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優しい月のトリニティクロス~My dear elder brother~  作者: F/L
二章・氷上の平穏
47/73

47.二人の異端1

 昼間であっても仄暗い路地を、背に袱紗に包まれた棒状のものを携えて、一人トボトボと歩みを進める。

 流石の魔法大国女王の庭(クイーンガーデン)とは云え、端の郊外地域ともなるとその女王様の御威光も届かぬと見えて、この街も荒れ放題だった。

 今、日の光をまともに浴びることの出来ない様な者たちが跋扈ばっこするこの街を支配するのは、女王ではなく大罪人まおうだ。

 数年前は、それこそ血と腐敗臭の漂う死の街だったが、ある者が住み着いたことにより、その装いは一変する。

 政府の目の届かぬところには咎人が集う。力を持たぬただの貧困層の民に抗う術などあろうはずもなく、理不尽にただ一方的に支配され続け、咎人たちには、咎人同士ですら共存の意思はなく、その抗争は悪戯に血を流させていた。

 人々に心休まるときはない。しかし、他にどこに行くことも出来ない。故に、自分に被害が来ないことを祈り、ただ怯えることしか出来なかった。

 だが、そんなときにこの街を――この無法地帯を根城にしようと、一人の少年がやって来た。

 当時はまだ幼い子どもであったが、その力は絶対だった。この街にその少年が来て僅か数ヶ月、その間にこの無法の街は少年を頂点とした社会が形成され、まるで宗教の教祖や神の如く敬われることとなった。

 少年にしてみれば、ただ住みやすい環境にするために害虫駆除をしたに過ぎないのだが、今まで一方的に搾取さくしゅされる側であった者たちからすれば、正に聖人の到来だと思わせた。

 今まで強者は何かを強いるばかりだったが、少年は何も望まなかった。少年には、ただ日々飢えない程度の食事と静かに過ごせる場所、それさえあれば良かったからだ。

 はっきり言って自分の邪魔さえしなければ、他者はどうでも良かった。

 しかし、この街は少年が住むには賑やか過ぎた。ただそれだけのことで、この街を好き勝手に搾取していた咎人たちは少年によって簡単に駆逐されたのだ。

 それ以降この街は少年を中心に据えた街として、作り替えられた。勿論、少年の意思など丸っきり関与していない状態でだ。

 だが、そのお陰で不自由なく過ごせているので特に気に留めることもないのだった。

 少年の存在そのものが法という様な街になったが、世間から見れば無法地帯に変わりなく、今も尚咎人がこの街を訪れるが、問題(少年の気に障ること)を起こすものはいない。

 この体勢の発足当時、何も知らぬ咎人よそものが事を起こすことがあったが、自身の根城で騒がれるのを嫌った少年はその悉くをねじ伏せてきた結果だ。

 正に、触らぬ神に祟りなし。少年に不快感さえ与えなければいいのだから。

 本来、政府からは狙われる側である咎人もこの街では誰も気に留めない。大人しくしていれば、安心してくらしていける、人目を気にせず暮らしていけるとあって、彼らも穏やかに暮らしている。そうして、いつしかこの街はまた凶悪犯罪者たちの溜まり場となっていったが、それでも以前の様に市民が被害に遭うことはなくなった。

 その元凶たる少年は、今や青年と呼ばれる程に成った。その間も当然のことながら、彼の支配力が衰えることはなく、街は丸で高級地区と同等レベルの治安の高さを誇っていた。


 彼は遅い足取りで漸く自宅に辿り着いた。

 そのままソファーに寝転ぶと、まるでタイミングを計っていたかの如く携帯が鳴る。

『もしもし』

 秘話モードのため画面は出てこない。

 そして、自身の発言は思考で伝えるため、発声もしない。

『今時間いいからしら?』

『ああ』

 相手の発言は、ピアス型の携帯から骨伝導で受けている。

 最近の携帯は様々な形状があり、その機能面に置いて形状を生かした物がある。

 その代表格が、彼のしているピアス型だ。

 何と言っても、通話を秘話で行えるだけでなく、その事すら外部には知られずに済む。正に、秘匿に特化して言えるタイプのものだ。その分、アプリケーションの機能が劣るが、それも周辺機器を使えばカバー出来るので、全く気になることはない。

