▲ 22.文明の利器
「皆さん、お昼はどうしますか?」
駅に向かう道すがら、凍夜が後方に続く皆に問いかけた。
「僕と小夜はそのつもりでいたので、弁当を持っていているのですが、どうしますか?」
「折角のお花見なんだから、桜の下で食べるに決まってるっしょ!!
駅に着く前にコンビニ寄ってきましょう?」
「皆さんはどうですか?」
麻里奈が凍夜の隣で、大声で答える。
無難な案に皆反対の意思はない。
コンビニの前につき、麻里奈は凍夜から離れて、何を買おうかと嬉々として入っていた。
次々と後に続く中、香里と毅も外に残った。
「お二人は行かれないんですか?」
「私たちは、生徒会のこともありますから、念のため昼食は用意して来てるんです」
「こちらに合わせて、外にして頂きましたけど、本当にご迷惑では有りませんでしたか?」
弁当まで用意しているのならば、若しかしたら本来なら学校でやらなければならない仕事もあったのではないかと、気に掛ける。
「ええ、大丈夫ですよ。本当に、念のため持ってきているだけですから。ねっ、草尾くん?」
「ええ、その通りです。どんな状況でも、ターゲットに合わせて行動出来るように、念のため用意していただけです」
「ちょっと、草尾くん!?」
なるほど、彼らの言う念のためはそういう意味かと、納得する。
準備万端整えてきたということは、断る場合は相当しつこくされることを覚悟しなければならないようだ。
買い物を済ませて、駅へ移動した。
駅とは言っても、旧時代に線路や路面を走らせた乗り物などでの移動手段の起点ではない。
駅とは即ち国営の大型転送施設のことを指している。
国の公共機関の殆どが無料で利用できるようになっている今の時代、転送装置:ゲートの利用も無料で使用できるので、人々には欠かせない移動手段だ。
小夜と二人きりなら、現地まで直接二人で(瞬間移動で)飛べばいいがけだが、この人数となると小夜一人の力(技量)では難しい。
神埜なら可能かも知れないが、神埜の場合は力(威力・破壊力)は強いが、こういった技能系には向いていない。自己単体なら造作もないが、人が増えるというのはそれなりにやっかいな点があるのだ。
どちらにしても、先ほどの沙樹の様に凍夜が手伝えば事は済むのだが、それはまだこれほどの大人数の前で見せるものではないので、ここまで歩いてきた。
最も他の者たちにしてみれば、転移系の魔法は自己単体で行う場合、それ自体がとてもじゃないが高校生レベルではないので、そんなこと出来るなど考えてすらいない。彼らにしてみればそれは至極当然のことだった。
着いた駅の構内にはあまり人がいない。
駅は禁止区域以外は好きなところに行けるが、逆に戻ってくるという機能はない。
故に、わざわざ駅から駅にということをやらない上に、入ったら承認をすれば直ぐに飛んで行けるので、人が溜まることがないのだ。
ゲートには赤と青の色分けされたものがあり、設備自体は同じなのだが、利用者によって使用するゲートが分けられる。
駅の床面にはそれぞれのゲートへの案内に赤と青のラインが引かれているので、自分の利用するゲートのラインを辿って進む。
だが、凍夜が左の赤いラインにそって歩き、麻里奈が右の青いラインに向かったため、二人は引っ張り合う様な形になった(コンビニから出てから、また麻里奈は凍夜の腕をとっていた)。
「っと……なっ、ってそうか……あたしらもそっちになったのか」
「これ最初忘れるわよね(笑)」
香里が麻里奈の失敗に自己の経験を思い出す。
「そうだった。俺も危うく青に行くとことだった」
っと、珍しく(とは言っても、付き合いが長いわけではないので、本当にそうなのかはわからないが)智之も麻里奈と同じ様に、青いラインに向かっていた。
この区別は、利用者の資格によって分けられる。
基本的な分け方は、赤が魔法の使用免状所有者用で、青が否所持者用という扱いだ。
別にどちらを使っても、罰則があるわけではなく、これはマナー(努力義務)の問題だ。
本来魔法は、魔法の機動方式により魔術と法術に大きく分類される。
そして、魔術による魔法施行の(下級帯魔法の)認可・承認あるいは(上級帯魔法の)許可を得た者を魔術師と呼び。法術の場合を法術師と呼ぶ。
魔法師とは、本来その両方を施行するものを指すのだが、現在はその両立を試みる者が殆どいない。故に、今はその総称というかたちになっており、引いては魔法師=魔術師という認識のものになっている。
そして、この場合のライセンス所有者というのは、その機動方式の違いから魔術師のみを差し法術師は対象外という扱いになる。
青のゲートには、ナビゲーター:ゲーターがついており、利用者が自身の魔力を使わずに、場所の指定が済めばゲーターの魔術師が魔力をそそぎこんで機動させてくれる。魔法使用が制限されている中学生までの子どもや、ライセンスを持っていない(魔力の保有量の少ない)者のためにある。
赤のゲートは、単にそのゲーターがいないだけだ。
つまり、使用する際は自分の魔力で機動させてくれということである。
ゲーターは常に複数待機してはいるが、利用者全てをカバーできる程の人数がいるわけではない。
故に、ゲーターの消耗を軽減させるために、このような対策が取られている。
魔力というのは、保有(または使用)魔粒子量・活性力・放出力の総称であり、全部ときにはその中の一つ・二つをさして呼ぶ。
主に保有(非活性状態:ヒス)または使用(活性状態:ラピス)する魔粒子のことを差すことが多い。
中学までの魔法使用に制限が掛けられているのは、個人差はあるが早期の過度の魔術施行が、成長著しい時期の人体に悪影響を与える可能性があるからだ。
