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14.沙樹の覚悟

 教室の中には気まずい雰囲気が漂っていた。始めは、紫司への疑念だったのだが、今では神埜の態度にだ。

 そして、その中にあって実は一番気を重しているのは沙樹だった。

 彼女は、被害者(?)たる小夜を覗き見て、一応表面的にでも落ち着いているのを確認して安堵する。

 もし万が一にでも心に何か引っかかるものがあったとしても、先ほどまでのことをかんがみるに、凍夜がいればそれも大丈夫だろう、ということも見て取れたので、小夜に関しては問題ない。

 だが、クラスの雰囲気はと言えば実に如何ともし難いがたい感じだ。

 沙樹がここに来た――こされられた理由、それは正に今の様な状況のためなのだ。

 神埜は六年前から学校という組織に関与していない。

 これは非登校という意味ではなく、その必要性がなくなったということに他ならない。

 魔法家系は、基本的に家業をつくことが多い。四大柱となれば尚のこと、それ以外の選択肢というものがないのは当然の話である。

 学校という組織は基本的には、就職のための組織と言ってもいい。そこで学ぶ知識は、前途ある若人たちに、より多くの選択肢を用意するためにあるものだ。

 従って、もう既に決まっているのであらば、わざわざ余計な知識など覚える必要も、余計な時間を費やすことなどない。その様な時間があるなら、家業を継ぐのにより相応しい者へと育てた方が効率がいいのだから。

 神埜もそう言った理由から、次期蒼縁の頭首たらんとするために、小学部の三年生夏休み以降から学校へは通っていなかった。

 故に、長年同世代との交流もなく、更に性格がキツイ神埜を補佐する様にと沙樹が呼ばれたのだった。

 しかし、実際のところ沙樹にはどうすることも出来ない。

 いくら沙樹が社交性に優れている部類の人間とて、クラスの殆ど――凍夜が居なければ、知り合いは皆無だった――初対面の中で、この凍結姫とうけつひの異名を誇る神埜を養護出来るほど、沙樹の精神は強くない――いや、むしろ沙樹は人一倍に繊細なほうだ。

 幼き頃には両親の教えのもと、衆家という自分の家系を誇って公言していた沙樹だが、大きくなるにつれそれは次第に重荷になっていった。

 四大柱の存在とは、いろいろな面に置いて絶大だ。例え、末端の家柄で宗家との関わり合いなど皆無だとしても、蒼縁の衆家という肩書きは実に強力な力を発揮する。

 子供を使って取り入ろうとする大人たち、大人の道具として使わされる子供たち、これらは沙樹を苦しめることしかしなかった。

 幼き頃は、友達はたくさんいると思っていた。でも、実際のところ本当の友達と呼べる存在はいなかったらしく、長い付き合いのものは誰もいなかった。

 小学部の高学年のときに、自分ではそれなりに仲の良かったと思っていた友達が言っていた言葉は、今でも沙樹にとってはトラウマだった。

 良くある話だ、偶々忘れ物をしてそれを取りに返った教室で、その友達が誰かと話しているのを聴いてしまったと言うものだった。


『沙樹ちゃんは、良い子だけど一緒にいると疲れるから、ホントはちょっと嫌なんだよね~』

『なら、なんで一緒にいんの? お前らいっつも一緒じゃね?』

『だって、お母さんが『あの娘とはずっと仲良くしてなさい』って、五月蠅うるさいんだもん!』

『うわー、それヒデー。オレ、そういう付き合いだけはしたくねぇーなー』


 分かってはいた。自分がずっとそういう対象だということは分かっていた筈だったが、やはり実際に言われると傷つくものだ。

 高学年とは言え、まだ小学生の少女だ。辛くないわけがない。

 それ以来、沙樹には自分が友達だと思う様な相手はいなくなってしまった。

 しかし、この年頃の女の子が教室で一人きりというのも耐えられるわけもなく、表面上の付き合いの友達と小学校を卒業した。

 中学は、指定学区とは別の中学校に通うことにし、もう自分が蒼縁の衆家であるということを言わないと決めた。

 中学校では、普通の友達が出来た。最初こそ、良家の息女としての振るまいで、多少は敬遠された感はあるが、それでも沙樹の人柄と馴れた相手なら、徐々に砕ける態度に皆自然と馴染んでいった。

