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16.お花見の誘い1

「落ち着いた?」

 まだ、胸の内に在る小夜に優しく問いかける凍夜。

「ええ、もう大丈夫です。またお手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした、お兄様」

 そういって小夜は凍夜との距離を少し空けた。

 時間にして僅か数十秒の抱擁だったが、凍夜にとっては小夜を持ち直させるに十分な時間だった。

「よしっ! それじゃ、そろそろ行こうか?」

「はいっ!!」

 ポンッと、左手を小夜の頭にのせて、少し声の調子を上げて行動を促す。そう、もう放課後なのだから、いつまでも教室にいることの方こそおかしいのだ。

 先ほどまでは、詠歌のことで失念していた小夜は、凍夜の言葉でこれからの予定のことを思い出し、待っていましたと言わんばかりの、正に天真爛漫というに相応しい実に晴れやかな笑顔をもって返した。

 二人の帰る素振りを見た沙樹もハッとする。

 このままでは、凍夜が帰ってしまう。だが、何と声を掛ければいいのかまだ考えてはいなかった。

 言う覚悟は決まった。今のこの思いは、絶対に今日伝えたい。

 自分の中でのタイミングを逃して時間が空けば、その後はきっと言えなくなってしまうから。しかし、それをどういう状況で言いうかとなるとそれはそれで難しい。

 今帰ろうとしている二人を引き留めて時間を取らせてしまうのは(はばか)られるし、かと言って沙樹にとってはせわしくなく話せるような話題でもない。

 ファミレスにでも誘って見るかとも思うが、もしもの場合、自分が大衆の真っ只中であろうと毅然きぜんとした態度をとれる自信が持てない。

 もしものことを考えているあたり、本当は信用してないのでは? っと、もし事情を知る第三者からしてみれば思われるかも知れないが、トラウマとはそういうものだ。そう簡単に割り切れるものではないし、もしそう出来ていたならば、そもそもトラウマなんぞにはなっていない。

 だが、もしものことを考える余りに明日からの対応をどうするか、という思いに至るほどには達していないので、そのくらいには凍夜への信用はあると見て取れる。

「中島さんは、これから用事ってありますか?」

「――えっ?」

 秒数にして5という程度の時間ではあるが思考していた沙樹は、凍夜の言葉の意味を脳がまだ正しく処理出来ておらず、反射をもって返した。

「これから、お花見に行くところなんですけど、一緒にどうですか?」

 願っても無い機会だ。

 花見というなら間違いなく場所は外だ。ならば、万が一にも自分が取り乱しても、即座に駆け抜けてしまえば、凍夜に惨めな姿を晒さなくても済む。

 そんなネガティブな思考も逡巡駆け巡ったが、単純に凍夜からの誘いというものに嬉しさが込み上げてくる。

「お花見ね。ええ、喜んでっ!!」

 勿論、了承するに決まっている。そして、ここで改めて――まだ愛のではないが――告白するのだと、決意を改にした。

 小夜としては、当初の予定としては二人きりでということだった――誰かを誘うという発想すら無かった――ため、凍夜と二人きりでの花見ではなくなってしまうことに残念な気持ちが無いと言えば嘘になるが、沙樹であるならば、今朝の話の続きを聴けるであろうと、それはそれで楽しみでもあった。

 すると、そこへ思いも寄らぬところから、声が掛けられた。

「はいハーイ!! それっ!! あたしたちも一緒に行きたいっ!!!」

 麻里奈だった。

 例によって弟の方は、姉の突然の申し出に茫然自失といった状態に陥っている。

 凍夜たちの席が、教室の外の窓側から二列目(沙樹が三列目)で、麻里奈たちの席は廊下側の一列目と、間に机を一列挟んでいるため少し距離が離れているし、教室の中は今や雑談で賑わっていて、偶然でも凍夜たちの会話が聞こえる様なことはまず無い筈だ。

 だが、故意に聴こうとすれば聞こえないわけではない、そう飽くまで故意になら。

 始めは――物理的にも心情的にも――距離があったので、こちらへの話の介入なのかが分からなかったが、麻里奈が席を立ち凍夜たちの元へと寄って来ては、

「どう? あたしたちも一緒に行っちゃダメ?」

 っと、改めて参加の希望を申し出てきたのだった。

 『たち』ということなので、当然弟も同伴ということだろうが、その弟の方はと言えば、今漸く意識を取り戻したようで、姉の急な申し出の事態について行けていない様子だ。

「僕は構いませんよ。小夜と中島さんは?」

「私も構いませんわ」

「私もいいわよ」

 二人も賛同する。

 小夜にしてみれば、二人きりでないのなら最早関係ない。だが例え沙樹のことがなかったにせよ、凍夜が了承しているのに、自分が反対するという選択肢がそもそも小夜には存在しなかった。

