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15.妹想い

 誰も声には出さなかったが、皆疑問は抱えた。担任は詠歌ではないのか? と。

 詠歌は飽くまでも外部講師なだけであり、教員免許は持っていないのでクラス担任になることはない、今朝は凍夜に用事があったために、赴いただけだと理恵は説明した。

 担任は旧時代はいろいろ苦労するものであったが、今の時代は何かあった場合以外にはあまり深く関わることもなくなった。

 こうして直接教室に来るのは、行事のときだけで、後は机の端末からの連絡が殆どだ。

 今の時代担任というのは、生徒が問題を起こしたときに対処する担当の教師というもので、生徒さえ問題を起こさなければ、担任より教科担当の方が会う機会が多い、という単なる肩書きのようなものになった。裏を返せば、そうでなければ問題の多いクラスということなので、いい事ではない。

 国立に入る様な者たちだ、基本的に担任の手を煩わせる様な者も殆どいないので、希に会話すらしたことがない生徒がいる場合もあるほどである。

 スラスラと必要事項のみを連絡して、理恵の話は終わった。

 雑談の一つもないあたり、本当に顔見せ程度の感覚でしかない。

「それでは、以上です。では、紫司先生後はお願いします。生徒たちは話が終わった後は自由にさせて貰って構いませんので、チャイムが鳴るまでは教室にさせて下さい。私はこれにて失礼します」

 理恵はそれを詠歌に伝えると、今度は生徒たちの方へと向き直った。

「皆さん、明日から頑張って下さいね」

 理恵は言い終えると教室から出て行ってしまった。

 余談ではあるが、実のところ彼女はかなり緊張していた。本来ならもう少し柔らかい態度で話せたのだが、詠歌が後ろに控えていたために機械の如き態度しか取れないでいたのだ。

「では、改めて紫司詠歌だ。君たちとは、取り敢えずは一年、一緒にいろいろやって行くことになるので宜しくたのむよ。

 一応私はこの学校全体の立て直しを目的として来てはいるが、最初の一年は君たちをテストケースにさせてもらうことになるので、君たちの魔法教科は私が担当することになっている」

 理恵から引き継いだ詠歌はいつものペースで話しを進めていく。

 詠歌が直接魔法教科を担当すると聴いて、生徒たちは今日何度目になるか分からぬ驚きを示した。当然だ、詠歌は日本でも十指に入る魔導師として知れ渡っている。その詠歌が直接指導するのだから、これ以上の機会はない。

「明日から早速、実技実習をやるので、体育着を忘れぬ様に。私からの連絡は以上だ。これで、今日は君たちは終了だ。チャイムまで後少しだから、くつろいでいたまえ」

 詠歌が話を終わらせると、生徒たちは今まで会話出来なかった分、一気に空気を緩ませて友人たちの元へと足を運ぶ。

 詠歌は出て行くかと思われたが、窓側へと歩みを進めていく。向かった先は、小夜だった。

「久しぶりだな、小夜」

「お久しぶりです、姉上……」

 詠歌は、年長の姉らしく妹を労るように優しく声を掛けが、小夜は顔すら合わせることなく俯いたまま声を返した。

 生徒たちは話をしようと足を運んだものの、詠歌と小夜のことが気になりそちらに注目しはじめた。

「あれからもう四年以上にもなるな……父上には会っているのか?」

「はい、月に一度は必ず宗家へ行く様にとお兄様から、いいつけられてますから」

「小夜、あの家はお前の家だ。行くではなく、帰るだろう? それに、まだそんなこどもみたいに、それを呼んでいるのか……いい加減、もうこどもじゃないんだから、兄上と呼びなさい」

 小夜はキッと目をつり上げ、詠歌を睨むために顔を上げる。

 自分の、更には当人の目の前で、凍夜をそれ呼ばわりする姉。そんな姉を小夜は嫌悪している。

「お兄様は、お兄様ですっ!!! 兄上では有りませんっ!!!!」

 ガンっと机を思い切りたたき、立ち上がると同時に詠歌に向かって叫んだ。

 聴いている教室の生徒には、たかだか言い回しの違いでしかない二つの兄を指す言葉、いったに何なんだと誰もが懐疑的な視線を向けている。確かにこの二つの言葉は同じ意味を持っている。だがしかし、世界でただ一人小夜にとっては、とても重要で、絶対の違いをもっていた。

