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25.その言葉は誰のために……

《小夜BGM:素敵だね/RIKKI》


 小夜は凍夜の心臓へと耳をあてがいその音を聴く。

 凍夜に残る数少ない確かなその身の証明。

 そうして、凍夜の鼓動に耳を傾けながら今日のことを思う。

 いろいろ不安なことがある。

 その最たるものはやはり詠歌と神埜の存在だ。

 だが、そのこと(小夜が不安に思っていること)に凍夜が気づかぬ訳がない筈だ。そして、それでも尚、何も言ってこないということは、自分には言えぬことなのだろうと小夜は胸を痛める。

 凍夜には秘密が多い。それは、小夜に対しても同じことだった。

 恐らく凍夜の全てを知るのは、詠歌や父、そして四柱を中心とする一部の関係者だけだろう……

 その中に自分は含まれていない。

 そのことに心底悔しいという思いがある反面、ある種の安堵があった。

 だからこそまだこのままの関係を続けられる。小夜はそう思っていた。実際のところはどうだかは分からないにしても、 それは確信に近い。

 小夜と凍夜の関係は約束――契約と言い換えた方が正確なのかも知れない。

 始めから終わりのある関係だった。それがいつまでなのかは分からない。

 だがもし、凍夜の目的というものが何なのか、それを自分が知れば、きっとそれは別れを早めることになる、それは間違いない筈だ。

 出来るだけ一緒にいたい、どれ程想いが叶わないとしても、凍夜の言うように、最後には絶望に暮れるとしても…………

 だが、今は……今だけはそんなことが、どうでもよくなってしまうほどに、この胸は温かかった。

 今日小夜がはしゃいでいたのには、確固たる理由がある。

 それこそ今日一日の憂いを全て帳消しにして余りある程の理由が。

 確かに凍夜自身の歌った歌には心から酔いしれていた。だが、麻里奈が歌ったときにはきちんと防壁を張っていた。

 流石に、麻里奈の想いに感化されるわけにはいかない。そうなれば、もう自分を抑えることなど出来なくなってしまうから……

 それを聴いたのは本当に偶然だった。

 修之と二人で席を外した凍夜が、修之との密談を終えても帰って来なかったときのことだ。

 いくら修之から凍夜からの伝言として、待っているようにと告げられても、もう20分以上も帰って来なかったのだ、小夜としては当然凍夜を探しに行く。

 そして、暫く周辺を探しているときに、偶然沙樹と神埜の話を聴いてしまったのだ。

 今日、神埜が態度を一変させられた凍夜からの一言を……

『僕は、妹を傷つける存在を、例えなんであろうと許しはしませんから』

 それからのことは夢見心地であの場でのことはよく覚えていない。

 何せ万人に優しいあの凍夜が、自分を擁護するために他人を傷つけることをいとわなかったのだ。

 それほどに想われていることに、嬉しさを隠しきれるわけがなかった。


※※※※


「おかえりなさいませ、神埜お嬢様」

 そういって出迎えたのは、幼少の頃より神埜の世話をしてきた乳母の様な使用人、池田昌子いけだまさこだ。

「ただいま」

 神埜はいつもと変わらぬそっけない挨拶を返しただけで自分の部屋へと入って、直ぐに着替え始めた。

 蒼縁の家は日本屋敷で、神埜の部屋も障子と襖で囲われた部屋だ。

「おめでとうございます」


《神埜BGM:you/癒月》


 縁側に控えた昌子が着替えを行う神埜に、突然祝辞を述べた。

「なんだ、突然?」

 神埜は昌子の意図が全く分からなかった。

「あの方と何かいいことが、お有りになったのでしょう?」

 一瞬驚き、動きを止めた。だが、それもホンの一時だ。

 神埜は再び着替えを再会する。

 全く、何故分かるのか? と神埜はつくづく疑問に思う。

「何故そう思う?」

「お嬢様のお顔がいつもよりお優しゅう御座いました。お嬢様にその様な変化をもたらせられるのは、あの方を置いて他にはおりませんから」

 玄関からここまでで顔を合わせたのは、僅かな時間だけだ。

