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4.嵐の少女

 校内を歩くとき通常ならば外靴のままだ、しかしこの後は、軽いHRホームルームをやってから、始業式が行われる体育館へ移動となるため、下駄箱で予め室内用運動靴へと履き替えておく必要がある。

 そのために二人がA組の下駄箱へと向かうと、丁度靴を履き替えた女生徒が、二人に気づき挨拶の言葉を掛けて踵を返した。

 ――が、女生徒は数歩進んだものの、何故かその場で立ち止まった。

 凍夜と小夜も挨拶を返し、学校指定の鞄の中から運動靴を取出す。二人の意識は靴の履き替えに向いているため、立ち止まった女生徒には気付いていなかった。

 下駄箱は一クラス縦六列・横五列のロッカーが、隣のクラスと並べて置いてある。

 列びは、左上から下に出席番号(男女混合名前の)順となっているため、二人のロッカーは上下に並ぶことになる。

 余談ではあるが、革靴をロッカーに入れるときに、二人同時に入れようとして体が密着したのは、小夜が故意にタイミングをズラさなっかったためだ。

「紫司さん?」

「「はい?」」

 靴をしまったところで、先ほどの女生徒が声を掛けてきた。

 名字にさん付けでの呼び方はどちらにとっても馴染みのものであったため、二人とも自然に返事が出てしまう。

 女生徒の方へと顔を向けると、凍夜にとって見覚えのある顔があった。

「ああっ!! 中島さん!」

「ヤッホー!! やーっぱ、シヅカちゃんだったんだ。まさか、こんなとこで会うなんて思ってもなかったから、危うく気づかないところだったよ~」

「シヅカちゃんは、やめて下さいよ。恥ずかしいんですから」

「まあまあ、いいじゃないの? お互いこんな辺境の地(国立魔法学校)で、数少ない知り合いに巡り会えたんだしさぁ。

 って! アレッ? そういえば、なんでここにいんの? ってか、女連れっ!!! 然もちょーカワイイし!!

……がっくし……ああ、あの硬派なシヅカちゃんも美少女の誘惑には勝てなかったのね。これで、あたしも恋愛負け組なのね…………よよよっ」

 朝からあまりにもテンションが高い中島という凍夜の知り合いの女生徒。矢継ぎ早の質問かと思いきや答える時間も与えずに、芝居がかった台詞に嘘泣きまでを繰り出してきた。

 凍夜は肩をがっくり落とし、疲れた表情を露骨に表している。

「中島さんは相変わらず、朝から元気ですね……先ほどは、随分真っ当な挨拶だったんで分かりませんでしたよ」

 シヅカちゃん呼ばわりの仕返しとばかりに凍夜も言い返す。

「何よっそれ! もうっ!! アンタは相変わらず、口調は丁寧なのに、言ってることは辛辣しんらつなのよ。『年上』だったら、もうちょっと年長者としての貫禄ってものを見せらんないの?

 流石にあたしだって、初対面の相手にいきなりフレンドリーにとはいかないっての」

「それなら先ず『その年長者』を敬う態度というのを示して頂かないとね」

「なにを――――


 二人の会話が続く傍ら、こんな二人のやり取りを見ていた小夜には、色々な想いが込み上げていた。


『これほどまでに表情豊かなお兄様を知らない

 これほどまでに饒舌なお兄様を知らない

 学友と語らうお兄様を知らない

 学校でのお兄様を知らない

 知らない――――知らない――――知らない――――知らない――知らない……

 ここには、私の知らないお兄様がいる……


 違う! ――お兄様のことを私が知らないだけだ

 私が知るのは、家の中のお兄様だけ

 私が知るのは、『兄』としてのお兄様だけ

 それ以外でのお兄様を想像したことがない

 家にいる以外――自分の隣にいる以外のお兄様を私は全く想像したことがない

 お兄様には、お兄様の生活があるという、こんな当たり前のことさえ、私は失念していた?

