32.悪魔の所業
大輔の目の前には光の柱が出来た。
雷光を放つと同時に、足跡で作った円に沿って円筒形の内障壁が大輔によって張られていた。
その障壁の中で、大輔の放った雷光が強い光を放ち輝いている。
同じく校庭で二人の模擬戦を見ていたクラスメイトは勿論、教室にて授業を受けていた者たちもその光に目を眩ませた。
しかし、その発光はそう長くは続くことは無かった。数秒と言う時間で光りは消え、障壁はただの白い柱となった。
中の氷が水蒸気となり内部に霧として充満しているのだ。そのため、まだ中の様子は分からない。
だが、間違いなく当たった。
障壁は破られてはいない、凍夜は間違いなく障壁の中に入っていた。故に攻撃自体は当たったと大輔は確信している。
そして、水蒸気が風に流され中の様子が露わになろうとしている。
大輔の魔力が切れたことにより、障壁が消失したのだ。先の発光も本来ならば、もう少し長い時間を持続しなければならなかったのだが、大輔の魔力が枯渇してしまったために、早々に消えてしまった。
風は穏やか――というよりも、今はほぼ無風に近い程なので、なかなかに晴れてはいかない。その中からゆっくりと、テンポの良い音が聞こえてくる。
拍手だ。
漸く霧が晴れ始めたその中に、皆は異様なものを見た。
「――なんだ……コレ?」
誰とも無く呟く声が聞こえてきた。大輔では無かった……大輔は完全に呆気に取られていて、最早声を出すどころですら無くなっていたのだ。
またしても凍夜による理解不能の所業――――皆の目の前にはただ真っ黒な箱があった。
そして、その中から拍手は聞こえてくる。つまりは凍夜はこの中にいるということだ。
中には冷静に自体を把握しようとしている者もいる。この箱についての自分なりの考察をしているのだ。
考えられることとして、先刻から使用しているBアムズ、アレで魔法を使ったというのが一つ。だが、それはない筈だ。
Bアムズに多種の魔法は使えないというデメリットがある。凍夜の使い方は確かに色々やってのけた様にも見えるが、その実やっていたのは魔恍の放出のみで、あとはそれを形状変化させていたに過ぎない。故にこれは除外される。
自分たちの知らない新開発されたタイプという可能性もあるかも知れないが、それを考えると切りがない上に現実的ではないので、そこは考慮しない。
次に現実的にあり得る中で高い可能性といしては、新たに別のBアムズを出したという当たりだろうと、推測する。
だが、次の瞬間にはその考えも間違いであると思い知らされ、完全に見当の糸口をも無くされてしまった。
「素晴らしい魔法ですね。魔法の技法たる『性質形状変化技法』と光の反射を利用した実に巧妙な技でした。僕は少々――いえ、大変失礼ですけど、貴方を大分見くびっていましたよ」
黒い箱が消え、中から凍夜の姿が現れた。そして、その手には何も無かった。
先刻まで使用していたBアムズすら持っていないのだ。
だが考えて見れば分かることだった。凍夜は拍手していたのだ。故に手には何も持っていないということになる。
Bアムズの最大のデメリット――それは使用者が常にその手にしていなければならない、ということろにある。勿論、トリガー式の様な物理的な発動や、地雷・機雷の様にセンサーによる発動方式のものであるならば話は別だ。だが、その手のタイプは瞬間的な発動で尚かつ、先の使い方の様に形状変化ということすらも出来ない、完全に固定発動のみの代物だ。
よって、Bアムズということですらない。
ならば、あの箱は一体なのなのか? と考えれば、思いつく先に一つしか心当たりがないことになる。
即ち、『魔法』だと……
凍夜は大輔から視線を外し皆の方を向いた。
「始めに言っておきます。今の僕の使ったのは魔法ではありませんよ」
そして、凍夜はその考えすらも否定する。
「その答えは既に皆さんの中にあるものです。ゆくゆくは答え合わせをしますが、今はこの現象の正体を存分に考えていてくださいね」
そいうは言われても、魔法以外であのようなことが起こせるものに心当たりはない。凍夜の言葉は皆に混乱を与えるだけだった。
しかし、そんな困惑する皆には目もくれず、凍夜は大輔へ先ほどの連携式複合魔法の賞賛を述べた。
「本当に見事な魔法でしたよ。よって、その全力の貴方に報いるべく、僕も避けるのではなく。先ほどの技を使わせて貰いました」