 ただでさえいつもと変わらぬ筈(和らげてるつもりはない)の自分のどこを見てそれが読み取れるのか、神埜は不思議で仕方がない。

 恐らくは……いや間違いなく、実の両親でさえ気づくことはない。

 自分の変化を読み取れる人間たにんなど、昌子とあの人だけだ。

「参ったな……」

 そう言って、左手で左目の上を押さえる。左目からは涙が溢れていた。

 今はまだ不味かった。まだ心が落ち着いていない。

 自分のことを心から想って、掛けられた昌子の祝辞が、彼の言葉を思い出させ、そしてそれを祝ってくれる存在というのが、とても嬉しかった。

 教室でその言葉を掛けられてから、ずっと嬉しくて……とても嬉しくて……でも、その喜びを表してはいけないことが辛くて……、神埜はその想いに教室ではグッと堪えていた。

 思わず幼少の頃の『本当の自分』というものに戻りそうになってしまった程に…………

 その思いを押さえつけながら、なんとか花見まで同行した。

 だが、これ以上はきっとボロが出る。そう思い、今はそれ以上に近づかない様にして、ずっと何事にも無関心を装っていた。

 いっそ、花見に同行しない方が本来はいいのだろう……だが、それはどうしても出来なかった。

 それは、神埜に取ってとても重要なことだったから……

 神埜は耐えていた。誰にも気づかれることなく…………

 きっと皆には目障りな存在としてあり、神埜の想いの片鱗も見いだすことは出来なかった筈だ。

 それでいい。そうでなくてはいけない。そうでなくてはならなかった。

 結局同行しても、一言も話さなかった。

 なるべく視界に入れないようにした。そのお陰で大分落ち着いたころだった。

(あのバカ余計なことしやがって…………あんな歌……歌うなよな……)

 そう思いながら、立っても居られなくなり、畳にへたり込む。

(なんだよ、畜生っ! どんだけ凄すぎる(バカな)んだよ。あのバカはっ!)

 凍夜の掛けたまじないの効果に当てられたわけではない。

 だが、その込められた想いは理解できる。

 そして、凍夜がやっていたことが、それがどれ程のことなのか、それが分かっていた。

 あの中でそれを真実理解出来たのは神埜だけだ。

 小夜は凍夜から話を聴いて、自分には出来なくてもその原理だけは理解……いや、知っていた。

 凄いことだというのはわかる。しかし、それがどれ程のものなのかまでは理解していない。いや、出来ない。

 神埜程の魔術師だからこそ分かる。

 そして、小夜ですら知らぬ彼を知るが故に、彼を想わずにはいられない。

 それが、どれ程の苦悩の上に成り立つものなのか。

 それが、どれ程のことをして手にすることが出来るようになったものなのか。

 それは、誰にも想像すら出来ぬほどに過酷であっただろうことを想う。

 耐えられそうに無かったから、感情の線を一旦切った。

 今度は、自分を傷つけるためにではなく、自分を守るために……

 家まで戻って来て、玄関に入る前にまた繋げ直したばかりだ。

 そんな状態で、優しくされて涙を堪えきれる程、神埜は本来無感動な人間ではないし、その感情ごと消し去ってしまう程に冷淡でもなかった。

「お嬢様、入りますよ?」

 そういって、昌子は神埜の返事も聴かずに部屋へと入って来た。

 そして、先ず神埜に声を掛けるのでは無く、鑑やらなにやらを用意し始めた。

「さあ、お立ち下さい。髪を結わえますから」

 神埜は昌子のなすがままにされ、その蒼髪に櫛を通された。

「今はお泣きなさい。今までの分を、ウンとお泣きなさい。そして、明日からはあの方に、今の貴女をお見せになって差し上げなさい。きっとあの方もそれを望んでおられる筈ですよ」

 きっと、母ですら言えぬ様な言葉を昌子は、優しく神埜に掛けた。

「あの方にとって、貴女こそが真の姫君なのですから」

 昌子は小夜を直接は知らない。だからと言って小夜に対して何かしら含むところはない。

 ただ純粋に、神埜が愛おしいだけだ。

 その神埜に、本来の神埜に戻って欲しいそう思っている。それだけだった……

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