 普通の携帯でも秘話モードの会話は出来るが、顔に手を当てる必要があるので、会話しているのは丸分かりになるのだった。

『コウモリから、気になる報告受けたから、専門家に意見を聞きたくてね』

『アンタが気になる程のことか……詳しく頼む』

 彼が属する――正式には、属するというよりは協力しているだけだが――組織は、正真正銘の精鋭部隊だ。組する一人一人のレベルが一国を左右する程に。

 その一員たる彼女がこちらに訊いてくるというのは、かなり興味をそそられる。


 彼女から訊かされたのは、T1の模擬戦闘の話だった。

 T1が施行した幾つかの不可解なちから、それが何なのかというものだった。

『波導調と魔粒結晶ミステリオンは問題ないな?』

 ヒューガは、リューダから話を聞くと思案する時間もなく語り始める。

『ええ』

『最初の動きがどうこうってのは、恐らく違うな。問題は視覚的……いや、知覚的・感覚的な問題の筈だ。

 いくつか心当たりはあるけど、それだけじゃ特定は出来ないな。それに、どうにしろそっちはファナの専門だな。若しかしたら彼女なら、それだけで特定出来るかも知れない。

 で、最後の奴だが、正直信じられないな……アンタを疑う気はないが、コウモリが間違ってるってことはあるだろう?』

『可能性がないとは言い切れない。

 でも、あのコウモリは優秀よ? 先ず、間違いないと言っていいわ』

 流石の彼も暫しの沈黙を余儀なくされた。

『――――分からないわけじゃない。だが、これが実際に可能な奴がいるとは思えない。っという、レベルの話なら出来る』

『聞かせて』

 数分の思考の末に、考えるのも馬鹿馬鹿しい程の仮定を見出した。

 魔法師として、常識がある者なら先ず持って否定するところだが、ヒューガ自身が比類なき魔法理論の専門家であるために、それ以外の可能性がないこともよく分かっている。

『知っての通り、魔法の発動――否、正確には魔術だな。魔術の発動には、“活性波”と“発動波”という魔導波が必ず発生する。

 そして、作り出された魔法はその内の活性波と同じ信号を帯びることになり、魔法の操作とは、この活性時に付与された波長によって行われる。

 つまり、その活性波に波長を合わせることが出来れば、例え他者の発動した魔法であろうとその操作が可能になる。その魔導波の波長を同調させる技術が、波導調というわけだ』

 波導調、最初にそれの認識につていの確認は済んでいる筈だが、ヒューガは改めてその説明をする。

『これくらいのことは、ある程度の魔法師なら誰でも知ってる。そして、それが“大して役に立たない”ということもな』

 そう、これは魔法師としての一般常識だ。

 大輔らはまだ正式な魔法師ではないので、知らないのも無理はないが、彼らがその道を進むなら必ずそのことを知る。

概念付与アストライズの影響ね』

 それの理由にリューダが答える。

『その通り。活性波は通常なら霊波動と同じ波長になるが、活性時に概念付与すれば幾らでも変えられる。

 霊波動は脳波と同じで個々人固有のもので、変更のしようもないが、活性波は訓練次第でどうとでもなるから、実践レベルで霊動波と同じ波長で活性化する者はいない。単一で発動してれば、捕まれちまうからな。

 だから、本来波導調による魔法誘導は実践じゃ使えない。

 だから、今回のケースはかなり特殊な例を大前提と考える必要があると思う』

『前提?』

『ああ。今回の対戦相手はまだまだヒヨッ子だ。まだ魔導波のことなんて、発動時に感じる波動という認識しかしていない筈だ。そのなヒヨッ子なら、当然活性波は、通常のままの筈だ。掴むことはそう難しいことじゃない。

