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52.軋轢/責務

 現在大国と言われる国の発展は日本との協定なくしては有り得ない。

 の魔法大国クイーンガーデンですら例外でないとなれば、その他の国がそうでない道理はない。

 世界でも、安定した生活を維持し国家としての正常な機能を果たしている国は、魔粒子遭遇危機以降数千年のときが経過した現在で尚片手で事足りる程しか存在していない。

 僅か五カ国、日本・クイーンガーデン・エジプト・帝華連合体・アメリカ帝国だけだった。

 そして、そこに住まう者たちにとってそれ以外の国というものは“ない”という認識に等しい……たったの五カ国、この地球上でそれ以外の地域の面積の方が遙かに広大であるのにも関わらずだ。

 無論、人が存在しない訳はない。

 彼らとて大規模ではないにしろ、数十万・数百万単位でのコミュニティを築き生活している。彼ら自身はそれを国と呼び、社会を構築している。

 しかし、大国と彼ら数多くの小国とには歴然とした隔たりがある。

 だが、それは大国と小国という人口や軍事力と言ったパワーバランスの違いではない。

 日本という国は人口が僅か約1800万人であるのに大国に位置づけられる。

 この人数なら、いくつかの小国が連合を組むだけでも裕にその数を上回る。しかし、その連合体が大国という扱いになることはない。

 それらを隔てるのは、生活水準。それは、穀物の豊かさや教育制度・学力の向上や娯楽の発達と言ったことでない。どれだけ、魔粒子という危険因子から安全を確保出来ているかということだ。

 安心して生活できる環境、それが今の世に求められるもっとも価値の高いものだった。


 各小国とてそれぞれに防壁を張っている。しかし、それらは血晶結界の効果には程遠い出来でしかない。

 防壁内と言えど、魔粒子ヒスの活性化は僅かに抑えられる程度、外からの魔粒子ラピスの進入を防ぐ効果も余り期待出来ない。

 よって、防壁内でも霊障・魔性気象ましょうきしょうが自然発生する。

 その驚異は人々を病む。

 いつ起こるとも知れない魔性汚染の驚異に怯えて暮らしているのだから無理もないことだ。


 大国と呼べる国の中で更に一線を画す国がある。それが『日本』だ。

 そして、それは勿論血晶結界のオリジナルを有しているというところから来る。

 日本以外の大国の防壁は、この血晶結界のレプリカを日本より提供されている状態だ。

 日本という国は島国だ。資源が豊富にあろう筈もない。

 それ故に、他国にそれを提供する代わりに資源或いはそれに代わるものを供給して貰うことによって成り立っている。

 各国に置いてそれは表向き『友好の証』であるが、裏では『支配の象徴』と言う捕らえ方をされている。


 血晶結界は神魔法を用いて築かれたもの故に、現在の魔法水準では作り出すことは出来ない。

 だが、それを劣化させたレプリカの構築には成功した。

 劣化品と言えどその効果はオリジナルの八割を発揮するため、自国で元々展開されていた防壁を裕に凌ぐ。故に、当時の各国はその申し出を受けた。

 そして、日本と帝華連合体・クイーンガーデンとがそれぞれ協定を結び、共国語という共通の言語体系を整えることで『新暦』という時代が始まった。後に、エジプトとアメリカ帝国が加わり、現行の世界体制となる。

 日本以外の大国は血晶結界の恩恵にあやかることで更なる発展を遂げ、他国との接触を断っても自国のみでの運営を可能とし始めた(日本は未だ自国のみでの生活には苦しい状況だ)。

 そのため、大国間同士での最低限の交流はあっても小国と交流は次第に無くなり、更に世代は進む毎にそれが定着して行くことで、完全に途絶えた。

 大国の民にとって交流のない国についての情報など知る由もなく、“知識”としてどういった状態かを知るのみだ。よって実態を知らない、交流もないその他の地域の事など彼らは"ある"と知っていても、"実感できない"故に"ない"という扱いになるのだった。


