24.歌に込められたオモイ
便宜的に**編とかつけてますが、これはおもいの他一章が長くなってしまったから、付けてるだけです。
お花見編は短いです。
それが終われば、二章に入ります。
ドアの前に立ち、ノックしようと腕を振り上げては見てみるものの、またしてもその手がドアを打つことはなかった。
「はぁ~」
そうして、この数分間で何度目になるか分からないため息をつき、そしてまた深呼吸をする小夜。
彼女は今、凍夜の部屋の前で先ほどと同じ行動をかれこれ十分程繰り返していた。
しかし、その手はいっこうにドアを打つことはなく、そしてとうとうその手がドアを打つこともなかった。
ガチャッっと、ドアの開閉と共に凍夜が部屋から出てきた。しかしそれは、今小夜が立つ目の前の部屋、凍夜の寝室からではない。
凍夜が出てきたのは『凍夜の一室(第一の部屋)』だ。
小夜ですらその立ち入りを禁じられた凍夜の真の部屋――しかし、最近この部屋を利用することは無かった。
そのことが、何だか今日の自分の不安を確かなものにするようで少し怖くなった。
「んっ?」
部屋から出てきた凍夜が、自分の二室の前に立つ小夜を捉えた。
その格好は寝間着用の浴衣だ。青地に色とりどりの帯の柄をあしらった小夜に良く似合ったとても愛らしいものだ。
小夜は、『えとっ』『あの……』とそわそわもじもじとするばかりでいっこうに話しが出てこない。
こうしている時点でその意味が丸わかりなので、見ていてとても微笑ましく、浴衣姿も相まってとても愛らしい。
その小夜の側まで歩みより、自分の寝室のドアを開け、
「いいよ、お入り」
《IBGM:Destiny/佐藤朱美》
っと、優しく微笑む凍夜。そして、その言葉を受けて満面の笑みを浮かべて、『はいっ』と勢いよく返事を返し、凍夜の部屋の中へと入る小夜。
そして、その勢いのままに、部屋の左手にあるベッドへとスルリと入っていった。
小夜がこういう風に寝間着姿で言い淀むときの原因はこれだ。
まだ小学校に通っていたころは素直に口にすることも出来たのだが、中学に上がったころから気恥ずかしさや凍夜に迷惑がかかることを懸念して(主に後者から)、口にすることはおろかこうして態度に示すことすら少なくなった。
一時はその素振りすら見せないのようになったのだが、凍夜から『女の娘は我が儘なくらいな方が可愛いんだよ』っと言われ、月に一度か二度程はこうして(かなり慎ましい)我が儘として添い寝をお願いしにくるのだった。
凍夜のベッドの向きは入り口側に足を向ける様におかれている。
しかし、何故か枕は足下の方へと置かれていた。
自分がここに来てからずっとそうしてあることに、その顛末を思い出すと共にそれだけで喜びが広がっていく。
最初に一緒に寝ようとしたときに、凍夜は小夜を壁側に寝かせようとしたのだが、(今の小夜ならできないかもしれないが)小夜は拒み、凍夜の左側で寝ることを要求したのだ。
『嫌です、私はお兄様と……お兄様を直接感じていたいです』
っと、今にして思えば相当大胆だったと思い、昔の自分の浅はかさに呆れる想いと憧れる想いがない交ぜになって浮かび上がってきた。
そしてそのとき、凍夜もそれを譲ることがなかった。
しかし、小夜の強い想いを感じて即座に対応策を講じたのだ。それが、これだ。
頭の向きを反転させることで、小夜を自分の左側かつ壁際に寝かせる様にしたのだった。
凍夜はTシャツにハーフパンツという出で立ちだが、特定の寝間着というものをもっていないので、そのままベッドに入る。
すると直ぐにその左腕を小夜に取られた。
今日家に帰って来てからはいつもよりも積極的だ。
今日起きたことがいろいろ有りすぎて不安になっているのだろうと思う。そして、多分その(積極的な行動の)後押しをしているのは、花見のときの自分なのだろうと。
※※※※
《凍夜IS:太陽の花/奥井雅美》
桜の園に凍夜の歌声が響き渡る。
その声は女性のものへと変えられている。
別に変ではない、今時歌に合わせて変声器を使うことなどは素人なら珍しいことではないのだから。
しかし、先ず持って誰もそんなことなどは気にもとめなてなどいない。
余興だといって、携帯のアプリケーションの一つたるホロキーボード(センセサイザー)を音を奏で、歌い始めた凍夜に誰も彼もが意識を奪われる。
そして、その紡がれる歌詞に酔いしれていた。
凍夜が歌い終わって、たっぷりと余韻に浸った後、一行のみならず周囲に集まっていた皆から喝采が起きた。
先ずは麻里奈が智之にアプローチを掛けるためのお膳立てで歌った唄で、想いを伝えることの大切さを歌った曲だ。
先ほどまでは自分が本気であの歌を歌うのかと、狼狽えていた麻里奈ではあったが、凍夜の言っていた通り、彼の歌を聴いた今はこの想いを伝えるんだという決意に満ちたものに変わっていた。
「では、次に森川さんお願いしますね」
凍夜が麻里奈を呼ぶ。その時に、一緒に智之も反応していた。
『森川』で間違えたのかと思ったが、そうでもないらしく、凍夜が智之に声を掛けた。
「森川くんはこの後でお願いします。済みません、僕の後にと言ったので、勘違いさせてしまいましたね」
智之にも何かやらせるつもりなのか? と麻里奈は訝しんだが、今は自分の事だと気を取り直して集中する。
先ほど曲を貰ったばかりだ、声を出して歌うのは初めてな上に、凍夜の影響で知り合い以外にも数多くのギャラリーがいる。
何より、凍夜のあの歌の後だ。直接心に響くという表現がピッタリ当てはまるあの歌の後に歌うというのは、正直かなりやりにくい。
だが、それでも辞める気にはならなかった。
「ふーー、始めて!」
麻里奈の合図で凍夜が曲を弾き始めた。
《麻里奈IS:予報のない嵐/藤谷美里》
それは、麻里奈の心情を如実に表した歌だった。
元から用意されてた曲だ、別に麻里奈のために凍夜が即座に作ったということはない。
だが、それでも麻里奈のために作られたように、今の麻里奈の状況を想いをありありと語っていた。
麻里奈自身も歌いながらに不思議な感覚に捕らわれていた。
信じられない程に歌に想いが込められている、そんな気がした。別に自分は歌に斗出した才や想いがあるわけではないので、単なる(自意識過剰による)思い込みかもしれない。
それでも今はその想いのままに歌った。智之に想いが伝わるようにと。
麻里奈はずっと智之だけを見つめながら歌っていたので、自分が歌い終わったときに拍手が起きたことに驚いた。
そして、急に恥ずかしくなりシートの上に座り身を小さくした。
そんな麻里奈を見て、智之も我に返った。
(おいっ! マジか? マジなのか? あの歌の後に俺が、これ歌うのか?)