但し、塾・公認家庭教師・一部の私立のように、個人に合わせた適切な指導が行えるのであれば、この限りではない。
しかし、通常の学校では、個々人に合わせた指導が出来ないため、危険防止の対策として、禁止になっているのだ。
高校生くらいになれば、体の作りも出来上がっているというのと、魔力の基礎値が安全な域にまで延びている、また基礎的(常識的)知識をつけているということから、その制限が解除される。
因みに、魔法級位の最下層Gランクは、その対象外程度の極微量な消費のため自由に施行できる。
そして、国立のエリートたる所以の一つとして、魔力の基礎値が一定以上であることがあげられる。
その最低基準がFランクと同等のため、国立全校(及び一部指定私立校)は生徒手帳・学生証がFランクの仮免という扱いになる。
普通に卒業すれば、それを本免許に差し替えとなるが、基本的にFクラス程度なら在学中に承認を受ける。
中には、下級帯魔法(D・E・F)の中で、上級(D・E)の承認を受けるものもいる。
よって、国立生の彼らが赤のゲートを使用するのは義務だ。
但しこれは飽くまでも努力義務の範囲であって先ほども言ったように罰則はない。
更に言えば、凍夜は魔術施行が出来ないので、それに合わせて皆で青を使っても何ら問題ないのだ。
一同は赤のラインを辿り、ゲート(個室)の中に入った。
ゲートの操作は備え付けの端末の直接操作か、それに携帯をリンクさせるリモート操作かのどちらかでその行き先を指定する。
「リンク」
凍夜は、一団の代表としてその役をかってでた。とはいっても、何をするわけでもない。
単に、携帯をゲートに繋いで、行き先を決めるだけだ。
現在の携帯は思考脳波制御式(brain wave control system:BCS)になっており、初期設定時に自分の脳波を登録することにより、その脳波を読み取り、思考のみで制御(操作)できる。
脳波は、人間それぞれに全て個人差があり、これを真似るこはとは不可能のため、簡単な操作が可能になっただけでなく、他人の携帯を勝手にいじるようなことも出来なくなり、セキュリティの面でも飛躍的に向上した上に、脳波という個人を識別するものがるため、その使用者が特定できるという利点を生かし、身分証明が可能になったため、現在における殆どの場合が、携帯を使用したセキュリティを採用している。
今朝の学校でのデータのダウンロードが良い例だ。当人以外にデータを落とせないのは、携帯のこの個人識別機能があるためだ。
そして、このBCSとmulti link system:MLSを併せ持つことにより、携帯は単なる情報端末の末端という位置づけから、正に生活必需品というものに変わったのだ。
思考制御は絶大な効力を発揮する。
搭載当時の機体こそレスポンスに問題を抱えていたものの、現在の機体ならば思考と同時の動作をしてくれるので、正に思うがままの操作ができる。
凍夜は『三谷美岡の桜の園』の地図情報をイメージするだけで、後はネットからその必要な情報を検索してくれる。
座標が確定したら、周辺情報(一定範囲内の生命反応など)の確認を取る。
「確認」
リンクと確認の言葉は連続で発されている。その間僅か二秒足らず、その時間で、転送先の確定を行えるのだから、科学の力は侮れない。
『転送先の情報確認、終了。問題ありません。転送可能です。中央の白い球体または壁面の白い帯に、ラピスを送って下さい』
機械の(かなり人に近い)合成音声が、確認の終了と次の指示を出す。
白い球体・帯というのは、MCDという装置でそこから魔力を供給することにより、ゲートの転送魔法を発動させる。
ゲートは、それ自体が大きな儀式陣(儀式型の魔法陣)となっているため、後は魔力さえ注ぎ込めば転送魔法が発動するようになっている。
本来、既に構成された魔法陣があれば、魔力を注ぐだけで使用は可能だが、転送の用に行き先が必要な場合は、術者はそれをイメージする必要がある。
それだけなら、本来ここまでの装置にする必要はない。
ゲートの最大の利点は、先ほど行っていた。転送先の状況確認にある。
本来、個人レベルで転移出来る者なら、転送先を数メートルほど高い空中に設定してやれば、他人を巻き込むことはまずない(転移魔法が使えれば、まず間違いなく飛行魔法はつかえるため)。
しかし、今のように複数人いる場合は、全員が飛行魔法を使えるとは限らないので、転送先は地表となり、その場の状況確認が必要となるのだ。
ゲートはこの確認を機械(転送先のマーカー)で行っているが、それを人でやろうとすると、実はかなり苦労する。
それ故、大掛かりな作戦行動を取る際には、如何優秀な魔術師といえど、基本的にはゲートを使うことになる。
魔力の消費量は、一人頭の転送距離によって算出される。
つまり、距離が離れれば離れる程に増え、人数が増えた分だけ倍化するということだ。
誰がどれだけの魔力を注いだかはモニターにより表示される。
そして、皆が魔力を注ぎ始めた瞬間には、既に必要な魔力が供給されていた。
その者は、一人で全員分の魔力を供給していた。やったのは、神埜だ。
魔力の供給がなされたことにより、儀式陣が機動し、皆は一瞬という時間を持って、目的地に到着した。
桜吹雪の舞う公園の中で、先ほどことに驚いた者たちが、神埜に驚愕の眼差しを向けていた。
神埜にしてみれば、ホンの欠片ほどの量でしかないが、常人にしてみれば、これほどの魔力を一瞬で平然と放出できる神埜に驚くしかない。
「では、行きましょうか」
凍夜にとっても別に驚くことではないので、呆然と立ち尽くす皆に声を掛けて行動を促した。
眼の前には、美しい桜の木々が風に吹かれて花片を散らし、その花片はハラハラと舞い踊り風と戯れていた。