 衆家ということを隠すことで漸く手に入れた本当の交友関係、それを沙樹が大事にするのに、特別な訳なんてものは必要ないだろう。

 だが、高校入学前の春休み唐突に告げられた十二校への転校。そして、その理由――

 それを聞かされた沙樹は、話が終わった後自分の部屋で、泣き崩れてしまった。

 もう、高校生にもなるというのに、泣いてしまう自分が恥ずかしいという思いはあったが、だからといって涙を止めることはどうしても出来なかった。

 然も、今度は蒼縁の令嬢の補佐をしろというのだ。

 今まで、肩書きだけで友達が出来なくなったというのに、今度はそれの比ではない。

 多分今度は自分に私語を持ちかけるものすらいなくなるのでは? っという思いもあった。

 そして、それを思うとまた泣いてしまい、結局春休みは泣いて過ごしたも同然になってしまった。

 そんな彼女だ。おいそれと、わざわざ自分を窮地きゅうちに追い込むようなマネは出来ないでいた。

 神埜の所為でクラスの雰囲気が害されたのならば、それを修復せねば成らない。それが、沙樹に与えられた仕事だ。

 だが、沙樹は動けずにいた。動けるわけがなかった。


 ガッガッガッっと、椅子を引く音が、静まり返った教室に鳴り響いた。

 その者は、クラスの全生徒の視線を集めて、教卓に立つ。

「皆さん、初めまして。先ほど全校生徒の前で紹介されましたが、改めて自己紹介させて頂きます。紫司凍夜です。宜しくお願いします」

 そういって、凍夜は一礼した。

「本来この時間は、担任教師の方がいらしてからの、HRの筈ですが、なかなかいらっしゃらない様ですし、少々教室の中の雰囲気も重いものがあるので、その責任の一端に、間違いなく僕という存在があると思いますので、僭越せんえつながらこの場を仕切らせて頂きます」

 一応、教室を見回すが、特段なんの反応を見せる者もいないのを確認して、言葉を続ける。

「とはいっても、無責任ならが何か良い案があるわけではありません」

 自身の事ながら、流石に自嘲混じりの苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ですので、取り敢えず僕に対する質問でも受け付けようかと思います。ですが、先ほど体育館でありました、能力向上教育プログラムという政策については、残念ながら、僕も先ほどSHRの後のときに聴かされたばかりですので、詳しいことはわかりません。なので、僕個人に関すること、家のこと、僕に分かる範囲でなら、魔法のこと等も答えますので、何か質問がある方はいますか?」