智之はいっぱいいっぱいに焦っていた。
「では、次は森川くんお願いします」
っと、凍夜が涼しい顔で言って来たので、それに(負のではない)怒りを覚えた。
(この野郎~、さっきのも絶対わざとだなっ!! こいつ、とんだ曲者じゃね~かっ!)
凍夜と一緒にということで応じてしまったが、既にそれこそが罠だった。
然も、先ほど麻里奈が呼ばれたときに反応してしまった手前、もう逃げられない。
そして、何より、麻里奈のあの歌の後だ。ここでこれを自分が歌わなかったらどうなるか……
そんなことはあってはならない。
智之も腹をくくった。だが、このままでは気が治まらない。
「おいっ! 凍夜」
最早、この相手に敬語を使う必要はないと、口調を普段の(どちらかと言えば親しい相手に遣う)ものに変えていた。
「なんですか?」
「後で死ぬほど謝るし感謝もするから、今は思いっきり殴らせろ!!」
「嫌ですよ(笑)」
「ちょっ!? 何言ってんのよっ!!」
智之の意味不明ではあるが、物騒なもの言いに、麻里奈が飛び上がった。
「こいつはそれ程のことをした……いや、させようとしてんだよ!!」
「はあ? 意味わかんない」
「いいよ。直ぐわかるから」
智之は麻里奈から視線を外し、(麻里奈の視点からして)珍しく照れたように朱くなっていた。
そのことにより、先ほどの勢いを削がれたため、殴るどうこうはもうどうでも良くなった。
「始めてくれ」
凍夜が伴奏を開始する。
そして、智之の言った意味は程なくして知れた。歌詞はそのままずばり、先ほどの麻里奈の歌への返歌だ。
それも、そのものずばりこれ以上はないというくらいに彼の心を謳っている。つまりは肯定の意思表示に他ならない。
《智之IS:君が好きだと叫びたい/BAAD》
そして、ある英語のワンフレーズを唄うときに智之は右手の親指と人差し指とを立てL字をつくり、それを麻里奈へ向けたのだ。
これは智之のアドリブによるパフォーマンス、明確に『麻里奈に向けたもとだ』と示したのだ。
彼らの歌い終わったあとで、再度凍夜が二人に向けて一曲送る。
愛し合うということは、けして楽なことばかりではない。しかし、それでも愛は素晴らしいものであると、そう謳った歌だった。
《凍夜IS:時に愛は/奥井雅美》
※※※※
あの歌には凍夜により呪い(念)が込められていた。
実は今日の花見の目的がコレだった。
最初は小夜に歌わせる予定でいたのだが、正直小夜では確証が得られるか不安なところがあったのだ。
というのも、小夜の場合その容姿のみで十二分に人を惹き付ける魅力がある。
そのため、それが自身の求めた結果によるものなのか、それとも小夜を目当てにしているのかが判断し辛いところがあったからだ。
結果としては概ね期待通りのものを得られた。
だが、誤算というべきか、そもそも本当に効果に掛かったのか怪しいものではあるのだが、帰って来てからの小夜がいつもよりも随分を積極性を増していた。
普段の小夜は出来るだけ凍夜に迷惑をかけないように、思っていてもためこんでしまい、表には出さない。そしてそれは、決して他人には判別できるものではない。
当人としては、一番凍夜に隠して起きたいのだろうが、凍夜にはそれはあまり意味がなくいつも暴かれてしまっていた。
しかし、今日の小夜は少し違う。
確かに、直接的に要求するようなことはないのだが、誰から見ても分かるような態度になっていたのだ。
これが、小夜の精一杯の積極性の表れであるということがわかるだけに、どうにも愛らしくてしょうがない。
もし、別の女の娘がこんなことをしていたのなら、それを見た女子達からは、何をブリッ子しているのかと反感を買うところだろうが、恐らく今の小夜を見たならば、その彼女らですら、庇護欲に駆られているに違いないと思う凍夜だった。
いつもなら、ただ腕を抱いて寝るに留める小夜であったが、今は凍夜の腕の内にまで入り込み、その胸に頬摺りまでしている。
本当に可愛いと思う……
出来ることなら、ずっとこうしてあげていたいと…………