 取り分けその思考は日本に強く根付いている。

 その理由は実に明確で、日本人にとって国内以外は“全て危険地域”という認識になっているからだ。

 大国には"劣化版レプリカ"なれど血晶結界の防壁を張っているが、日本人にしてみればそれは"粗悪品"というものでしかない。

 何故なら彼らはオリジナルの血晶結界の庇護の下、完全な安全圏に住んでいるのだ。

 そんな彼らにしてみれば、例え自国のレプリカによって庇護されていようと、そこで普通に住まう者たちがいようと、危険が皆無ではないのならば同じ事で、好きこのんで身を危険に投じる事もない。

 よって、海外に行くという感覚は彼ら(日本人)には存在しない。それを行うのは、一部の外交に携わる者だけで、一般市民が国外に出るということは有り得ないのだった。


 だが、それはそれだけの理由ではなく、外交的政治問題をも大いにはらむ根の深い問題でもある。

 日本国内は(時折テロが発生するものの)平和と言っていい。それは、国内の争いが無いことや魔性汚染の危険に対するものだけではなく、意識面でのことも含めてだ。

 しかし、四大柱を中心として政治・軍事の上層部の意識はそれとは異なる。

 日本が四柱国家――四大柱を中心とした国家の体制――を取り始めて数千年、他国と協定を結び新暦として歩み初めて約千年が経とうとしている今でも尚、日本は非常に不安定な立ち位置にいた。


※※※※


「旦那様、紫司康嗣こうじ様がいらっしゃいました」

「通せ」

 屋敷の主の声の後に、障子が開き紫司家の現頭首康嗣が姿を見せる。

 康嗣は、主人と向かい合わせに用意された座布団へと腰掛け、前置きなく本題に入る。

「ご用件は何ですかな?」

「此度の一件、紫司は手を引け」

 対する蒼縁の現当主:蒼縁哲生てつおも即座に切り返す。

 康嗣は予測していた通りの哲生の答に深い呼吸をして間を空けた後、淀みなく答える。

「それは出来ん。アレの始末は私自らの手でなさねばならん。それが、紫司の頭首たる私の仕事だ」

 哲生にしても既に予測済み――否、それ以外の返答など有り得ないことぐらい分かりきっていた。

「あの事件は我が紫司の失態だ……」

「何も、自身をそこまで責めることも有るまい。それに、肝心の『ダイヤ』はまだ奪われた訳ではない。そして、それは貴殿の娘の功績だ。

 貴殿らしづかには我が方の無理を聞きいれて貰っているのだ。もう、十分だろう……

 それに、元を正せば私の失態だ。今更ながらに私が人並みに親心などというものを見せなければあんな自体は起こらなかったのだ……」

「無理などと、そんなことはただの一度も思ったことはない……

 何もかも、誠に感謝しております」

 康嗣は言葉と共に深々と頭を下げた。

「あれは贖罪しょくざいなどではなく、こちらにとっては希望そのものだ。

 私も人の親だ。貴方と同じ立場なら私も迷わずそうしていましたよ。それこそ、誰にも責められるようなことではない」

「なればこそだ。

 私なんぞより貴殿の方が遙かに人の親だ。なればこそ、この一件から手を引け」

 康嗣は首を横に振る。

 申し出はありがたい。

 何から何まで……悲運を背負う一族の名に相応しく在るこの男から、これ以上の何故望めるだろうか…………

「人の親なればこそ、私はその責務を果たす」

「この頑固者目が……」

「そのお言葉そっくりお返しいたします」

 哲生はやれやれと首を振るしかない。

 もう彼は決めてしまっている。この一件の結末のその最後の一項をどう括るのかを……

 その覚悟は、直接顔を合わせたことでどれ程のものかが分かった。

 恐らくあのときの自分と同等の覚悟を決めているに違いない。ならば無理だ。

 自身で経験が在る故によく分かる。分かってしまうだけに辛いことだった。

「だが、一つだけ言っておく。あやつはただの駒では終わらんぞ?」

 しかし、哲生は最後の悪足掻きとでも言うように口元をつり上げて笑った。

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