つまりは、暗に『避けようと思えば避けられた』と言っているに等しいのではるが、凍夜にその意図はない。
真実持って感心したがために敢えて受け、本来ならば出す必要の無かった技まで披露したのだった。そう、小夜すらも驚かせる程の代物を――
そして、凍夜は大輔の魔法についての考察を述べ始めた。
「先ず始めに放った氷弾、アレは僕に防がれることを前提とした布石。そして、次の雷弾、アレはその氷弾を更に粉々に砕くためのもので、プリズムを利用した雷を模した実質的な物理攻撃。それにより、氷塊は氷片へと砕かれ、そしてとして空気中に散布される。そこに、最後の雷光。アレもプリズムにより光に雷の属性を付与した『雷の光り』ではなく『光りの雷』と言ったところでしょか。それを氷片へと当てることで、光の乱反射を利用して不可避の全包囲攻撃により全身を焼き尽くす大技ですね」
たった一度、それだけでそこまで見切られた。大輔は最早感嘆を理由に呆気に取られていた。
しかし、それだけでは終わらなかった。
「ただ惜しむなら、その魔法は最初に出すべきでしたね。貴方の魔力――この場合は、魔粒子の保有量若しくは活性力の高さのどちらかを差す――では、まだアレは全快の状態でないと最後まで発動仕切れないのでしょう?」
本当にこの紫司凍夜という人物には驚かされるばかりでしかない。
あの魔法が、あの段階ではまだ完全ではないということろまで看破されてしまったのだ。
「本来ならば、あの雷光は標的を焼くだけではなく、更に水蒸気を電気分解させて、酸素と水素を作り出し、密閉された障壁内をその名に相応しく爆発させる魔法だと思うのですが、どうでしょう?」
「――――クッ、ハッハッハッハッ……ご名答っ!!」
そこまで見切られては驚きを通り越して、愉快でしかない。これが格の違いというものかと心底思い知らされた気分だったが、不快でなはい。寧ろストレスの原因がなくなってスッキリした程だ。
そうなってくると、一限目の国語の小テストのこと方が今は疑わしく思えてくる。
「アンタ若しかして、一限目のアレはわざとか?」
凍夜はその質問には苦笑するしかない。
「まさか、違いますよ。後で説明しますけど、『アレはアレ、コレはコレ』です」
大輔はそうかと呟き、これで終わりと思った。
最早、自分の魔力は空っぽ状態で、急激な消費により体も怠い。魔力の回復はそれ程早い方ではないので、この時間はこれ以上もう何も出来ない――――と、そう思っていたときだ。
凍夜が、先ほどとは打って変わって抑揚のない少し低い声を発した。
「では、決着を付けましょう」
まだやるのかと誰もが驚く。
「ルールは『地面に倒れるまで』というものです。そして、僕は『力を証明する』ともいいました。ですが、大変失礼ながら僕はまだ皆さんにその証明をしていません」
今度は『力を証明していない』という言葉に驚く。
何しろ散々不可思議な現象を見せつけられたのだ。誰もがそれで十分だと納得していた。しかし――
「そして、それでも十分に皆さんを納得させられると、そう思っていました」
そう言って、凍夜が右腕を軽く振り上げた。
その行為に小夜は先ほどの黒い箱を見たとき以上の驚きを露わにした。
「ですが、やはりきちんと『目に見える形』で表さなければなりませんよね、力を」
その右手の一差し指を軽く天へと立てる。
小夜は二人の頭上を探す。あるものがある筈だと……そして、やはりそれはあった。
「本気で相手をしてくれた者に、それでは余りに失礼だ。なのでここは一つ、滅多に見ることの出来ない程の、『悪魔の所業』をお見せしますよ。小野くんの上を見て下さい」
皆は凍夜の言葉に従い、大輔の頭上を仰ぎ見る。
そこには恍弾が一つ浮いていた。そう、これは凍夜が扇子で上に弾いた大輔の恍弾だ。
皆は、ある光景が頭を過ぎりハッとする。先刻の大輔の自爆模様、その後の凍夜とのやり取り――――それを聴けば誰でも分かるだろう、アレは大輔のたんなる自爆ではなく、凍夜が何かをしたのだと……
そして、今は大輔の放った魔弾が彼自身の上にあり、凍夜が腕を振り上げている。
だが、先ほどのときとは絶対的な違いがある。大輔の魔力は尽きている。即ち、強化はもう掛かっていない……
一言と共に、凍夜の腕が振り下ろされた。
その瞬間、大輔の頭上の魔弾が放った本人に向かって落ちていった。
その光景は正に『悪魔の所業』というべき驚愕に価するもので、『力の証明』というものに十分過ぎるものだった――――