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優しい月のトリニティクロス~My dear elder brother~  作者: F/L
二章・氷上の平穏
40/73

40.罪彼(ざいか)

 無知とは罪だ……

 幼き頃の私は余りにも愚かしく、そして罪深かった。

 どれ程私が愛され、想われていたのか……その片鱗すらも感じる取ることも出来ず、感じようともしていなかった。

 ただ羨み、憎み、嫉妬していた。

 あの人は最初に間違えたのは自分だと言った。優しさの意味を、強さとは何たるかをはき違えていたのだと……

 あの人は本当に強い、自分の過ちを認め、それを糧に自身をより大きく成長させている。

 あの人は本当に優しい、私をただ慰めるのではなく過ちをさとし、ただ許すのではなく相応の罰を与えてくれた。

 罰とは言っても、所詮はあの人の苦しみのホンの一欠片にも満たない程なのだろうけど…………罰の軽さに私が罪の意識に苛まれない程度に、けれどそれでいて私を戒める程に適切な優しく苦しい罰だ。

 今から約二年前、あのパーティーで彼に再会してから与えられて罰。それのお陰で今の私が保たれているのだと思う。

 それが無ければ、私は今頃更に破滅的な道を歩んでいた筈だから。


※※※※


 私たちが到着したのは、人里離れた山奥にある蒼縁の管理下にある“研究所”。

 彼は七年前の『事件』以来、ここに通い続けている。否、正確に言えばもっと昔から、そう表現した方が正確なのかもしれない……

 先月、まだ(学徒主観の)世間で言うところの春休みであった頃、私たちはここで邂逅した。

 別にそれ自体は珍しい事ではない。二年前のパーティーアレ以前は、周囲の力により意図的に避けられていたが、それ以降は度々すれ違うことくらいはあった。最も、彼の予定に合わせて私がここにしていたのだけれど……

 今日は正式に同行を私から申し込んだ。正直、彼と少しでも同じ時を過ごしたいという想いから来るものであるということは否定できない――否、寧ろそれが大きい。しかし、勿論それだけではない。いくら何でも、私は自身の幸福のためだけに動ける様な立場にはないからだ……。