 だが、T1やつのやったことを考えると、そんな程度の相手をする為だけに、考えられた技だとは思えない』

『どういうこと?』

 リューダが疑問を素直に口にする。

T1やつは恐らく、即座に波導調をアジャストできる』

 これが、第二の仮定。

 本来、波導調が役に立たないと云われるのは、その波長が幾らでも変更出来るからだが、それは合わせる側が合わせられないという前提の話だ。

 もし、それが変更した魔導波に即座に対応出来るのならば、驚異以外の何ものでもない。

『勿論これは仮定の話だ。だが、恐らく間違ってないとも思ってる。その根拠は、奴がやった最後の技のそのものの存在意義に起因する。

 奴の行った魔法を作り変えるという技、それについてアンタなら何かしら推測は立つか?』

 リューダへと意見を求める。これは、リューダ個人というよりは、彼女クラスの魔法士としての意見を求めたということだ。

『はっきり言って丸っきり分からないわね』

 ヒューガはそれが答えだと返した。

『どういうこと?』

 流石に意味が分からない。分からないことが答えとは……

『そう、君らクラスでもその糸口すら理解出来ない高度な技術だってことだよ。その技は』

 そして、リューダは理解する。彼の言っていた仮定の確信の理由を。

『それ程高度な技術を、わざわざ使い道のないのに習得するわけがない!?』

『そういうことだ。

 それに奴は、たった数手で対戦相手の魔導波を掴んだ様だからな。俺でも、単純な魔導波だろうと掴むだけで、数分の時間がかかる。

 となると、波導調のアジャストは間違いないと思っていい』

 リューダは流石だと感心する他ない。実際に見たわけでもないのに、又聞きの話だけでここまでのことが分かるとは……

 意見を聞こうと連絡したのはこちらだが、まさか収穫があるとは思っていなかった。然も、これ程早くに、これだけのものをだ。

 だが、それすらもまだ終わってはいなかった。

『だが、そんなこは奴にとっては、朝飯前なんだろうな。恐らく、技そのものに比べたら、大したことのない練度だろうぜ』

 リューダは息を飲む、この言い振りからするに間違いないだろう。

 彼は分かったのだ。T1の行った技の理論しくみを……

『分かったのっ!?』

 つい意気込んで訊いてしまった。だが、それも無理からぬことだ。

 ただの“囮”だと思っていたT1が、よもやあのような技を使うとは予想外だった。

 となれば、T1も完全に対象外ではなくなる。

 そればかりか、魔法を作り変えるなど自在にやられたのならどれ程の驚異か。計り知れない。

 故に、少しでも情報を集めようとこうして、ヒューガにまで連絡したのだ。

 そのヒューガから答えにまで辿りついたのだ。これを僥倖と言わずして何と言おうか。

『ああ。とは言ってもこれも仮定の話だがな……

 それにこれに比べたら、正直さっきの仮定の話なんてのは、丸っきり児戯見たいなもんだ。だが、俺はこっちの方が真っ先に浮かんだよ。

 そしたら、その更に課程として、さっきの仮定が必要になったってところだ。

 “あいつの代わり”をやろうって奴だ。ただの道化だとは思ってなかったが、こいつは道化どころか、神の領域を超えて、最早既知外ちきがいだな』

 ヒューガを持ってしてここまで言わせしめる程のこととは一体なんだろうか? と、一魔法士として興味が興奮を生む。

『それで、一体どういう理屈なの?』

『理屈そのものは単純だ。リューダ、魔術を使うときはどんな手順だ?』

 基本は、魔粒子の活性化、魔法陣の構想・記述、発動となる。

『なら、その魔法陣の構想・記述それは一体どういう作業だ?』

 リューダはその質問に答えることが出来なかった。

 魔術を自在に繰る、その中でも世界的にトップクラスの人間がである。

 そういう風に言葉としては認識しているが、実際のところそんな感覚は一切ない。単に、施行する魔法を思い描くだけで、魔法はその通りに発動するのだ。

 魔術を施行する際は魔法陣を構成する。それは、基本中の基本であるが、実際のところそれがどういうことか理解出来ているものはほぼ皆無といっていい状態だった。

『魔法陣は存在する。しかし、それを目にした者は殆どいない。

 それは、魔法が余りにも、“自在に過ぎる”というところに起因している』

 “自在に過ぎる”とは一体どういうことなのか? リューダは、このヒューガの言葉に更に困惑した。

この二人の異端(次の話)で二章は完結と成ります

その後は、若干幕間を入れる予定です



物語を読み返し、驚くほどに誤字脱字が多く自分で自分の馬鹿さ加減にゲンナリします……

もし、誤字脱字が有りましたら、連絡して頂けると幸いです

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