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優しい月のトリニティクロス~My dear elder brother~  作者: F/L
二章・氷上の平穏
35/73

35.妃依里のお兄様のいない休日1

 これは、夢……幾度となく見てきた夢。

 普段のわたしは夢を見る方ではないけれど、時折こうして夢を見ることがある。そして、それはいつも夢だとわかる……

 それは、夢ではあっても現実。過去という現実、私がまだ幼かったおろかだった頃の、忌まわしき記憶あくむ


 使用人の姉様方が話しているのを聞いてしまった私は、激情に任せて走り出した。

 紫司の宗家は作法にもかなり五月蠅い、廊下を駆ける私をはしたないと咎める声が聞こえたが、今の私にそんなことに構ってる余裕はない、というよりもその声の意味すらも理解出来ていなかったので、勢いをそのままに疾走を続けた。

 やがて離れへの渡り廊下へとさしかかり、目的の部屋が見えてきた。

 私を騙し続けたアレの元へと……

 スタンッ!! 疾走の勢いをも殺さぬままに、障子を乱暴に開けた私は、その中に横たわるソレをめ付けた。


『やめてっ!!』


 いつも鮮血を垂れ流すソレの所為で、最早布団は元の純白を失い、洗ってもくすんだ赤色になってしまう。そして今ソレがくるまっているのはその赤い布団で、そのくすんだ赤色の筈の布団は、今も尚ソレの垂れ流す鮮血の所為で、今度は表面が乾いて真っ黒な固まりになっていた。

 その黒い固まりと化した布団の中には、最早人のかたちすら保てないでいる****がいる。

 始めの頃は、まだマシだった。しかし、今のソレはもう人と呼ぶにすら値しない貌の****だ。その右腕と両足は、末端から徐々に朽ち行き今では、右腕はその付け根までを、足は付け根までと太ももの辺りまでをそれぞれ失っていた。そして、今は掛け布団でその有様は分からないが、ソレのその歪な貌を、布団と同様に黒い包帯が覆っている。

 つい昨日までは、いやつい先ほどまでは**であると思っていた筈のソレは、今の私にとっては単なるモノでしか無くなっていた。


『お願い……もう……やめて…………』

 幾ら私が叫んでも、夢の中の私は――過去の私はやめようとはしてくれない。

 お願いだから、もう醒めて欲しい……これ以上先はもう…………見たくないのに……


 そんな状態にまでなってもまだ生きているそれは、障子を乱暴に開け放った私に向かって、右半分を包帯で覆われた顔を向けて微笑みを持って迎えた。しかし、今の私にはソレの表情など、もうただのおぞましい****のそれにしか見えない。

「そんなに急いで、どうしたんだい?」

 その有様とは裏腹に、ソレの声はしっかりとしている。その声を聞いて更に怒りが込み上げて来た。

(何故今まで疑問に思わなかった? 確かに、姉上や父上から言われたかも知れない。でも……でも……******の声が、こんなのになってしまうわけないじゃないかっ!!)

妃依里ひより?」

 ソレが私の名を呼ぶ。

 その瞬間、全身を寒気が襲った。

「呼ぶなっ!!! 私の名前を、お前みたいな****が呼ぶなっ!!」

 咄嗟にその言葉が出ていた。そして、一瞬だけ自分の言った言葉にハッとしてしまう。

 だが、悪いのは私じゃない。偽ったソレが悪いのだ。******を騙ったコレが……と、心の内でいい訳して、再び睨み付けた。

 その言葉を聞いたソレは、私とは違った意味で一瞬表情を強張らせた。

 しかし、それはホンの一時だけで、その後はその顔の向きを天井へと変えて、目を閉じて、とても穏やかな口調で、少しだけ語り始めた。

「そうか……知られてしまったんだね。ごめんね。そう、僕は君のお兄さんじゃないよ。僕とあねう…………君のお姉さんとで、利害が一致したんだ。だから、僕は君のお兄さんに成り代わったんだ。君には、酷なことをしたね。本当にごめん」


『お願い! お願い! お願い!! これ以上先は、駄目……ダメなの……だから、もう……お願いだから、もうやめて……』

 今の私がどれ程必死になっても、もう過去は変えられない。起きた事実は変わらない。罪は消えない。


「――して……」

 私の小さすぎる言葉を聞き取れ無かったソレは、もう一度言ってくれと言ってきた。

 私はそれに、有りっ丈の想いにくしみを込めて叫んだ。

「謝るくらいなら、私の本当のお兄ちゃんを帰してっ!! お兄ちゃんじゃなくて、お前が……お前が*******良かったんだ!!」


『やめてーーーーーっ!!!』


「この****めっ!!!」


※※※※


「いやーーーーーーーっ!!!」

 自分の叫び声で飛び起きた。いつもここまで来て、同じようにして目を覚ます。

 私は自分を抱きしめる様に、腕を交差させて両肩を掴んだ。

 息は上がっている、脈もはやい、汗も全身から、寝間着の浴衣が濡れる程にかいている。だが、酷く寒い。

 自分の体がそうではない様に、体から熱を感じられない。

「助けて……」

 『***』しかし、この言葉は出て来なかった。出せる訳がない。

 そもそも、加害者は誰だ? 被害者は誰だ? 加害者の分際で被害者面して、助けを欲する何て……都合の良いときだけ、いつもいつもあの人に頼ってばかりで、最低過ぎるにも程がある。

 本来、こんな私にあの人の近くにいる資格なんてないのに……それだけでも十分過ぎる程に救いだと言うのに、それがどうしてこれ以上頼ることが出来るというのだろう?

