんなことを今更するのかが理解出来ない。

 普通に考えて、テストでずるをして得点を稼いでいる者が平時では不出来というのなら分かる。だが、その逆というのはメリットが見えない。

「お兄様……」

 小夜が気遣わしげな視線を投げる。

 そんな小夜に大丈夫だからと声を掛けて二人へ向き直る。

「今は時間がないですから、昼休みにでもゆっくりお話しますよ」

 と言って、取り敢えず二人を席に帰した。

「おに……」

「全部話すから、この話はその時に、ねっ?」

 小夜が何を言わんとしているかに察しがついている凍夜は言葉を遮って先に応え、それに小夜がはいと応えてこの件に関しての会話は一時幕を下ろた。

 この時森川姉弟以外にもう一人、偶然にも友人の机に足を運んでいたとある男子生徒にまで凍夜の答案が見えていた……


 アレから授業三つを挟んでの昼休み、当初森川姉弟にだけ話すつもりだったが、成り行きで結局クラス全体に話すことになってしまった。

 凍夜としては別段隠すことでもないので知られること自体には問題ない。しかし、わざわざこうしてみんなの前で言う様なことでもないだけに心境はある種複雑だ。

 だが、だからといってもう後には退けない。自分としては大した話ではないのだが、皆は興味津々――嬉々としてではない――といった様子を見せていた。

「始めに言って置きますが、皆さんのご期待に応えられる様な、紫司や四大柱絡みの複雑な事情は持ち合わせてませんよ」

 苦笑い気味に前置きしてから本題を話始める。

「僕は不可解現象フェアリーテールに遭ったチェンジリングなんです」

 その瞬間、誰も彼もが息づかいの音さえ発するのを躊躇ためらいクラス内から音が消えたようにシンと静まり返った。


※※※※


 フェアリーテール――魔粒子遭遇以降、魔性気象や霊障と等しく魔性現象と考えられているが、他と異なり現在でも尚人知を超える理解し難い不可思議な現象であり、その内容は基本的には類を見ない。そのため、現時点で未解決であるその現象らを総じてそう呼称する。

 チェンジリングというのは、元の意味で言えば妖精にさらわれてその代わりに用意された子ども『取替え子』ということあるが、今は不可解現象に遭ってしまった被害者を総じてそう呼ぶ。

 これは不可解現象に遭ってしまった者の多くと、妖精の悪戯に共通点があることから来る。

 取替え子(チェンジリング)は『病弱でほどなくすると死んでしまう』と言われている。

 そして不可解現象の遭遇者もその殆どが、それを再現するかの如く即死ではなく数日から数年というときを苦しみの中で生き、最後にはその苦しみの中で息を引き取るという場合がよくあるのだった。

 また、『妖精に攫われた子どもは二度と家には帰れない』というのも有名な話だ。

 この場合は、実際には帰っている。だが、帰った先は自分の家ではなくなっている。そこにいるのは血の繋がった実の両親であるにも関わらずに……

 この話の要は記憶にある。妖精は記憶をかどわかす。

 つまり、帰ったとしてもそこが自分の家だという実感がなくなっているのだ。これでは確かに、もう二度と帰ることは出来ない。永遠に妖精に攫われたままと変わらない状態にされてしまったのだ……

 不可解現象の遭遇者にも、程度の差はあれ『記憶』に関するなんらかの障害がつきまとう。

 『体』とそして『記憶こころ』に深い傷跡を残す不可解現象フェアリーテールは、当然人々にとって畏怖の対象としてある。 

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