「ということで、こちらは問題ありませんけど、森川くんは鳩が豆鉄砲を食ったような状態になってますけど、大丈夫ですか?」

 凍夜の対応は冷静だ、小夜と沙樹の意志も確認して、麻里奈へ返答した。

 森川弟の状態に関しては流石に、哀れみの苦笑が浮かぶ。

「いいのよ。あいつはあたしが行くって言えば、付いてくるから。もし、付いてこなくても、置いてくだけよ」

 今の会話の間に、森川弟はこちらの席まで(麻里奈の分も)鞄を持って移動してきた。

「ああ、行くよ。行くに決まってるだろ。これ以上、我が家の恥を暴走させられるわけないだろうがっ!」

「ちょっと!! 誰が恥じよ!!! アンタお姉様に対して何その口の利き方はっ?」

「誰が『お姉様』だ? ホンの数分早く生まれたくらいで、そこまで大きい態度されるわれはないっての。もし、そう呼んで欲しけりゃ、それこそ凍夜さん見たいな大人の対応ってものをして見せろよ? っと、そうだ」

「そこで紫司さんを引き合いに――――

 森川弟は自分で言った言葉で気づいて、凍夜たちの方へと向き直り、(麻里奈の言葉を無視しながら)礼儀正しい挨拶を始めた。

「(出すのは、卑怯なんじゃない?)先ほどから姉が重ね重ね失礼しました。(あたしと紫司さんじゃそもそも、)名乗りが遅れましたが、僕は麻里奈の弟の智之としゆきです。(歳が違うでしょうが?)姉が申しました通り、森川では分かりづらいので、下の名前で構いません。(って、あんたはっ!!!!)宜しくお願いします」

 これに対して、麻里奈は聴けっと、自分の背よりも高い弟の耳を引っ張りながら、抗議をするが、智之はそれでも尚完全無視だった。

「僕の方も、いきなり馴れ馴れしく『凍夜さん』などとお呼びしてしまいましたが、宜しかったですか?」

 そう凍夜を呼んだときの呼び方に伺いを立てる。

「ええ、構いませんよ。この教室には、紫司も二人いますから」

 凍夜は小夜の方に視線を流す。智之も小夜の方に顔を向けた。

 小夜は、智之へ会釈をして、智之もそれを返し、無言ながら挨拶を済ませた。

「それに、呼び捨てでも構いませんし、敬語でなくても大丈夫――というよりは、どちらかと言えば普通に話して頂けた方が、僕は楽ですね。ただ、相手方にこう言って置いて失礼ながら、僕はこの話し方が標準になっているので、直すというわけにもいかないので、そこは了承して下さい」

「分かりました。言葉遣いは、いきなりとは行きませんけど、善処します」

「では、宜しくお願いします」

 凍夜が智之に右手で握手を求め、智之を握り返した。

 その間、智之は麻里奈にいろいろ横やりを入れられていたのだが、見事な無関心振りだった。

 双子というだけあって顔だちは似ているのだが、結構な身長差や振る舞いを見るに、どちらが上か下かが分からないと言った感じだった。

 凍夜と智之の挨拶のあとは、皆順々に挨拶をしていき、簡単な自己紹介が終わった。

 それぞれの呼び方として、

凍夜は、森川姉弟していの呼び方を名字に、姉の方をさん、弟の方をくん。

小夜は、姉を麻里奈様、弟を森川様。

沙樹は、凍夜同様に森川さん、森川くん。と呼び、

麻里奈は、凍夜を紫司さん、小夜を小夜さん、沙樹を中島。

智之は、凍夜さん、紫司さん、中島さん。

っと、なんとも――実際にそうなのだが――初対面の人間丸出しといった感じだ。

 麻里奈あたりは、沙樹を名前で呼ぶのかと思っていたが、以外――最初の印象に比べればの話――とかたく、名字で呼んでいた。(それでもいきなり呼び捨てなので、別にかしこまってもいない)

 自己紹介も終わり、そろそろ行くのかと思いきや、凍夜が以外なことを申し出た。


「後二人お誘いしたいんですけど、いいですか?」

 二人とは誰なのか、皆が疑問に思う。

 一人は、神埜だろうということは考えられる。しかし、もう一人は誰なのかは、全く検討もつかない。

「お兄様が、お誘いになるのでしたら、私は構いません」

「私も。別に」

「あたしも」

「オレも」

 小夜、沙樹、麻里奈、そして最後に出来るところから口調を直し始めた智之が同意の意思を示した。

 皆一人は神埜だろうという予測がある。

 沙樹は、神埜には出来れば近づきたくないという思いがあるが、今はそんなことを言える――元々嫌と言える性格でもないが――場面ではない。

 他の三人は、神埜にいい印象はないが、凍夜が誘うならそれも致し方なしといったところだ。そして、それよりも凍夜があと一人誰を誘おうというのかが気になっていた。

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