 それは、つまり――』


 ある結論が頭をよぎり旋律する。

 『お兄様』と呼び慕っている自分、でもそれがもし『ある考え』を前提においてのものだったならっと。

 それはつまり“あの人たち”同じということだ。


『違う違う違う違う……

 私は違う。私はちゃんと想ってる!

 あの人たちとは違う、私は――――私は――』


 何気ないはずの光景だった。

 兄が友達と話しをしている。

 ただそれだけのはずの光景。

 それなのに、小夜にはその光景を何の気なしに見届けることが出来なかった。そんなことも出来ない自分に落胆した。下唇を噛みしめ思わず涙すら零しそうになる。

 しかし、そんな情けない自分に怒りが込み上げてきた。


『何をしているの私は?

 泣こうとしている? こんなくだらないことで?

 ――――いくらなんでも甘すぎる!!

 泣きたいのは私じゃない!! 辛いのは私じゃない!!!

 辛いのはいつもあの人、それでも笑い続けているのもあの人

 そんな人の前で泣いていい程、私は傷ついてなんかいやしない』


 怒りが決心へと変わる。

 今まで自分のが兄をどう捉えていたか、そんなことに対する後悔や懺悔なんてものは何の意味もなさない、ただ自分が満足したいだけだ。そんな自己満足に費やしている時間などない。

 ならどうするのか?

 簡単だ。

 歩み寄ればいい。今度こそ間違わないように。

 かつてあの人がそうしてくれたように。

(今度こそ、私は“お兄様の妹”になるんだ!!)


「お・に・い・さ・ま。私のことはお忘れですか?」

 小夜はわざと猫なで声を出して二人の会話に割り込む。先ほどの葛藤を微塵も感じさせない自然な笑顔がそこにはあった。

「わっ!!? 何? あんたっ!! そういう趣味?

 やだ、ちょっとそれ引くんですけど……」

 そう言って、凍夜に軽蔑の視線を送り、後ずさる中島。

「違いますよっ!!! 妹ですよ! 妹!

 はぁ……小夜、こういうときにそういう悪ふざけはよしなさい」

「はい。ごめんなさい。でも、お兄様も悪いのですよ。

 いつまで経っても、紹介して下さらないのですから」

 小夜に追い打ちを掛けられどっと疲れた凍夜、小夜はクスクスと笑いながら悪びれた様子なく言葉を返す。

「ごめんね、それは反省するよ」

 ここでようやく凍夜から紹介が入った。

 名前は、中島沙樹(なかじまさき)。中学3年時のクラスメイトの一人で、凍夜を含む幾人かのグループで固まったときの真面目なこと以外での中心人物という紹介だった。

「っで、こっちはいも――」

「ああ、いいわよ知ってるから」

 沙樹はこともなげにさらっと言ってのけた。

「紫司小夜さん。近隣中高じゃ知らない方がおかしいわよ。

 成績優秀・容姿端麗の美少女が団体競技のキューブで、一人の力だけで全国大会にまで出場を果たしたってだけでも十分なのに、その上あの『紫司家』のご令嬢でしょ~? そんなの常識よ、常識」

 そんなことも知らないの~っという視線を凍夜に向ける。

「そんなっ、アレはチームのみんなの協力があってこそです。私一人の力じゃ、とても全国までは行けませんわ」

「そんなことありませんよ。私も幾度か試合を拝見させて頂いたことがありますからよく分かります。それに、何度見ても貴女の動きに魅入られてしまいました」

 凍夜のときとは打って変わってとても礼儀正しい態度になっている沙樹。

 一応、こちらが通常状態の彼女だというのを知っているので、わざわざそのことに突っ込んだりはしないが、

「はぁ~、わざわざ知ってて僕をからかっていたわけですか?」

 流石に小言の一つも言って置かねば気が済まない。

「ええ、もちろん!!」

 沙樹はにこやかに笑って応えた。

 この先もこの沙樹と同じ学校生活を送るのかと思うと、ちょっと(かなり)大変そうだとも思い、それでも退屈はしないどろうという確信があった。

「そろそろ立ち話もなんですから、教室へ向かいませんか?」

 小夜の意見に同意して、三人は教室へと向かって行った。

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