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▲ 26.決意~次のステージへ~

 先刻まで子猫の様にじゃれついていた小夜だが、いつの間にかスヤスヤと寝ていた。

 少し乱れた髪を直してやり、その健やかな寝顔をとても愛おしく見つめる凍夜。

 小夜の寝顔を眺めながら凍夜も今日という日のことを振り返っていた。

 詠歌こと・実験のこと・修之こと・沙樹こと……神埜のこと、小夜のこと…………そして…………

 殊更詠歌からの話は、ついにそのときが来たかと思わずにはいられない。

 あのときからずっと待ち望んでいた筈のこと……


※※※※


 凍夜を個室へと招き入れ、椅子には座らず壁に寄りかかりながら、香煙草たばこを一本取り出し、ため息のように大きく一服してから詠歌が話を切り出した。

「奴らが動きだした……」

 それだけで十分だった。それだけで十二分に理解出来た。

 元々そうだろうという予想はあった。でなければ、わざわざ詠歌が自分を(この学校に)呼び出す様なことをするわけがない。

 小夜の安寧を崩すわけがない。

「そしてその中に、奴らしいやからの情報があった。二十前後の男で、赤褐色せきかっしょくの長髪を後ろで一本に縛り、日本刀を繰る日本人だそうだっ……」

 詠歌は苦虫を噛みつぶした様な表情になる。先ほど付けたばかりの香煙草は無残にも灰も残らず、その手の中で焼き尽くされ、青リンゴの爽やかな香りだけが、その存在があったことを主張するかのように残った。

「おまけに、君と同じように不透過の眼鏡で、仲間から『ヒューガ』と呼ばれていたらしい。

これはもう間違いようがないっ!!」

 右手を顔を隠すようにして宛がい、頭を手で壁に押しつけるようにゴンッとぶつけた。

「別に君の話を信じていないわけじゃなかったんだ…………でもな……実際、こうして改めて外部から情報を得るとな……」

 詠歌の言葉にはいつもの覇気がない。いや、覇気どころの問題ではない。

 恐らくその眼は、溢れるギリギリのところまで涙が満ちているに違いなかった。

 彼の存在は詠歌にとって――いや、自分たちにとっても、とても大きい存在だ。

 それでも、誰の前でもその涙はおろか悲しみの表情すら許されぬ立場にある詠歌は、必死にそれを押し殺そうとしていた。

 凍夜としては、自分の前だけでは泣いても構わないと声を掛けたいところだが、それは返って逆効果だということぐらいは理解しているので、敢えてその言葉は口にしない。

「一つ訊いてもいいか……?」

 今だに顔を覆い隠したまま、詠歌が質問する。

「どうぞ」

「お前はあいつが――――


※※※※


《凍夜BGM:Stories/Hitomi》


 そしてこの後、詠歌から能力向上教育プログラムの建前と本来の目的を聴かされた。ということを思いだしながら、凍夜は一人で桜並木を歩いていた。

 あのときの凍夜の頭の中は、詠歌の話はさして驚くようなことでもなく、ただそうかとそう思うだけでおわり、そして、いつも『奴』や『彼』と言っていた存在に『ヒューガ』という名称がついた、ということの方に大きく締められていた。

 詠歌から聴いた直後は何故だかあまり思うこともなかったが、多分これは逆だろう。

 刺激が強すぎて麻痺していた。今思えばそういう状態だったということに気づくことが出来る。

 花見に行くのは元からの予定だった。

 実験のこともあるが、小夜を連れて行ってあげたいという思いも多分にあった。

 それ以外の目的は無かった……無い筈だった…………

 しかし、詠歌の話を聴いていたせいか、気づけば凍夜は一人群れを離れて、ある桜の木へと足を運んでいた。

 三谷美岡の桜の園は三つの区画に別れている。色で分けるなら赤・白・青の三つだ。

 この三つの中ではやはり断トツで青の区画、蒼時雨の人気が高く、桜が咲いている時期は平日でも時間帯によってはかなり人気ひとけが多い。

 休日はどのことろも人が溢れかえるのだが、今は平日の昼間ということで、青の区画以外には人は殆どいない状態だ。

 凍夜は今白い桜の花片の舞う桜並木をゆっくりとただ一本の桜の木を目指して歩く。

 そして、道から外れてなんの変哲もない、ともすればふと目を離しはたその隙にどの木であったか分からなくなってしまいそうな、そんな桜の木の前で凍夜は立ち止まった。

 凍夜にとっての原風景。

 ここに来ること自体が七年ぶりだというのに――いや、そもそも過去の記憶すら曖昧であるのに、何故だかこの記憶だけは自分のものとしてありありと、そしてはっきりと思い出せるのだ。

 ここで交わした自分たちの約束を……

 そうして、受け継がれた眼に手を当てる。

 七年前の誓いを思い出しながら、詠歌の話を桜に語り掛ける。

 その桜にその亡骸があるわけではない。

 これは感傷だ。

 この七年歩んで来た凍夜の人生の……

 これから始めまることへの……

 誰も彼をも騙し続け、誰も彼をも傷つける自分にそんな資格はないと分かっている筈なのに……

 そして同時に、決意を示した。

 誰が聴いているわけでもない。

 ただ、これから皆を傷つけることを躊躇わぬために…………

「これからが、僕たちの『セカンドステージ』だ!!」


《凍夜IS:2nd Stage/kids alive》


『その子は……?』

『ああ……もう死んでるよ……お前も、もう直ぐ死ぬんだろ?』

『ああ……もう、どうやっても助からない…………その子を助けたいか?』

『――っ、出来るのかっ!?』

『……分からない。でも、可能性はある』

『可能性でも構わないっ!! 何でもするっ!! 俺の全てをくれてやるっ!!! だから、だからこの子を助けてくれっ!』

『二つ……二つ条件がある。そして、これは飽くまでも可能性……確実な保証はない……それに、叶えるのは僕ではなく、君自身だ……僕の身は、見た通りもう……もたない……』

『なんでもする、この子のためなら』

『……では、一つは――――

二つ目は、――――』

『分かった、必ず守って見せるよ』

『そうか……じゃあ、後は……お願いします…………うとを……どうか、頼……みます、どうか……い……』

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