 もし、叶うなら私は私自身を八つ裂きにしてしまいたい。

 これ程までに愚かで、強欲で醜い存在を、あの人にこれ以上近づけたくない。

 姉上たちを恨むなど本来は単なる八つ当たりでしなかい。本当は私は私自身が一番憎い。本当はこんな私を一番あの人に近づけたくない……

「そう思ってるのに、どうして出来ないの!」

 静かに、けど強く自分を叱責した。

 情けない……本当に、どうしようもない程に……結局私は自分がかわいいのだ。あの人に守って貰えるという自分という存在が……


 いつの間にか涙を流しながら、そんなことを考えていた私の意識に、目覚ましの音が割って入ってきた。

 くだらない。ただ自分が不幸だと思ってないているなんて、矮小にも程がありすぎる。

 そんなことを嘆いてる暇があるなら、少しでもあの人の役に立てる存在になれる様に努力しろ! そう自分に活をいれた。


※※※※


 今日は土曜日で、学校は休みの日。でも、お兄様にそのことは関係なく、平日と変わらぬ規則正しい生活を送る習慣がある。

 平時なら兎も角、今の気分の私が一人だったなら、きっとだらしない一日を過ごしたに違いない。

 この間から朝の習慣であったランニングは必要がなくなったということで、今の時間お兄様は朝食を準備している頃だ。

 本当なら、今すぐにでも駆けつけてお手伝いしたいところだけれど、こんな汗の酷い状態でお兄様の前に出られる訳がない。まだ、臭いはしていないとは思うけれど、こういうものは自分では気付きづらいものだから、安心は出来ない。急いでシャワーを浴びてしまおう。

 汗も気になるが、今はお兄様に顔を合わせたくないという思いもある。きっと、今の私を見られたら気付かれてしますだろうから。

 しかし、その思いも虚しく着替えを持って階段を下りた先で、あろう事かお兄様に出くわしてしまった。

 ドクンッ! っと、心臓が強く高鳴る。――――そうコレは高鳴り、出会ってしまったというバツの悪さからではない。全く持って本当に情けないにも程がある。先刻までの思いなどどこへやら、お兄様に出会えた瞬間には、もうそのことだけで胸がときめいてしまうのだから。

 私は、いつもの様にあいさつをして、お兄様の横を通り抜けようとした。

 バサッ――――横を抜けきる前に片腕をお兄様に取られて、抱えていた着替えを落としてしまった。

 こういうときのお兄様は少し強引だ。とは言っても、痛いほど強く握る様なことはしないので、女の力わたしでも振り払おうとすれば簡単にできる程度でしかない。

 お兄様はそのまま自分の胸へと抱き留めた。いつもならここで左手で頭を軽く撫でてくれるところなのだが、こういうときには少し苦しいくらいに、ギュッとその両手で私をきつく抱きしめる。

(ダメっ! 私はそんなことして貰っちゃダメなの!)

 私はささやかな抵抗を試みるが、所詮私にお兄様を振り払えるだけの覚悟などあろう筈のない。本当にささやかな、ただのかたちだけの微かな抵抗。

 だが、それだって長続きなどしない。そして、駄目だと分かっていても、結局自分からも手を伸ばし、お兄様にすがり付く様に抱き返してしまった。

 いつもこうだ…………あの夢を見た後は、何故だかお兄様はそれが分かる様で、こうして強引に私を抱き留めるのだ。

 因みに、夢のことだけに捕らわれず、私がお兄様に隠して置きたいことで、バレなかったことはない。具体的な内容までは流石に把握していないけれど、隠し事自体の的中率は百パーセントだ。私はそれ程分かり易いのだろうか?

 そして、問題はここからだ。そこまでなら、まだ(真面目な状態の)自分を許容することが出来る。しかし――

 抱き留められた私は、いてもたってもいられずにお兄様のその胸に頬摺りを始めてしまう。今までの葛藤など何のその、その顔には憂いなど微塵も感じ取ることなど出来はしない。

 そして、こうなった状態の私を確認して、漸くお兄様は私を解放して、仕切り直しとばかりに朝の挨拶をする。

「おはよう。僕は、そういう(表情の)小夜が好きだよ」

 そのお兄様の微笑みに私は頬を朱く染めることしか出来なかった。

「お風呂入るんだよね? ごめんね、邪魔しちゃって。はい」

 お兄様は私の落とした着替えの洋服――普段は和服だけど、外への用向きがあるため――を、ポンポンと軽く叩きながら差し出す。

 私はそれを受け取って、足取りはしっかりしているものの、すっかり出来上がった酔っぱらいの如き浮かれ気分で、お風呂場へと向かった。

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