 正直ないだとうと思っていた。実際に訊きたいことはいろいろあるだろう、だがそれをいざ本人に言えるか? と言えば、普通は無理だ。

 だが、一人の女性徒が高らかに手を挙げていた。

 凍夜は、どうぞっと促した。

「あたしは、森川もりかわ麻里奈まりな。森川は、前の席の(双子の)弟と同じ名字だから、麻里奈って呼んで。

それで、質問はなんでもいいの?」

 取り敢えずは、質問する内容を確認するための質問が来た。

「ええ、大概のことなら」

「じゃあ、あなたたちって付き合っているの?」

「おいっ!! 馬鹿よせっ!!」

 先ほど紹介された弟の方が、『何言ってやがる!』と言った表情で、姉の方に勢いよく向き直り、座らせようとした。

「何すんのよっ!!(怒) いいじゃない、本人が何でもいいって言ってるんだから!!」

「そういう問題じゃないだろ!! 常識的に考えろっ!!」

 と、双子が口論を始めてしまった。

「森川くん、大丈夫ですよ」

 苦笑い気味の表情で、弟の方を宥めた。

「お姉さんの質問にお答えします。念のため、確認して起きますけど、そのあなたたちというのは、僕と彼方あちらの女生徒のことであってますか?」

 凍夜は小夜の方を手でかざした。

 森川弟は申し訳なさそうに、凍夜に一礼してから席についた。

「ええそう、そこの茶髪の可愛い娘」

「わかりました。僕と彼女は付き合ってはいません。彼女は僕の妹です」

 それは知っている。

 麻里奈は先ほどの雰囲気からするに、(ゴシップ大好きな)今時の女子高生と言った感じだ。そんな娘が、近隣中高で有名な小夜(の顔)を知らぬ訳がない。

「仲はいいと思いますけど、そういった関係ではありません」

 事実ではある。そうではあるのだが、小夜としてはやはりもう少しくらいは色気のある答え方をして欲しかった、という思いが拭いきれない。

「あなたたちって、双子にしては似てないと思うけど?」

「だから、お前は直ぐそうやって、人のプライバシーに!! 済みません、もう姉は黙らせます、答えなくてもいいですから」

 またも、弟にたしなめられる麻里奈。

 だが、これまた凍夜はあっさり、答えた。

「大丈夫ですよ。仲のいいご姉弟ですね(笑)

 僕たちは双子ではありません。僕は数年前に事故にあってしまったので、そのせいでこうして学年を落としているわけです。今年で二十歳はたちになります」

 凍夜が年齢を言った時には、流石の麻里奈もばつを悪くし、そしてクラスの生徒が響めきたった。

「すみません、タメ口きいちゃって」

「構いませんよ。皆さんも僕の年齢は気にしないで下さい。中学のときも、クラスの大半はタメ口でしたから」

 そうは言ってもこいうのは、なかなか上手くはいかないものだと凍夜は苦笑する。

「それでは、他に何かありますか?」

 凍夜が次の質問を受け付けたときだった。

 いつの間にか、教室の後ろのドアのところには、詠歌ともう一人の女性が立っていた。

「凍夜、もういい。場つなぎご苦労だったな。皆も済まない。少々遅れた」

 詠歌は言い放ち二人は、教卓の方へと向かって行き、凍夜も自分の席へと戻る。

 横を通り過ぎた凍夜に沙樹は声には出せなかったものの、感謝した。

 凍夜自身にそのつもりはないであろうが、沙樹は助けられたと思っている。

 今のことだけではない。下駄箱で再会出来たときから思っていた。

 高校三年間は友達が出来ないものと覚悟していたつもりだった。彼はそんな自分を救ってくれたっと、沙樹は勝手と分かっててもそう思わずにはいられなかった。

 沙樹は自分の家柄を凍夜にも話してはないない。

 凍夜なら他の者とは違う反応をするのはわかっている。何せ凍夜自身が四大柱なのだから。だが、それが吉とでるか凶とでるかは沙樹には分からない。だから、まだ打ち明けることが出来てはいなかった。

 勿論、凍夜は信用している。そんなことで、態度を変えるような人ではないと思っている。

 だがもし……でももしかしたら……、そのことが頭から離れない。トラウマというのは簡単には取り除けないものだ。

 もし、打ち明けて、衆家の者だと知れたら……宗家にとって衆家など使用人に等しい、自分の家と同格の家の使用人など気にとめるような相手でもない筈だ、それで凍夜の態度が変わってしまったら……その思いが、どうしても抜けきれないが故に今までな言えなかった。

 だが、決めた。今日はこそは言おうと。

 このまま黙っているのは、凍夜への裏切りだ、何と取り繕おうと結局信じてないだけだ。

 自分は凍夜が好きだ。だから、例え恋人なんていう間柄にはなれなくても、少しでも自分を知って貰いたい。沙樹は強くそう思った。

 教卓の前には、初めて見る女性が立ち、その斜め後方に詠歌が立った。

「皆さん、初めまして。来るのが遅くなって、済みませんでした。先ほど詠歌さんからもありましたが、凍夜くんありがとうございます。私がこのクラスの担任の田中たなか理恵りえです。宜しくお願いします」

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