「お手洗いに行きますので、失礼しますっ!」

 小夜は、立ち上がった勢いをそのままに、駆けるよに教室を後にした。


「お優しいですね、姉上は」

 小夜が出て行った教室で、凍夜が困ったものだという顔でもって、穏やかな声で詠歌に話しかける。

「嫌みか? どこをもってそ――

「優しいですよ」

 凍夜が、詠歌の言葉を遮る。

 眼鏡で凍夜の目を見ることは出来ないが、恐らく真剣な眼差しであることに間違いはない筈だ。詠歌はそう感じとった。

「でも、その優しさを分かり易く出してやらないと、本当に嫌われてしましますよ?」

「残念ながら、もう嫌われている。ならいっそ、そのまま貫きとうさねば、返ってあの娘が苦しむというものだろう?」

 二人とも、苦い表情しか出てこない。

 小夜としては好ましくない思いはあるが、詠歌と凍夜の仲は別段悪いということはない――寧ろ良好だと言った方があっているほどだ。しかし、返って今はそれが小夜をより詠歌から遠ざける要因にもなってしまっていた。

 始めは、勘違いや行き違い程度の些細なものだった小夜と詠歌の溝は、いつしか小夜を頑なにしてしまい、結果加速度的に二人の溝を広げてしまい、今にいたる。

「話してしまった方が、お互い楽になる部分もあると思いますよ?」

「かも知れん。でも、あの娘には最後の――最後まで、思うままに好きにさせてやりたいんだ」

 暫しの沈黙が流れて、凍夜が感情の読み取れない抑揚のない声で、つぶやく様に、しかし詠歌の顔をしっかりと見据えた状態で尋ねた。

「――――あなたは僕を恨んでくれますか?」

 最後の言葉は、隣の席の生徒でさえ聞こえない程小さいものだったが、詠歌には聞こえていた。しかし、詠歌は答えない。答えることが出来なかった……

 教室内で交わされる二人の会話は、当然の他の生徒には意味の分からないものだったが、小夜と険悪であると思われた詠歌が、実は小夜を思ってのことだというのだけは、知ることができた。そしてこれは、他人が口だしすることの出来る話ではないのだと。


 凍夜に優しさが人を傷づけるという概念はない。だが、ただ一つの例外が存在する。それは、より深い傷跡を残す前に……ならばせめて、傷が浅いうちに…………

 詠歌の行いはそれだ。自分の存在は小夜にとって、いずれ取り返しのつかない傷になる。だが、それが分かっていて尚、凍夜はそれを改めようとはしない。

 小夜のため……ではない。国のため……でもない。それは、ただただ己自身のためだけの、身勝手な行い。例えそれで、今の小夜が幸せを感じていたとしても、それは後の傷を大きくするための絶望へのスパイスでしかないことを誰よりも知っていても尚、彼はそれを止められないのではなく、確固たる意志のもとに止めない。

 だからこそせめて、小夜の実の父や姉が、本当の意味で彼女を救ってくれることを願っている。だが、恐らくそれも無理であろうことも、分かっている。しかし、それでも願っているのだ。本当に…………



 小夜が戻って来たのは、チャイムが鳴ってからだった。とは言っても、ほんの数分しか時間は経っていない。

 そして、教室の中にもう詠歌はいない。

 一応、教室を見回してそれを確認した小夜は、迷わず凍夜のところへ来て、深々と頭を下げて謝ってきた。

「お兄様。お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした」

 あの後直ぐ詠歌は教室を出て行き、教室の中はこのときやっと雑談を興じる生徒で賑わうことになった。

 話始めれば話題は山の様にある、せきを切ったように皆雑談に夢中で、もう放課後なのだから、帰ってもいいのだが、そんなことは眼中になかった。そんな中、小夜に気づいたのは、ほんの数名だけだ。

 凍夜はそんな小夜の頭をあげさせると、立ち上がって自分の胸で抱き留めた。

 そして、それを見ていた一人である沙樹は、最早これがこの兄妹のデフォルトなのだと理解し、半分呆れ果ててしまっていた。

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