27.氷下の乱流
ここはQGのとある港の倉庫街。
まだ昼間ではあるのだが、船舶の往来は無く、正に何らかの地下組織が隠れ蓑にしていそうな場所だ。
そして、それは多分に漏れずここにも当てはまっていた。
その倉庫街にある一つの倉庫の扉が開かれ、その中に一人の男が入っていた。
「ワリー、遅くなった」
男は言葉では詫びているが、はっきり言って全く気になど留めていない様子だった。
そして、彼を待っていた他のメンバーもそのことを気に掛けていない。
だが、遅れて来たことは構わないがその理由は気に掛けて置かなければならない。彼らは、そいうことを気にしなければならない集団だった。
「何かあったの?」
メンバーの内の一人の女性が、遅れて来た男に問いかける。
しかし、これも飽くまで確認程度でしかない。何故なら、何かあった場合には彼はそもそもここには来ていない筈なのだ。
「いや~、途中で子猫がいてさ~。あんまりじゃれつくんで、宥めるのに時間食っちまった」
「そう」
女性が倉庫の中央にまで歩み出て姿を現す。
現れたのはその女性だけでなく、倉庫に集まっていた全員だった。今倉庫に入って来た男を含めて総勢六名、内女性は二人という構成だ。
彼らは倉庫の中央のテーブルに集まり、全員揃ったところで話を始めた。
「コウモリからの連絡が入ったわ。やはり、ターゲット:T1はヒューガの情報通り偽物ね」
この中で最も若いであろう、まだ少年とも呼べるくらいの青年が片手を挙げた答えた。
次いで、最も年上であろう、男性が言葉を発する。
「これで、ターゲットはあと二人か。一国を相手にこの人数だ。どちらが本命なのか、はっきりするまではコウモリには引き続き監視させておけ」
「分かってるわ」
「しかし、まあ……こちらには好都合とは言え、このT1は可哀想だね~」
テーブルの上に並べられた写真を手に取り、可哀想と言ってお気ながら嘲笑いを浮かべながら写真を眺めていた。
「折角、囮になるためにいろいろ弄られちゃってるってのに、ヒューガの所為で全部パーだよ」
「おいおい。俺を極悪人見たいに言うなよ。それに、そいつが望んだかどうかは兎も角、そいつが成り代わっているのは俺の親友だったんだ。その親友の死を冒涜している輩には罰があって当然だろ?」
それを聴いて、全員が嗤う。
「クッ、つくづく極悪人だろうがよ。その親友を手に掛けて置いてよく言うぜ」
「仕方ないさ。あいつは、そうでもしないと俺の邪魔をするからな」
その話に、年長者の男性が確認を取る。
万が一にも、彼の話に食い違いがあった場合には、自分たちは終わりだ。
一国を相手に、たった六人で戦争している様なものなのだ、どれ程慎重になったとて確実なことはないのだから、せめて一つでも多くの確定事項がある方がいいに決まっている。
「ヒューガ、念のために確認だ。奴は間違いなく、死んだんだな?」
「ああ、間違いないよツァクア。俺がこの眼で見てるんだ。あの状態で、生きていられるわけがない。なんなら、あいつのあのときの状態を誰かで再現してやろうか?」
「いや、いい。それに、お前は下手に動くなよ。お前の存在が知れたらことだ。この間のことだってわざわざお前が出張ることはなかったんだからな」
「大丈夫だよ。俺もあいつが死んだときに一緒に死んでることになってるから、俺の得意(特異)魔法でも使わなきゃ奴らに気づかれることはない」
「念のためさ。何せ向こうにはあの女狐がいる。
以前の作戦のときは、二十そこそこの小娘にしてやられたからな、アレから大分華々しい話も聴いてるんだ。警戒するにこしたことはないさ」
ヒューガは当時を思い出す。自分たちに与えられていた任務。
ある物の護送任務だった。
そして、いつくかの囮を混ぜた部隊の中で、自分たちの部隊が本物を運ぶ筈だった……しかし、自分の部隊の誰もそれを持っては居なかった。
そして、そのときの作戦指揮を執っていたのが詠歌だった。
「確かに、あのヒトはとんだ曲者だ。俺にすら、本物の在処を教えなかったんだからな。まあ、それはいい。もう終わったことだ。それで? これからは?」
まだターゲットはしぼり切れてはいない。
七年掛かりで漸くここまで漕ぎ着けたのだ。今更失敗は出来ない。
先ずはターゲットを絞り込むそれはいい、だがコウモリに観察させてるだけでは埒があかない。
「『花火』はどうかしら?」
今まで黙っていた、最初に口を開いた方ではない、彼女より少し背丈の小さい女性が案を出してきた。
「ファナちゃん、そんなの在り来たりじゃねぇ?」
「ちゃんは辞めなさいニッド。私は貴方より年上よ。
いいのよ、在り来たりでもなんでも、効率がいいのだから」
「確かにな、あのときもよく使っていたから、俺たちだと言うことは直ぐ分かるだろうが、それは今更だ。でなけりゃ、わざわざターゲットを一カ所に纏めたりはしないだろうからな。どうせ誘っているなら、俺たちらしいやり方で、歓迎を受けてやろうじゃないか?」
ツァクアが皆を見回して意見を確認する。
「確かに、(自分たちの)安全面を考えれば一番効率的ではあるが、材料調達の手間を考えるとそうとも言えないだろう?」
ツァクアの次に歳であとう男性が意見をだした。
「デフォイド、手間などいくらかけても構わないではないでしょう。今更しくじる方が大問題です」
「その気持ちは分かるがな、リューダ。今から用意するとなると、半年近くはかかることになるぞ? それ程の期間があれば奴らとて何かしらの対策を打ってくるだろう。流石に君のコウモリでは、今以上のことは出来まい?」
「元々コウモリにはこれ以上は望んでないわ。でなければ、バレルのが落ちよ」
そうして、皆の間で幾つかの意見が出され、結局のところ花火は使われることになり、その準備期間にもコウモリ以外の手段でターゲットを絞り込むべく、幾つかのアプローチをかけるということで話は決まった。
「それじゃ、俺はこれで失礼させて貰うよ」
主要な話が纏まると、ヒューガは一人で先に倉庫を出て行った。
残るメンバーは、その他にも詰めて置く必要がある案件を話していた。
「器の詮索状況は?」
ツァクアがファナに問いかける。
「駄目ね、いったいどこにいったのか……」
実のところ、ヒューガとこの組織では最終的な目的が全く違う。
単に、必要とする手段が同じであるだけだ。
そして、その目的も手段も別段争う必要がないために、行動を共にしているに過ぎない。
故に彼らの間に仲間意識というものは存在しない。
「まあ、いざとなったら奴を使うんでしょ? らな、良いんじゃないの?」
ニッドはこともなげに言ってのけるが、デフォイドが口を慎めと窘める。
確かに、彼らとの関係に仲間意識はないだが、
「彼は我々の数少ない理解者だ。出来うることなら、彼にも未来を託したい」
人として最低限の意識はあるようにも取れる。
だが、花火がなんであるかを知るニッドにしてみれば、何を今更としか思えない。
そうして、今出来うる限りの話を終え、解散となるときにツァクアが言い放った。
『百年後の正常なる世界のために、偽りの平穏を破壊する!!』