 今回は建前としても、そして確かな懸念としても、『奴』の存在がある。

 この計画の技術主任:藤原啓治ふじわらけいじ、彼の存在――技術力はこの計画には不可欠ではあるが、人格面に置いてかなり問題があり過ぎる人物。

 彼に対して異常なまでの冷酷・残虐行為を平然と行う様な、はっきり言って異常者だ。

 しかし、こちら側としては、奴がいないと計画が数年単位で遅れる可能性があるために、切ることのができない。そして、奴はそれを利用して彼に対して悪行を働くのだった。

 今回の同行の目的はそこにある。いくら奴でも、ここは蒼縁の支配下だ。そこにこの私が行くのだから、いくら奴とて下手なことはしない筈だ……と。

「ようこそいらっしゃいました」

 私たちが車を降りると、老人ながらに精悍な顔つきの男性が恭しく頭を下げて出迎えた。

 彼はこの研究所の所長の西村知道にしむらともみち。いつも必要ないと言っているのだが、こうして私たちが来る度に自ら出向いてくる。

 しかし、それは媚びているわけではなく、単に彼の人となりの問題なので、別に気分を害するということはない。

 そんな彼が顔を上げ私の格好を見ると、流石の彼も驚きを露わにした。

 彼が可愛いと言ってくれたこの格好の、普段の私とのギャップに――――ではない。

 この格好をしている私にであることには違いないだろうが、その意味するところは大いに異なる。

 きっと彼は今恐怖している筈だ。私が(好んでかは兎も角)良くこの格好をしていたのは、一番荒れている時期だったからだ。

 私がパンクファッションこのかっこう=(相当なレベルで)不機嫌というのが、周囲の認識になっている。

 最も今回のは、奴に対する牽制のためであって別段(奴以外には)気分を害しているわけではない。

「この格好に深い意味はないわ。さっさといきましょう」

 正確に私の意思をくみ取れたかは兎も角として、西村はいつもの人の良さそう(実際に良い人物)な顔を作り、先だって私たちを招き入れた。

 建物に入ると、直ぐに異様な臭いが鼻についた。

 今は法律で禁止されている旧時代の煙草、入手するのも今の時代では闇ルートを介さなければ入手不可能な筈の代物だ。

 長椅子に寝転がりながら、堂々と違犯する男がいた。

「藤原くん!! 君は今の状況を分かっているのか!?」

 西村にしては珍しい程の勢いで怒声を放つ。

 それに対して藤原は全く気にも留めてた様子もなく、飄々ひょうひょうとした態度で答える。

「ええ、勿論分かってますよ。仕方ないじゃないですか、汚い溝鼠どぶねずみが悪臭を漂わせていいるんですから。この臭いを嗅いでないと、発狂してしまいますよ」

 溝鼠……それがいったい誰を指していっているのか、その答えは簡単なことだ。分かってはいても、やはりこいつの言動は軽く私の限度を超えた。

 殺さぬ程度に軽くヤキを入れようとしたが、彼の左手が私の体を制した。

 そして、私に言葉を掛けることすらなく、藤原の元へと歩み寄る。

「お久しぶりです、藤原『先生』。今日も宜しくお願いします」

 こんな奴に不要だと思える程に礼儀正しく、挨拶を送る。

「相変わらず気色悪い、実験体だぜ……畜生、まだ吸い始めだってのによ」

 そんな彼に対して、飽くまでも中傷を続ける藤原。そして、彼が顔を上げたときにおもむろにその眼鏡を外した。

 その眼鏡を取るとこを許されてはいない。はっきりいってこれだけでも、即座抹殺の大義名分りゆうとしては十分だ。

 だが、藤原は更に驚くべき行動にでる。彼の右眼に煙草を押しつけて、煙草の火を消したのだ。

 その瞬間に、藤原の髪が風で後ろになびいた。

 本来ならば、奴の体ごと壁に激突する筈だったのだが、風を作りだした私の拳は奴には届かなかった。見れば私の右手は彼に捕まれていた。

「神埜、暴力は良くないよ」

 何故こんなことをされてまでこんなのを庇う必要があるのか、私には理解出来ない。

 計画の遅れは確かに痛い。しかし、それでももう殆ど完成と言っても言いのだから、今更こいつがいなくなったとて問題ない筈だ。

 しかし、彼にとってはそういう問題でなく、彼以外の誰もが理解出来ないことがある。

「大丈夫ですか? 藤原先生、拳圧で怪我されてませんか?」

「しっかりとそのお転婆なお嬢様を繋げとけ、糞ガキ」

 お嬢様などと全く持ってそう思っていない態度で吐き捨てて、藤原はこの場を立ち去った。

「何故止めるんですか? あんな奴もう必要ないでしょう?」

 私は訴えるように問う。

 彼は、そうなことは言わないでくれと、悲しげな視線を私に向けた。

「君は知らないんだよ、彼を。彼の優しさを、痛みを何もかも……」

 私だけではない、誰も彼もが彼のことが分からなかった。彼は藤原を尊敬していると言うのだ。

 藤原と彼の接点を誰も知らない。

「僕は大丈夫だから、もう藤原先生に手をあげるのはやめるんだ。頼む」

 のっけからこれだ……、私の存在など牽制にすらならなかった。


※※※※


 私は別室で見ていることしか出来ない。

 今彼は沢山の計器に繋がれて、様々なデータを採取されている。

 この作業に藤原は関与していない。奴が関わるのは、この後だ。

 普段から、体内の計器や携帯からモニタリングをしているので、これは最終的な調整様のデータ採取に過ぎない。

 そして、それを元に藤原を始め技術スタッフたちが彼の体の最終調整を行い、それが終わればその後で、スキンラバーを最新のものへと張り替えることになっている。

「先ほどは申し訳ありませんでした」

 西村が藤原に変わって謝罪する。

「私に言っても無意味だわ。ねえ? 貴方はなぜ彼が、奴をこうまで庇い立てするのか知ってる?」

 知っているとは思えないが、若しかしたら分かる可能性も考えて一応質問してみる。

「いえ、分かりません。ただ、『あの方』ではなく、『彼』の方と何らかの繋がりがあった可能性がありそうです。以前、藤原くんが勤めていた病院に、彼と覚しき人物が出入りしていた様ですので」

「そう……」

 そうなってくるとお手あげた。

 『兄様』かれの罪の象徴である『彼』――私たち(限られた極一部の人間)はその存在を、彼の罪『罪彼ざいか』と称している――が絡んでくるとなると、最早こちらからでは手は出せない。もし、私たちが罪彼に関することを調べたこと、それが彼に知られれば、きっと彼は罪彼のために全てを犠牲にする。いや、きっとではなく間違いないだろう。

 そして、いくら私たちが隠そうとしても、彼を欺くことは不可能だ。よって、これ以上は手詰まりとなる。

(いったい、貴方に何があったのですか?)

 ガラス越しに見る彼を見据えて、心の中で問いてみた。

 事件としてのあらましは知っている。しかし、『兄様かれ罪彼かれ』の間のことは個人的な問題だと、決して話してはくれない。その内容は詠歌さんですら知らない筈だ。

 もし、事件が解決したのなら日向兄様との決着が着いたのなら……貴方はどうするつもりなんですか?

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